2024年2月 1日 (木)

静岡松源寺でのライブご案内

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本日よりご予約開始となりました。

4月21日、静岡市松源寺様でのライブです。

45年来の友人が主催してくださります。

早い段階から曲目やら、会場設営やら、細やかに打ち合わせが始まっておりますし、私自身、静岡では単独ライブが初めてとなること、とても楽しみ。ぜひ、春の花々に囲まれるお寺で、ライブをお楽しみください。

八王子龍見寺ライブはいつも通り6月予定です。こちらもお聴き逃しなく、寺院という特別な空間を授かることをありがたく受け止め、一つ一つの場で大切に奏でたい想いです。

 

2024年1月19日 (金)

曼荼羅ライブ、ナマでいきます!

このご案内ができること、とっても嬉しいのであります。

コロナ禍で配信が続いていた仲井戸CHABO麗市氏と、いよいよナマでライブ2Days!

南青山曼荼羅30周年記念の企画に出演となりました。

以下はチャボさんのオフィシャルホームページからの情報です。

3月、、この冬をこえてから出演するライブが少し続きますが、敬愛するミュージシャン、仲井戸麗市氏とのセッション、私のソロ、、

いろいろ新しい風が吹きそうです

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お待ちしておりま〜〜す!!

2024年1月18日 (木)

こんな日もある

八王子の鎌田鳥山カフェでの打ち合わせ中、、散歩でトコトコ歩いてきた子どもたちと丸太太鼓でつながるひととき、、

子どもってみんなバラバラだ、、どの子も同じことをしないし、同じことを言わない、

しかし、誰かの真似はする、いいことの真似、あんまり良くないなという真似もする

誰かの言うことを聞く、誰の言うことも聞かない、

何かをしようと誘う大人もいるが、見守る大人もいる

お弁当の時間になれば、そっちがいい、、食べなくちゃ、、その時間をしっかりカラダが覚えていく

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自然体という言葉があるけど、私は自然というところまでが好きだ、そこに自然体、という体という字をくっつけると、全てオーライ的な匂いがあまり好きではない。だって、自然と体、はもう宇宙以上に壮大な文字がくっついていて、自然体って何?と問われたら、実際には、自分では答えられないだろう。

丸太太鼓に吸い付くようにやってきた子どもたちの小さな姿を見ながら、この柔らかな動き、反応する目、触覚を確かめようとする手、考えはじめるかのようなわずかに動いている口元、唇、、

生き物、楽器、カラダ、

気づけは「自然」という言葉は、ずっと後からついてくる

カラダが何かに反応する、つまり体験、何かを一つ一つ解いていくようなこと、時間を豊かに過ごすこと、それは物質的なことではもちろんなく、

今できること、今感じること、結局はここに行き着くんだな、、

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2024年1月 4日 (木)

Tom Waitsを聴く正月

まだ支援物資が届かないという孤島、道路が寸断されれば深刻なことばかり、、

スーパーに並ぶ人の列、普段の生活が急に変化してしまう自然災害、

物語の筋なんて、人間の描く理想なんて、一瞬にして軌道から逸れてしますことがある、という現実がそこに流れている

こんな日々、

なぜだかTom Waitsを聴きたくなって、実家に置いたアルバムをローテーション

全く、今頃、Tom Waitsは似合うだろうか、、こんな今だから、なんだかしっくりくるようで、何度も繰り返し、壊れかけそうなCDデッキで

聴いている。乾燥した部屋のせいか、音がよく響いてくる、こんな小さな安いデッキでも、奥行きのあるライブハウスのような響きになるのか。

もちろん、大音量で聴く

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かの仲井戸麗市、そうチャボさんにTom Waitsを知らされて、それからたくさんの曲を聴いて聴いて、そして買った最初のアルバム。

どうして実家に置いているかというと、このアルバムが好きすぎて東京と青森の移動に持ち歩いているうちに、、どちらに置いたかわからなくなって、今はここに。

わざわざ持ち歩かなくてもサブスクで聴く方法が簡単なのに、私はCDデッキで聴きたいアルバムというのは特別なものなのでこうして持ち歩く。

このどんよりとした曇り空の北国で、北陸の地震災害のことを思うと、このアルバムに綴られている歌詞が、ジンジンと響いてくる。

なんとか、助かって、、

人生を綺麗事に生きていくなんて愚か、

人生にはいろいろある、その苦しさ、もがき、訣別、決心、希望、

すべてある。

それをこうした音楽が、一緒に、何か、落とし込んでくれている、たぶん、どこかに連れ出してくれている

 

2024年1月 2日 (火)

元旦のテレビ、元旦の祈り

元旦から大地が騒いでいるのか、暴れ出したのか、

なんてことだろうか、、新しい年の始め、喜びに浸っているわけにもいかないだろう。そして、先ほどは羽田空港の惨事

新幹線車内で群ようこのエッセイを読んでいたら「わざわざ悲しくなるだけの、世界の悲惨なニュースを見る必要はない」というようなことを書いていた。なるべくテレビを見ないとする理由で、確かにそうかもと思うくらい、ニュースは絶望的なことばかりだ。

私は受信料を払っているNHK以外はほとんど見ないけれど、ではNHKとなればやはりニュース、ドキュメンタリー、もしくは料理番組(見てもその通り作ったこともないけど)あとは日曜美術館。今なら朝ドラも見る。ブギウギは音楽要素が多いからタイミングある時は見る。

ニュースは辛さだけが滲む、でも群ようこさんのように、見ない、と言い切ることもできない。社会に起こっていることを知らないままでいるのも不安、緊急事態への備え、知恵も必要、特に自分のような社会性のない生活をしていると、自分を律するために、心引き締まる思いでみることもある。

自然災害に対し、人間にできる対策は限られている、という脆弱さを知る。それでも何もしないことより、何かを知ることだけで、前方を見ることができそうな気もする。災害に備えよ、はこの日本では必須だろう。

石川県の輪島市は私が留学を終えて日本での演奏活動を開始してすぐに訪問した場所。吹奏楽界の巨匠アルフレッド リード氏のバンド指導の通訳をするという仕事だった。日本海からの波を見下ろす岸壁に建つペンションに荒れた海の大波が打ち寄せる会場だったこと、その翌日に朝市に出かけ楽器を買ったこと、、、

その朝市が壊滅状態で映し出されてた。家も道路もない、、そんな景色に心が痛む

祈りを捧げます

鎮まりますように、、平穏を祈りながら、この状況に手を合わせることくらいか、、

2023年12月29日 (金)

年末ご挨拶

時のうつろい、その内側に流れくるさまざまなことを、やっとこさ漕いで、そして時に岸に乗り上げては休息し、さて、そろそろかと思えばまたその小舟を川岸から泳がせ、ふむ、この方向だったか、いや向こう岸だったか、迷っているうちに日は暮れて、、と、、

こんなことの繰り返しで気がつけば年の暮れ

今年はブログの更新が少なかったので、これもまたコロナが落ち着いて少し仕事のペースが戻ったことの言い訳のようですが、私にしては外歩きが多かった1年でもありました。

仕事の合間に、つい先日も、ふらっとドライブ、、山の稜線を遠くから近くから眺める旅、山には登らず、遠くから、、そしてふらっと帰途につく、そんな目的のないドライブ、、コロナの時にドライブしながら作った歌もあったけど、この1年はあまり書くことができなかった、、それでも、ドライブしながら、自作を鼻歌。。そして、今年はすごく好きな曲が生まれた、喜びとしていこう。

1時間も走れば壮大な山々に近づく。冬に向かう枯れ木がまた強い息を吐いている

そして、数日後に新しい年を迎える今、、

東京にいて目覚める時、青森実家で目覚める時、あれ?今はどっちだっけ?的な錯覚も。それは往来が頻度を増していたこと、、もある。

雪に囲まれる実家が気掛かりになってきたこと、これもまたここ数年の私自身の変化。ホームライブは2024年に7年目を迎える。眠っていた場所が、今は人がやってきてくれる場所になり、2017年に開始したホームライブから欠かさず聴いてくれる人たちも、、本当にありがたいことだと気づく今。

1年を通して実家に戻る時間も増えたので、家の機能というか、家をこうしてみたいという欲も増えてきたのですが、世の中の「実家問題」は私の場合、問題どころかありがたい居場所として「ここ」がある。両親からのメッセージでもあるかなと、、考える。

先日取材に来てくれた方が「新幹線の駅ができたこと、大きい意味がありますね」、、その通りなのだ、と思う。あまり遠いと感じることもなくなったけど、、それでも北国の暮らしは冬になるとその重みを実感することに多々遭遇する。便利になっていくようでいて、どこか、何かが置き去りにされていることも感じる。

ただ、時間が悠々とすぎる、ああ、それは子どものころに感じた瞬間瞬間の青く透明な微睡むような寂しさ、に似ている

、、、、仏壇の襖を開けると秋にいただいた薔薇、自然に美しいドライフラワーになっていたので、ガラスに飾ってみた。Img_1782

帰宅すれば、枯れた花、木々、痛んだ壁、でも以前より手入れし、人がきてくれるようになった家は、どこか活気づいている

毎月8日の日に市日があって、東京の花屋よりずっとずっとイキイキして見える花々が買える。安くはないが正月に花は欠かせない

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母の生花のようには行かないけど、昨夜いただいた京菓子の龍の絵を切り取って花遊び。少し勢いありか、、

午後は工事の方がやってくる。毎回何かしらの凹みを治してもらう、、家は言葉こそ発しはしないが、短期間でも私の帰りを待っては、ほころびを伝えてくる。

音窓ARAYA、2024年の音はじめは3月からとなります。

まずは、ここに集ってくれた皆様へ、遠くからいつも応援の皆様へ、心より感謝いたします。

新しい年は、東京、青森、往来を楽しみながら、一歩一歩といたします。

暖かくお過ごしください

来年は更新を増やしますよ〜〜

拙い文章ですが、読んでますよ〜のお声に支えられて、続けられております。

心からの感謝を込めて、、

 

2023年12月19日 (火)

スローフードで体調戻す

胃腸が弱いというのに、時々そういうことを忘れてしまう愚か者のアラヤ、気をつけなさ〜〜い!

食事には相当気をつけて暮らしているものの、胃腸を弱めて、そこから免疫力低下し、咽頭炎という秋の失態

以下、学んだこと(今頃?)

●食したことのないものを疲れた時に食べてはいけない(好奇心は大事とか、勝手に思ってしまうバカ)

●いただいた高級なものは合わないなら食べない(口に苦しなのに、高そうという理由だけでなんとか食べようと試みるバカ)

●少量でいいものを多めに摂取(今しか食べないし、と思うバカ)

そんな愚かな私に、優しい年下の友人は優しい野菜の差し入れをくださって、、

仕事がオフの日は朝からスロークッキングをして、今は心身安定であります。

八王子産、青梅産、七戸産、青森産、富山県産、相模原市産、三浦海岸産、などなど、、が冷蔵庫に並ぶのはやはりここ数年の自分の見守り隊となります。

先日のランチ、、

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ここからは、日曜日の元気復活演奏

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私の演奏出番は年内、これが最終。本日からは春の曲への準備です

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駆けつけてくれたハーディ氏の演奏も交わり、子どもも大人も大喜びでした。

息子が長年お世話になったボーイスカウト活動、親のできること、力を合わせて子どもたちと関わること、それも一つのスローライフの良さかな、仕事目線はなし、自然や人間と関わることの純粋無垢なる時間、子育てがつぶやいてくれたことってありますね。それは今頃ふつふつとわかってくるのだから、、

ちょっと笑顔になれたら、そうちょっとでいい、、階段を登ることばかりではなく、一段、いや2段、3段、下がってみた時の窓の位置から見えた空色、雲の形が面白いってこと、たくさんありますね。

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カブスカウトさんたち、見事な器楽演奏と合唱。ちらっと私をみてくれる彼ら、、

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Deagan Vibraphoneは素晴らしい名器です(モーターなしで使っています)

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ベンチャーさんともセッション。みんな楽しく参加、ありがとう!!!

そうそう、本日のカテゴリーは食のこと、でしたが、すっかりクリスマス会。

この日、いただいたケータリングのお弁当に感動、写真は撮っていませんが、煮物メインの美食弁当でありました。

さて、本日は予定していたものがなくなったので、、冷蔵庫の野菜と睨めっこします。

スロ〜〜スロ〜〜がいいですね。

2023年11月28日 (火)

ありがとう母校

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何年振りかな、母校での演奏。今回は5、6年生への講話、全校児童への演奏会。

パワーポイントで自分の小学校時代から現在の仕事の様子までを紹介しました。

普段作る大学のパワーポイント資料ではないし、たくさんの視点で小学生に向けたわかりやすいトーク式を作ってみると、あれれ、これは予想以上に楽しい作業でした。身近に感じてもらえる内容、そしてワクワク周りを見つめたり、ちょっとチャレンジもありだね、、というムードのものかな、、クイズ形式、児童と対話型を試みました。

みんな楽しんでくれたかな。

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6年生にはちょっと楽器に触れてもらいました。

本当は一人一人に打ってもらいたいけど、全校生徒、、今回はごめんなさい。

青森のツアーは、これまでになく盛り沢山。他にも3つの出番、取材、、

でも全てが気持ちよく運びました。

これは、最終日のホームライブ

今回セッションしてくださった方は

絵のピカタさん

舞踏の福士さんとは寺山修司と浅川マキの歌でコラボ

そして、なんと長年眠っていた父がオーダーしたであろう、木のオブジェを舞台美術に。。

その写真はまたあらためて、、

ホームライブのセットリストもまたあらためて、、

ご来場、ありがとうございました。

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2023年11月11日 (土)

これからもずっと、、

昨日、、

ひとつ齢を重ねる喜び、と同時に、思慮する時間でもありました。

母が生きてくれたその年齢になった、そう思うと人生の儚さに慌てふためくような気持ち、と同時に、ここまで生を受けて日々を紡いでこれたことの奇跡、、ありがたいことだと思います

母の生きてきた時間というのが、ここまでであったのかと思うと切ない。でも日々思う両親の時間、そこと平行線に考えてきた自分の生活のあれこれ、、

まだまだ生命の行間を彷徨いたい、そういう強い意思のようなものを抱いたかのように、しかし無念にも病院のベッドに横たわっていた母の動かぬ身体、思い返すことは辛いけれど、でも、昨日はちょっと違ったのです。何かが違って自分を迎えました。

母が父が見なかった彼らのその先の人生、、ここからは、私は両親の時間指標、平行線を持たずに生きていく、、

生命は個に宿るものではあるけれど、両親から繋いだ私の血の流れは母の生きた時間にいつも沿ってもいた脈動、、これからは今ここにいるよ、と呟きながら、その未知なる「時間」というものの上を歩いていくような新しい生命体の自分、そんな気持ちがふわっと降りてきました

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ブラームスの歌曲は地味だな〜〜と思うことが多いけど、なぜかこの音大校舎の壁に描かれている曲「我々は彷徨い歩いた」が好きです。

優しく包まれます。母をちょっと思い出すような曲ですから、、

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明日はまた水辺に行ってみよう、、寒いかな

今日は長く完成できなかった1曲がなんとか仕上がりました。それを何度も何度も歌っての土曜日でした。

これからもぽつりぽつり綴ります。

 

2023年10月31日 (火)

スペシャルゲスト迎えます

11月21日ホームライブは、一瞬ではありますがスペシャルゲストに正ちゃんダンスこと、青森市在住の福士正一さんとコラボレーションします。

夏に青森市内の平和公園でご一緒しました。その前は寺山修司音楽祭などでも、、

今回のプログラム「だれかの駅」の中で、ぜひ福士さんの舞踏と奏でたいものがあります

ご期待を〜〜

一昨日の情報開示で、すでに残席わずかとなっておりますので、ご予定くださる場合はご予約をお急ぎください。

お待ちしております

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2023年8月の共演より 平和記念公園(青森市)

2023年10月28日 (土)

秋、マリンバシアター

 

秋の夕暮れに、今回は1回のみのホームライブです

今夏に行った龍見寺のライブ「だれかの駅」を再び、、

新曲も含み、夏とは異なった音の色、秋に似合う曲が並びます

いつもと違う開演時間ですが、ぜひぜひぜひ〜お待ちします

寺山修司の汽車

浅川マキのプラットホーム、

阿久悠の青森駅、、

新谷の新曲もかつてのあの曲も、、(って、誰もわからないけど、ひとりごと)笑

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SHOKO ARAYA Marimba Theater

好きな歌を、ホームで、やはり秋には奏でたいと思います

 

2023年10月21日 (土)

あはは、、ここが偽物「ビック」リ「ピンク」

ちょっと似てる、と思ってしまった。笑

BIG PINK,,

先日のCHABO BAND、スクリーンに映し出されたザ・バンドのそのスタジオは、以前から知っていたけど、とってもいい風景の中でミュージシャンの佇まいも柔らかく、素敵でした。都会風な洒落たスポットライトの薄い影の奥に見え隠れする家、、1枚の写真なのに夕暮れから、ミッドナイト、明るい日差しさす午後かな、、そんな時間を音楽の流れに沿って映し出していた。なんて粋なセンスなんでしょう、、、

ということで、ふざけているわけじゃなくて、写真は私の青森の音スペース

音窓ARAYAというタイトルをつけたのは、音楽の部屋に東西南北の窓をお願いし、音よ届けこの窓から、ま、そんな意味あい

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普段住まいでもないため、テレビもWi-Fi設置もまだなく、、つまりは情報が入ってこない空間、自作が生まれている部屋、騒がしさから逃げ出して篭っては歌を書いている部屋であります

カッコつけて、偽物BIG りPINK(びっくりピンク)、ま、気分上げたくって、そんな呼び方をしてみました。

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ここで音を生み出す意味を、深く考える時間が来ることもあるだろう

2023年10月17日 (火)

CHABO BAND そして 

時々、こんなことも起こる。

脳内に流れていた曲が、その日にどこかで再現されるということ

地域の依頼で30分歌った後に、急いで次なる場所へ駆けつけた

開演には間に合わないだろうと覚悟していたけど、席についたら、メンバーも登場前、漆黒のステージから聴こえてきたのは仲井戸麗市のリーディング「ガルシアの風に吹かれて」

よかった、神様が間に合わせてくれたんだろう、歌詞をよく知った歌のリーディングを聞きながら、「今」が始まったなと感じていた。

自分の本番は程よい加減で、誰でもが知っている曲をという条件で、数曲選び、1曲だけはオリジナル「未来」を歌った。ガルシアのリーディングが聞こえてきた時は、「こうして自分の内側にある言葉で始められるライブがしたい」

そのことだけが浮かんだ。仕事は仕事なんだけど、やはりどこかに葛藤をぶら下げて、カバー曲の選曲にもがいた時間、オリジナルも選びに選んで

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でも音一つ一つに意味がある

誰の歌、とかいうレベルで選んでもいない、そもそも、歌いたいものだけを選んでいるから心は晴れているのだけれど

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スマホをいじっている人はいたけど、会場は満席でほとんどの人がじっと、静かにこちらに耳を傾けてくれている。終わってからは随分とたくさんの方に声をかけていただく。

小さな交流が生まれているのかもしれない、こういうステージにこそ、余情を高められる自分でいたいと思う。

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もう履けない、と思いながらこのステージブーツでステップ演奏した。しっかり守られている、でも古すぎて草臥れて、いつだってバイバイと言ってもいい状態、なんだけど、、この靴が演奏には一番適する。大袈裟だけど演奏終了した時の余情みたいなことは、私の場合は「足」から感じる

常だ、、それは

いい本番なら「足」「脚」が軽いと思える

最近出会ったブーツはまだ下駄箱の中で出番を待っている。このブーツはまだまだ現役

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不思議なもので、私はボブ ディランの歌の節を思い出していた、開演に間に合いたくて急ぎたい心境なのに、空模様を見ていたらハードレインが鳴り続けている

CHABO BAND でザ・バンドが語られ、チャボさんの創り出す大人の物語ライブ、ストーリー、悪戯なビロードのカーテンではなくって絨毯の上の言葉の掛け合い、音の磨き合い、私は瞬きをしただろうか、、

空気が清浄で、音がずっしりと重い、そしてミュージシャンたちは軽やかに舞っているかのようだ

帰宅して聴きたくなったのは

 I shall be released

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2023年10月14日 (土)

何を歌うのか、、、

テレビ、新聞、SNS、、

どうしてこう戦いばかり、、

顔に傷を負った子どもが泣いている、叫ぶ老婆、苦悩の表情が映し出されているその裏で、フルコースの食事を楽しむ写真が載せられているそんなに親しくもないが、まあ繋がっているという知人のSNSを見る。

何かが狂い出しているのは間違いないけれど、どんな情報もベルトコンベアの上に意思のない事実だけが流されているようで相当に気持ちが悪い。

明日は地域からの依頼で歌う。

こんな時代に何を歌おう、、まだ曲が決まらない

上階に引っ越した人の会話が 津軽弁?のようだったけど、またすぐ引っ越すという。

私の音、天井から響くんだろうな、、みんな忍耐強い

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2023年10月 1日 (日)

10月は日曜日から

このブログをマイページを開いていたら、雨が降ってきた。突然のようだけど、ずっと曇り空だったのだから不思議もない。

雨の音が強い、そっか、、もう冷房を使わなくて良くなったからどの部屋も窓を全開していたのだった。

雨の音が好き、洪水ほどになっては困るが、雨がいろんなものに落ちて、ぶつかっていろんな音を出している、それが心地よい。

今日は優秀な後輩君の打楽器のリサイタルを聴きにいく予定だったけど、昨日突然の激しい腰痛で、今日はだいぶ回復したけど大事をとった。

それと、日々、音いっぱいの中にいるせいか、最近は本当に聴きたいものへ出かけるようにしている。後輩君の音も興味津々。でも激しい打撃音連打に、私の体は今日は無理そう。

書ききれていないけど、先週の土日もコンサートに出かけた。アマチュアもプロも関係なく、これは聴いてみたいと思うものへ、、そして、一度入ってみたかった青山の能舞台研究所、(能舞台は何度か経験しているけど)いい空間で三味線を聴いた。

それで、今日は、雨の音を選んだ、、

そして今月依頼されているコンサートで弾き歌う曲を自分用の楽譜にしてみた。東京ブギウギ、、以前から弾いてみたかったし、朝ドラともタイムリー、よーしやってみよう。

服部良一恐るべし、、楽譜を書いてみてわかった。この旋律、和音、リズム配置(特にイントロ)、知っていたようで知らない、未知数いっぱいの曲だった。朝ドラも楽しみ。演奏するのも楽しみ。

友人がくれた薔薇が花壇に咲く

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2023年9月26日 (火)

姫路、、終了

コロナ禍で中止になった公演はいくつか、でも、延期として必ずいつか叶えたいね、と願っていた「語り寿歌」(かたりほぎうた)は、姫路公演も終了しました。

いろいろと難題が多いと思っていたけれど、一つ一つクリアできた、音楽担当という責任は、自分一人舞台よりちょっと精神的にも重さがある。脇にいて音楽で芝居効果を生み、一つのドラマを完成させるという意味で。好きな仕事だと思っている。

姫路では久々に、本当に久々に劇作家、寿歌の作者、北村想氏とも再会。ちょっと緊張。でも今の自分の創作を見ていただいたこと、幸せなり。

それにしても船戸香里さんは一人で3役を演じる。まあ、講談だから。こちらも曲の幅があちらこちらと飛びますので、演奏中は切り替えも必要で、同じテーマの雰囲気で演奏するわけにはいかない。なんたって、ストーリーが波乱しているっていうか、終幕までの距離感は近くでもあり果てしなく遠くでもあり。ラジオから流れる音のようでもいたいし、すぐ目の前の人に伝えたいライブ感でもありたいし、はたまた、宇宙の果て、ずっと向こう、氷河期に入った地球の穴ぐらの誰かに届け、、とか、まあ、変なことばかり考えてしまうくらい、、音の方向性を考えながら、マリンバ一つの素朴さと向き合って、そして飛びまくっている。

今っていう時代は、この語りで聞く長いストーリーに耐えうる時代であろうか、そんなこともよぎった。なんでも即席的に見えちゃう時代において、「目に見えない観客に向かって綴っていく」

演者(役者も演奏家も)はその忍耐の幅を聴く側より何倍も培って養って磨いていく立場にいるように思う。それがいい具合の振り子作用で、お客様と交信していくこと、果てなく大きな課題の前に座していることに気づきながら、、

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2023年9月 8日 (金)

荒野に一輪、そして姫路公演近づく

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七戸公演の初日に、薫姉さんが運んでくれた、いつも美しい花瓶にその日のお庭の一輪を届けてくださる。

木槿、、あまり見ることのない花一輪の儚きを、マリンバの共鳴官の前に飾らせてもらいました。

まるでこれから始まる「寿歌」の切なきにそうような、荒野に一輪、、まさしく、なんて粋な人だろうと(ご本人はただお花を祝いに持ってきてくださったお気持ちだけだろうけど)

飾る場所がここでなくてもよかったけど、音の振動する場所ならお花もちょっとうれしきかな、、っと。

 

さて、いよいよ近日になりました。姫路公演です

神戸新聞に記事

船戸さんのインタビュー記事が掲載され、丁寧に綴ってくれております。

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こちらは音窓ARAYAでのショット

小劇場風に設ました。この場所に本格的なお芝居設営という形は初めてです。うん、手応えあり。やれないことはない。

予定より多くのお客様がご予約、ご来場くださったことで酷暑の日々、冷房具合を心配していた私ですが、実際、とてもとても暑かったけど、皆さんほんわか、ゆっくり鑑賞くださり笑顔で帰っていきました。こういうものをこんな近くで観れて感激、というお言葉に支えられました。

寿歌、そのものへの感想もいくつかいただいており、ずっしり。

北村想戯曲を実家で発表できたことも予想だにしなかったことでもあるから、、やはり頑張ってよかった、、嬉しい。

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2013年の初共演から10年、今度は船戸さんの振り袖講談、一人で3人の役を語り分ける、お見事です。

演奏に選んだ曲にはパロディ、伏線、散りばめて、有名曲をちょこちょこいじって語りとタイミングを合わせたり、それはそれはスリリングな仕事ですが、やはり劇音楽を担当できる醍醐味の一つは「自由性」

泉谷しげるを歌ったかと思えば、バッハのアリアを弾き出す、その自分が感じた「必然性」に沿う

解釈がちょっと違っても面白い、すでに戯曲の次元がぶっ飛んでいる、そんなところにお邪魔しにいく音楽っていうものに、秩序とかお決まりの手というものは必要なし。もちろん伝えるための「創意性」はいっぱいする。

もっとやりたかったのは戯曲の流れを「裏切る」、、ここがまだ納得の境地までは到達していないけど、、裏切る効果があればやり、ほどほどに仕舞い込むべきなら冷静さを忘れずに、暴れる。

って、これは観ていただかないかぎり、何を書いているの?と言われるだけの文章。失礼しました。。

なので、、ぜひ観にいらっしゃいませんか😀😀、、、9月17日姫路イーグレひめじアートホール 

 

場面の悲痛を歌いたくはないけど、清らかな旋律を鎮めながら歌うと、どんどん自分が感じ始めている「地球のこと?これは」の焦燥感のようなものが浮き上がる瞬間がある。

生命体としての今をどうあなたは生きるの?と呼びかけのような節に聞こえてくる、、自分の曲でこんなことを言うのも図々しいに程があるけど、それは北村想の台詞を歌にした以上、責任持って言葉を熟させて歌いたい、、「君は火の粉のごとく星に生まれよ」

この曲だけは大ホール、大天井で歌いたい、、そんな境地

今回の上演では、それらに生命を吹き込みながら、でも決して喋りすぎない音楽を心掛けています。情景だけを映し取るような劇音楽ではなく、ヒューマン&ネーチャーの物語性を作る音、その裏側の孤高もできるなら描きたい、、

何を書いているのかな、、でも掴めそうで掴めない、その大きな球体の荒野を歩いている私たちには、この戯曲の世界観、人ごとではなくなってきていると言うことに震えてしまう。

そう、核戦争なんてあってはいけない。

そして、主人公の「キョウコ」が希望に向けて駆け出す足音を、ずっと聴き続ける社会である方がいい。

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2023年8月31日 (木)

寿歌での演奏曲

 

北村想戯曲「寿歌」、今回の演奏曲

原著に書き込まれていることに沿って、泉谷しげるの夜のかげろう、なども挿入歌的に。全部歌いたいけど、劇音楽での効果ですので、一部のみ。

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タラのテーマなどは、あまり好んで弾く曲ではないけれど、戯曲の中では壮大な効果を上げなくてはならない。

そんな風に演出して弾く、それも面白い。

セリフが旅を描く部分では、パットメセニーを選んでいるけど、最初はちょっとした違和感を抱きながら弾く。似合っていないよね、これ、、

でもジャストフィットの感じはもっと不具合に思うから、やはりこれでよかった、、じわじわと劇中にマッチしているムード。

バッハのアリアは外せない、、

火の粉のごとく星に生まれよ、、これは自分で作っていながら、一番難しい歌になってしまった。

スパイラルスノー、これは曼荼羅配信ライブで弾いた「糸遊」に続く連作のような曲。

物語の最後に、雪、、余計な音を弾かない、弾きすぎない、皮膚をあまり震わせない、でも心の中に知らず知らずのうちに浸透していくなら、、

劇音楽は時間が限られている。5秒長かったらだめ、5秒短くてもだめ。そんな規制を自分に張る作業、音楽と言葉の兼ね合い、歌詞ではない、言葉、セリフ、だから音楽制作は未知数で、楽しく、終わりなし。。

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2023年8月28日 (月)

そこに生まれなかったゆえの、、

青森ねぶたのことを少し書きたいと思います。

青森イコールねぶた、ではなし。私は県内でも南部地方に育ち、八甲田山の南西側に生まれた。青森ねぶた、弘前ねぷた、などは津軽地方に根付く古い歴史ある祭り。その言葉訛りも南部とは異なるし、チャンスがなければ「ねぶたを見て育つ」という環境にはない。なにしろ海沿いの浅虫海岸沿いに走るにしても、八甲田山を突っ切って青森市まで降りるにしても、90分、昔の道路だったら2時間以上はかかった。

親と一緒に見物に行くこともなかった。私は中学の時に初めて体験し、そして20代後半で「手振り鉦」を打つ老齢の男性の手捌きに惚れ込んだ。

今はみちのく有料道路があるので、自家用車なら60分で到着はできるけれど、もっと早い方法なら新幹線で楽チンに移動も可能。親が生きていたら自分が連れ出して一度は見せてあげたかった。。。

でも、、ねぶた祭りはやはりまだ遠い地の祭り、という感じが県内にいても感じることがある。それはねぶたの練習や、ねぶた本番を終えて長いドライブの後、実家にたどり着いた時、、、

そこは漆黒の空と無声の町、虫の声が時折聞こえて反響する町内の通りに、ふと自分の身を置いて、今この場所では、あの狂うばかりの祭りを誰とも共有していないなだと気づいたいとき、、空を見上げて思うこと。

そんな瞬間、皮膚に残る海風の感触を確かめながらも、ねぶたの波動がまた遠ざかっていく。それを追うかのように薄い声で「らっせら〜」と呟いてみる。声は私一人、、

遠い幻想の街にあの巨大な火祭りが舞い、踊り、囃子の音がうねり、そこに自分がいたという現実感が一瞬で消え去るくらいの暗闇が待っている。

それほどに強烈、

それほどに夢、

それほどに、私は焦がれている何かが、、そこにあって、、

そこに生まれなかった、ゆえの何かか、、

そこに生まれ聴き育っていないゆえの、別物の郷愁

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2時間3キロ近い道のりを打ち歩いた後、疲れ切っているはずなのに、すごく気持ちが明るい、表情も生きている、、

仲間ができて嬉しい

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竹浪比呂夫氏のねぶた、ねぶた大賞4連覇、総合1位、、

とんでもない団体に入ってしまったものだ、、誰かにも言われたけど、実感、すごく感激だけど。

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生きてる、、出陣前に光(火)が灯される瞬間は、天と地のハザマにねぶたが揺れ出す、

出陣の場面に立ち会うファンも大勢います

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2017年の私の初めての手振り鉦経験からずっと稽古、指導をしてくれる長谷川部会長、ショーケン似、イケメンですね〜〜

新谷さん、まだまだって、言われてます。。当然ですよ、まだまだ、、手振り鉦は深い!!

私よりずっと若い方々に囲まれて、指導を受けているのは新鮮です。

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蘇民将来、子孫家門

疫病が治まって、新しい息吹めぐり来ることへの祈祷、そんな意味合いも含めて、美しいねぶたを背に打ち歩くことができました。

初の4日間参加も、少し自信がつきました。暑い夏でした、、、

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2023年8月22日 (火)

誰かがやってきてくれる夏

実家ではゆっくり一人で過ごす、ということでもなくなっています。

人と一緒、誰かが来て、何かを一緒にやったり、やらなかったり、でも、一人時間でというふうでもなくなっているな〜

それだけ、夏は時間の流れも早く、活発で、自分が元気で、誰かを迎えて、見送って、、

ということで、今週はまだ東京での仕事、来週には本当の意味で「いつもの一人夏休み」となります。

ねぶた練習から囃子方4日間出演で打てたぞ、、があり、青森市平和公園での野外劇あり、じっくりお盆あり、実家で初の企画、講談とマリンバの公演、大盛況となり、ありがたいことが続いておりました。

およそ一月で3000キロ走行した、愛車くん、ありがとう。私を安全に友を安全に運んでくれました。

こちらの写真は、友と歩いた七戸城跡、姫塚に降りる友に、暑さで動かない自分が手を振っている、、自分も歩け、、ですね。

十和田市の草間彌生庭園、夕刻にはしゃぐ。

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2023年7月16日 (日)

そろそろ満席です

更新が途切れておりました。

さてさて、、公演ひと月前ですが、かたり寿歌:講談とマリンバ、、七戸公演について

8月16日、午前、午後は完売につき、ただいまキャンセル待ちの状態です。

8月15日の公演もあと数席となりました。

みなさま、早くからのご予約ありがとうございます。

管理者からの報告でQRコードからのお申し込みを最近把握できましたところ、遠方からのご予約もいただき、感謝感謝であります。

そして、、問い合わせが続きますため、現状を考えて、座布団席追加も考えております。

本来なら肩を寄せ合うくらいの芝居小屋風もありかとは思いましたが、やはりお客様の快適さを優先し、狭い空間での密を避けての椅子配置。座布団席ともごくごく僅かしか増やせません。

さあ、この夏、これは見逃さないぞ〜〜!と思ってくだされば、どうか15日へのご予約を、できましたらオフィスメールへ直接お願いします。

shokoaraya@icloud.com

旅芸人2人と僧侶、この3人がどこに向かっていくのかさえ知らずの登場人物として語る、それはわたしたち、人間の在り方、広い宇宙の果てに生まれ落ちて生きる、その身体という「物体」「ヒューマンハート」の愛しさよ、、ああ、、ここまで、、ここまで、、

北村想の原著は「寿歌」にもいくつかのバリエーションがあり、今回は振り袖講談という形式に書き下ろした内容となっています。

私の役割は劇音楽、背景の音に何を選ぶか、作るか、奏でるか、、ご期待ください。

こちらの写真は2013年の伊丹アイホールでの「寿歌Ⅳ〜火の粉のごとく星に生まれよ〜」の舞台から、、

北村想作品を実家のアトリエに再演することになろうとは、、その嬉しさと、ある種の挑戦の場、大きな夏になりそうです。

っと、その前にはねぶた「囃子方」をしっかり努めます。

こちらも練習に早く行きたし、、の今です。

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2023年6月27日 (火)

夏の家で、いよいよ「寿歌」本番

夏の家、といえば聞こえがいいが、まあ、実際のところ今では私の夏の家、という言い方以外見つからないので、そう記します。

コロナ禍で延期となっていた「かたり寿歌」いよいよ、実現できそうです。

私のホームページのコンサートページに詳細があります。

8月15日、16日、合計で3公演。

語りの船戸さんは姫路より、落語の魚谷さんは大阪より、関西の役者さんを迎えての音窓ARAYAです。

と、その前には、親子コンサートのリクエストもありますので、7月29日、午前午後の2公演です。

☆ まずは、語りとマリンバのフュージョンのフライヤーです。

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裏面には詳細があります。拡大してご覧ください

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そして 親子さん集まれ〜〜「夏の音っこ」おどっこと読みます。

この空、とても好きな写真が撮れたので採用。実は昨年が第1回の「夏の音っこ」で、その時と同じ写真です。その時は山と川に焦点をあててデザインしたのですが、今回はこの空の方です。

この写真を撮った時、自分にはある出来事がありました。心をなんとか前に向かわせるために出かけた散歩道で空を見上げたら、あっ、と声を出していた自分です。

今、今なんだ、、という想い、空見て泣くか?

そんな日でありましたね、、人生ですもの、、石ころ見て泣いたっていいのです。

コンサートのご案内のはずが、また寄り道。笑

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そして、絵本コーナー、授乳して聴けるコーナーまであるのですよ〜

親子さん、家族さん、来てくれるかな〜〜

よろしく♡待ってまーす。

2023年6月17日 (土)

親子三世代で楽しむコンサート

立川未来子どもセンターからの依頼で、6月24日に立川市RISURUホールで演奏します。

親子三世代、というキャッチ、なかなかいいですね。

どれくらいの三世代ご家族さんが来てくれるのだろう。

 

写真はなぜか私だけ?なんですが、

新谷祥子(マリンバ、打楽器、歌)

鈴木葉子(リトミック)

河合繭子(ピアノ)

賛助:末宗憲人(打楽器)

 

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2023年6月13日 (火)

だれかの駅セットリスト

だれかの駅

2023年6月11日 龍見寺

新谷祥子 Singer Song Marimba Ⅶ

たんぽぽの輪の仲間に支えられて、、

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充実の5月、6月でした ありがたいこと、、

ライブへの準備、心身ともに、以前よりは一日一日の巡りくるものに寄り添いながら、そして

整えるその手法、この年齢になってやっとわかってきたということなのか、、

それじゃ遅すぎると怒られそうですね

これまでもやってきたことなのに、なぜ今、改まった気持ちでいるのか

わからない、でもスタートしたのは今、漠然とそんな気分です

 

セットリスト、これまでのライブより曲数も多くなりました。

All Songs マリンバアレンジ 新谷祥子

前半

November Travail(新谷祥子)

涙の乗車券(ビートルズ)

Travels(パットメセニー)

中央線(宮沢和史)

鉄道員ぽっぽや(坂本龍一&奥田民生)

津軽海峡冬景色(阿久悠&三木たかし)

500マイル(ウェスト&忌野)

電車かもしれない(知久寿焼)

 

後半

終着駅(千家和也&浜圭介)

東へ西へ(井上陽水)

寺山修司の汽車(ポエトリーリーディング&新谷祥子マリンバ)

夜が明けたら(浅川マキ)

朝日楼(アメリカ民謡&浅川マキ)

9月4日駅(ベンジャミン ビオレイ)

別れの朝(ウドユルゲンス&なかにし礼)

だれかの駅(新谷祥子 新曲)

 

アンコール

長い旅(新谷祥子)

ご来場くださいました方々、ありがとうございます。

再会(再開)できたこと、喜びです。

 

 

 

 

2023年6月 2日 (金)

旅のはじまり

来る6月11日ライブは、夜の会は満席となっております。でも追加椅子の予定もありますので、昼の部と合わせてまだ受け付けております。

メセニー、坂本龍一、たま、浜圭介、ビートルズ、ウェスト、浅川マキ、寺山修司、ビオレイ、他、いろいろ

こんなに難しい曲選びもなかなかありませんでした。曲数が多くなっているので、選定の時、、これがまた苦しいのですが。

自作も含みます。そして新曲のタイトルは「だれかの駅」

今日は大雨、台風は心配ですね。でもこの大粒の雨に打たれながらも、空気が入れ替わるような初夏のエネルギーを感じます。

練習していれば、どこかポロッと泣きたくなるような歌たち、、でもそれは閉鎖された苦しみとは異なるもの、どこまでも繋がって走っていく列車や止まり木、駅という希望的な空間、悲しみのドラマがあろうとも、そこは誰かが常に動き、旅し、戻ったり、戻れなかったり、、つまりは何処か果てない行き先があるのですね、、

出会った駅、見失った駅、これからの駅、幻の駅、、

白と黒の風景ばかりではなく、「今」が鮮やかに映る駅、

あとは、お客様が作り出すそれぞれの駅、、

あ〜このプログラムはいいです。この曲を持って「旅」ができたらな。

まだまだやってみたいこと、行きたいところ、それはここから、これから。

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2023年5月16日 (火)

出会った、また1曲と

近づいているライブの選曲構成について

テーマ性を決めて実施するライブの中でも、今回は久々に「マリンバシアター」として構成する要素が強くなります。

誰もが予想するかもしれない駅や列車の登場する曲もありましょう。でも、きっと予測のつかないものも選ばれている、ことは確かであります。

昨日も出会ってしまった、、その曲をずっと高校生の頃からピアノで弾き歌っていたのに、気づかなかったシーン。

踏切の向こう側にいるだれか、、、そうか、そうだったのか、この曲の伏線はここに繋がっていたのか、、という驚き。

歌詞は12行くらいの短さでありながら、そこに言葉の魔法を置く優れた作詞、、

出会っていた曲でも、真の意味で新しい出会いをした曲。

そして私にとって大切な試みは、そうした曲を木片マリンバで、どう合体させるかということ。

その楽しみと苦しみを得ながら、一つのカバー曲として心が穏やかに着地するところを見つけるまで、、時にその曲の切なさに苦しくなって練習が止まってしまうこともありながら。

気持ち良い朝の中、、

私の列車を走らせよう、、今日は今日なりに

そして、読んでくださる方にも、さまざまな駅からの発車、さまざまな列車の旅が生まれますよう。。

小さなマリンバシアターに、お越しくださる方、、楽しみにしていてください。

きっといい列車の風景

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2023年5月 9日 (火)

マロンマロン

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静かな森にて、音を奏でる

初めて会う人とも奏でる

散歩の夫婦さんが、足を止めてそのまま、最後まで聴いてくれた

2回とも聴いてくれた方が、帰りにはアルバムを1枚大事に手にとって、買ってくださった

どこかの部屋で聴いてくれているだろうか

 

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土にまみれて、虫たちもコロコロ動き出して、自分はもう、その草むらにて音という存在のしもべのようになる

木はじんわりと、忍耐強く、「打ちなさい」と語っているようで

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小さなマリンバは、マロン、マロンという感じの響きで外気に触れた喜びか、、

あの主張されるキンキンした強がりの室内で聴く音ではない

部屋に戻った楽器たちを、いつになく磨いてみた

木の実の一つ一つを鳴らしながら、、

土の上にいた楽器たちが、誇らしげな表情を見せている

何かを待っていたのかもしれない

私もその何かを

待っていたのか

2023年4月28日 (金)

Forest_Marimba

この春に関わっている緑のアート、峠の美術館春祭りの終盤でリクエストいただき、野外ライブを行います。

タイトルは

森を聴く、風と奏でる

FOREST_MARIMBA

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形を決めたライブではなく、この企画に関わった出演者たちがフリーに演奏、セッション、参加者との音の戯れ、

森の中で自由な集い、音で交わるという主旨のもと、音を遊ばせます。

中心メンバー的に4人の名前をあげていますが、実は初めて会う人もいます。

20代前半のような感覚を思い出します。ゲリラ的であったあの時代、音出しに垣根を持たずに即興などに向かう気持ちが楽しく、そして街角で 聴くジョン ゾーンのサックスのような音に憧れたり、舞踏をする人に即興を求められたり、素材を与えられて自由な発想でそれを扱うことを許されたあの時間、あの場所、、

まだ自分の道すら見えない、音を出すことの怖さも知らない、繋がるという言葉を安易に使う今の時代ほどに「繋がる」ことを必須性と謳う瀕死の社会状況でもなかったような時代、、に、私はもっとフットワークの軽さだけを使って舞い飛んでいた。

それは、、よかった。

軽はずみであろうが、安易であろうが、行動と音出しという自由精神、開放と心身の不安さえない若さにいたこと。

眩しさの中、透明すぎる光の中、遠くは見えていないという未熟さ、その奔放さに疾走するような快感を味わえていたこと。

を、今、思い出します。

あの時と同じ走り方ではないけれど、随分と時間を経てまた初心ということでもないけれど、語法を少し変化させた自分がどんな自由さをまた見つけるだろうか、、素になる、でもゼロではない自分を遊ばせてみたい。

 

 

 

 

 

2023年4月10日 (月)

龍見寺でのライブ2023

2年間、お休みしましたが、2023年6月11日、再開します。

4月11日、ご予約開始です。

ご案内のQRコードを読み取りからのお申し込みが確実ですが、いつも通り、電話やメールでも受け付けております。

詳細を明日以降、アップします。

ひとまず、以下のご案内フライヤーをアップいたします。

今日は、2ヶ所の通院で、ちょっとヘトヘト。

でもいち早くお知らせしたく、ブログにて〜〜

 

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2023年4月 7日 (金)

鎌田鳥山でのセットリスト&photos &、、、

新谷祥子木琴歌唱コンサート

2023年4月5日 鎌田鳥山本堂 15時開演

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祈りの森(新谷祥子)

そっとうた(谷川俊太郎のわらべうたより)

それだけのこと(新谷祥子)

チルドレンソングスより3番〜芽吹き〜(チックコリア〜アレンジ新谷)

カナリア(井上陽水)

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小さな空(武満徹)

三月の歌(武満徹)

Close to You(バートバカラック)

空へ(春日博文、加治木剛、カルメンマキ)

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遊    (ゲスト:佐藤康子 25絃箏、17絃箏

遊びをせんとや生まれけぬ(梁塵秘抄より)

ブレヴェール詩集より祭、フィエスタ、それでも祭りは続く(ジャック・プレヴェール詩集より、小笠原豊樹訳)

鬼遊び歌(新谷祥子)

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戦争は知らない(寺山修司、加藤ヒロシ)

風が吹いている(新谷祥子)

抱きしめあって眠るだけ(新谷祥子)

グリーンフィールド(新谷祥子)

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アンコール

送り出しバラフォン、感謝の歌(新谷祥子)

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佐藤康子さん美しい琴の音、そしてその感受性、優しさ、ありがとうございました。

佐藤さんはこの峠の美術館春祭りの音楽ディレクターでもあります。毎日誠心誠意での音楽見守り、頭が下がります。

そんな中でも、kotoに向かうソウルフルな演奏、また一人素晴らしいプレーヤーと巡り会えた喜びにいます。

そして、、建築家、月舞台の落合俊也氏、鎌田鳥山のカフェマスター、美味しいコーヒー、会場のお見守りをありがとうございます。

音響や楽器ケアまで舞台監督も、今回初めてお目にかかった門脇央知氏、何事も肯定的に受け止めてくださるそのお心、感謝。

新人打楽器奏者の末宗君、汗いっぱい楽器サポート一日中、一生懸命ありがとう。

そしてそして、何よりこの日を楽しみにしていてくださったご来場のお客様、友人、、ご事情あってご来場はできなかったけど、応援してくれる方々に心からありがとうございます。

そしての最後に、この場所、人へのご縁を作ってくれたサウンドデザイナー、故岡田晴夫氏に心より哀悼の意を表します。開幕の音源は岡田さんが録ってくれたゴングや鳥の声や、ログドラムなど、、そこから始まりましたよ〜と空に叫びながら、、本当は、この日も会場で音源を流してくれていたに違いない岡田さん、、

今頃、何を聴いていますか?

今頃、編集作業、即刻で送ってくれたんでしょうね。

しみじみとしますけど、、そうじゃなくね、生きている人たちが、それを何かの証として、息するように普通に、一つ音の輪を授けてくれた人の力、愛、情熱を思い出すこと、そこから生まれるものがまたある、そういうことでありますね、、岡田さん。

明日は、この場所の野外ステージでブルースハープの西村ヒロさんとちょっとだけバラフォンで共演しますよ〜〜

ほらね、、また、きっと、鳥たちが寄ってきますね。

 

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