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2013年11月の投稿

2013年11月28日 (木)

部屋の野菊

明るい午後、お隣の庭で刈り入れた菊の束から少し頂戴した。
さっきまで土に茂っていた香りがする。
雨や風に晒されて茎も傾げているのに、朽ちる色の美、力強い花たち、、、
田舎で見ていた野菊は黄色と決まっていた。
菊を嗅ぐと子ども時代夕暮れ荒れ地で遊んだ記憶と結びつく。
秋はどうしてこうも短いのか、、
冬の長い青森で、いつも感じていた。
私はもう少し部屋で野菊を愛でたい。
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2013年11月24日 (日)

レビューぞくぞくと

中日新聞11月22日に掲載された「寿歌Ⅳ」のレビューです

他にも毎日新聞など掲載された報告をいただき、今もって音楽へのメッセージを下さるお客様もいらっしゃり、その反響の大きさに終演後も心にいい緊張が続きますこと、感謝です。
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2013年11月22日 (金)

レビュー「寿歌Ⅳ」

先日関わった戯曲がどういう内容であったのか、それがよくわからない、、私の力ではそれを文章にして表すことができない、少しもどかしく感じていました。

役目は音を作り、音を奏で、その儚いような美しい戯曲に寄り添っている時間に酔いしれ、でもこれは仕事ですから、冷静に音世界の在処を見つめて役割を果たす、に徹したんだろう、、、と、思います。

本日、舞台レビューの情報が送られてきました。この岡野宏文氏の記述が「寿歌」を伝えています。舞台写真も掲載されています。このように書いてくださる人のおかげで私はその音の在処を再確認しています。ぜひご覧下されば嬉しいです。

http://www.wonderlands.jp/archives/24671/

2013年11月20日 (水)

逃げないぞ!

さっき手にした新聞、加藤登紀子さんの記事を読み、あの日のことを思い出した。

20年以上も前のこと、加藤登紀子さんの歌う「難破船」のティンパニをピンチヒッターで演奏することになった。敬愛する打楽器奏者、髙田みどりさんが出向けなくなり私にこの大きなチャンスを下さった。みどりさんからは多くのスタジオワークを、代役、ときには一緒にスタジオ入りし、貴重な経験を積ませていただいた。(打楽器奏者、髙田みどりさんのことは書き記させていただきたいと思うことはたくさんあるのだけど、それはまた。)

さて、レコーディング。すべての楽器はすでに録音済み、ティンパニだけを最後に加えるというもの。楽譜はなくコード譜だけ。録音済みの音源を聴きながら「ここだと思った場所に音を入れてください。」と指示があるのみ。
ミキシングルームからガラス越しに合図を送るのが加藤登紀子さんご本人。いきなりの代役で戸惑う私に、助け舟を出して下さったのだ。「ここ、ここにドーンと入れてね」とガラスの向こうから腕身振りで私に伝えている。ガチガチだった私は指示通りに演奏するだけで精一杯。ロールなどは後で加え、とにかく楽曲の要所にはしっかり音がはまった。


背中に幾重にも冷や汗をかいたまま、スタジオを去る私に加藤さんからねぎらいの握手もされてひとまずその仕事は終わった。だから今でも加藤登紀子さんのお名前を何かに見るにつれ、ぷるるっと震えるものがある。経験の少ない若かった私にでも、とても丁寧に挨拶してくださった深い笑顔さえ震えながら思い出す。こんなときに思ってしまうのだ、、
「逃げないぞ」
わかるとこまでわかって奏でたい。
コラムは加藤さんが父親との思い出を語る内容で、そのサブタイトルが
「ありがたいと思え」
すごくいい記事。読んでまた思ったのだ。
「逃げないぞ」
(2013年11月20日日経新聞夕刊の「それでも親子欄」です)

難破船で私のティンパニが録音されているCD(1991年ソニー)
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2013年11月19日 (火)

冬の準備

ステンドグラス作家であるママ友、ユラリトさんの作品展へ。

ガラスのランプ、小物、アクセサリー、クリスマスデコレーション。
どれもこれも冬の鈴の音が聞こえるような暖かい優しさです。

今日も、ああ、、、やっぱり、、、一目惚れの出会いをしてしまいました。。。
冬の夜長に読書用テーブルランプ。葡萄の房をイメージした現代的な造形。まだ展示作品なのでしばらくは会えませんが、枕元に小さな灯がやってくる日を指折り数えて、、

さて、テーブル片付けよう!
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2013年11月18日 (月)

カノン

「パッフェルベルのカノンを最後に弾いてもらえないでしょうか?」「寿歌」作、演出の北村想氏より連絡があったのは、公演の音楽準備選曲もすべて整った、と思っていた時期。慌てて弦楽用楽譜や、ピアノアレンジ譜、以前のマリンバアレンジ譜など引っ張りだした。

簡単な曲ではない。簡単な構造になっていると思われがちで、実際はコードの循環はわかり易く誰にでも好かれる親しみある楽曲、だからこそ難しい一面がある。まずミスを繕えない単調な音並び。高揚感を創りだすにはソロ演奏の場合ピアノのようなペダルのある楽器ならいいが、マリンバでは手数を増やしてそれなりに、というアレンジになりがち。でも私はそれがいつも「マリンバも頑張ってます」的な発想のアレンジになりがちで気後れするというか、手数で派手に動く音楽がなんだかやけっぱちにも聞こえて、すでに齢も関係してか辟易している。マリンバの素朴な木の音ですっきりいきましょう〜よ、そんな気分が続く今。

先日の公演ではピアノアレンジをさらにマリンバ用に音を捨てながら試みた。まだ音が多いぞ、でもこれだとやはり楽曲として盛りあがらない、寂しい印象、華やかさを取り戻せ、毎回本番前の舞台を借りてこの曲だけは最後の最後までアレンジが定まらない状況が続いた。結論から言うと、毎回違った演奏をした。だから役者さん、スタッフさんからも「今のは、なんか昨夜よりよかったですね」「今日のほうが昨日より冷静でしたか?」などと言っていただいている感想そのものが図星。毎回、弾き方も届き方もちがった。

幕の降りる前のカノン、ドラマが終った余韻の中で弾いていると会場からすすり泣きが聞こえてきた。一人ではない。たくさん。リーディングドラマ「寿歌Ⅳ」が素晴らしいのだ。この戯曲があってこそ音楽が選ばれ、私はソロマリンバでカノンを噛み締めた。カノンという単体の音楽が流れているのではなく、登場人物ゲサク、キョウコ、ソウジュンが語ったこと、、遠のいていく響き、押し寄せてくるもの、波ってこれか、ということが弾いていてよくわかった。

最終的にはすべてのことを超えて得た「悦び」というものが演奏に満たなければ、演奏の意味はない、と思っている。でもやはり、、ある1回の本番では私も泣いた。音楽を奏でていて泣けて泣けてしょうがなかった。こんなことはあまり本番中にしないことで、(してはいけないことと思っているから)自作を歌うライブのときは本番でこんなふうにならないようにと家の練習中にすべての涙を流しておく。
しかし、やはり自分ではどうしようもできないことも起こりうるのが本番の怖さでもあり。
言葉と音楽が魔物のような生き物だから、、なのでしょう。

2013年11月14日 (木)

仲良くなりたい

大切にしている楽器の一つ、アフリカのバラフォンです。

写真では見えにくいのですがアフリカのひょうたんが共鳴器として一本一本の音板の下に取り付けられています。
30年前に文化人類学者川田順造氏よりいただいた貴重な楽器です。
木琴やマリンバのルーツを話すときに、私はこれで弾き語りをします。最近ようやく自然なフォームで使えるようになりました。楽器のほうが少し窓を開けてくれたように思います。しかしまだまだ時間をかけて、繊細なニュアンスで音選び、語り、もう少し皮膚の一部のように楽器に寄り添いたい、と思っている、そんな楽器です。
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2013年11月10日 (日)

続ける!

秋の安らかな一日、誕生日を迎えました。

昨年の今頃は、突然のように亡くなった伯母のマンションの部屋を、業者には頼まず、一人でゆっくり2ヶ月かけて片付けていました。
自分も大学病院でちょっと大きな検査を受けて、その結果待ちの鬱々とした日々でしたし、まあ何事もなく、「自分は健康である」と知ったあとでも、それでもなんだか秋という季節のせいか、ステージや子育てを助けてくれた大きな存在を失ったことでか、日々時計の針が鈍く重く動くように感じておりました。
そして歌の詞ができなくなって、何かと生活のあれこれも受け身になってやり過ごした時期でもありました。

あれから1年〜
部屋の片付け中に見つけた伯母の大学ノート。背表紙に唐突に寺山修司の短歌が記されていました。墨絵画家であった伯母はさまざまなものに自らの書もメモのように残していました。

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これがきっかけで私は今年思い切って「寺山修司没後30年トリビュート」を試みました。
9月、それは故郷と東京でやる意味がありました。
このノートの文字から青森と東京を渡って生きた伯母の孤独な故郷讃歌が響いてきたからです。

そして今日、私が尊敬する女性から贈られてきたもののなかに、2冊のノートがありました。
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大好きなゴッホの絵のノートを手にしたとたん、柔らかい優しさの奥に厳しい戒めを感じました。
続けなくてはだめなのよ、、と。
心、身体に何が起こっても、なせることがあるなら続けなくてはならない。
誰に向かってでもない、、自分の言葉があるなら、ただ書き記していけばいい。

ただ続ける、、
ただ在るがままに、、
そう、これは先日関わらせていただいた北村想戯曲「寿歌Ⅳ」のなかで打たれた言葉、教えでもありますが。。。

包まれるように今日は、いい秋日和を送ることができました。
一つ終れば、また新しい一つが巡るように、秋の一日は想い新たに、小さな楽しいこと探す旅の始りにしたいのでございます。年齢増すって悪くございません。実に。

2013年11月 8日 (金)

鳥の歌

9月に行われた「鳥の歌、連歌」用の録音風景。録音直後に奇跡的に現れた虹をバックにした写真もご覧いただけます。

金子飛鳥さんのオシャレなブログ。
ぜひご覧下さい。

http://askakaneko.com/blog/2013/11/5/with- Photo

2013年11月 7日 (木)

ウチヤ、フリヤ、アラヤ

今年も音楽室訪問、文化庁「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」で小学生と触れ合っております。同じ学校に3年目、これは継続を大切に考える学校側の尽力、先生方の熱意によるものです。

4年生の音楽の時間、質問に対しての回答は積極的で、子どもらしさをどこか超えた回答も聞こえてきます。これが今という時代であるかもしれませんね。言葉に詰まって何も言えない子どもがいたっていい、音楽ではなく、音遊びだよと伝えているけど、「せーの」の掛け声で合奏しちゃう、できちゃう子どもたち。あれれ、スムーズすぎてはいないか、、いやいやもうとっくに「次世代」なんですから、順応すべきはこちら側。

ということで、あれこれ進行の隅々まで準備して向かっていくと子どもたちの予想外の反応に即座に適応しにくくなるため、最近はなるべくライブ感と超現実主義と超飛躍空間、(いわゆる未だ子どもに残っているシュール感)そのどちらにもすいすいと泳げる体制でもって向き合うようにしています。

生き生きしたクラス、楽しい朝授業!これが毎日の先生には仕事であるとはいえ、活力維持に脱帽です。
先日までの音楽制作の舞台から抜けきっていない身体不適応性質もあるなか、本日の小学生の元気な声や質問、笑い声によって打チヤ、振リヤ、アラヤを取り戻しつつあります。

2013年11月 3日 (日)

エエ加減!

寿歌Ⅳ
〜マリンバと物語の響演〜
名古屋は小劇場の老舗、七ツ寺共同スタジオ、終演致しました。
連日大入り、感謝御礼!

出演者です/右よりごまのはえさん、船戸香里さん、落語家、桂九雀さん、そして音楽の私です。

(伊丹アイホール公演リハーサルの写真/石川隆三氏撮影)
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秀作と伝わる戯曲が目の前にあって、そこにゼロから音楽を任される。至福です。
演出的にも選曲的にもほとんど何も言われない。
だから、北村想流にエエ加減が大事。つまり、任されてる責任の「良き加減」でなくてはですから。
「間」のプロ、落語家桂九雀師匠の最後の台詞のあとの音、ここが自分的には作品中の「間」「魔」真骨頂でした。
心遊ぶ余裕ができたのは千秋楽公演かな、、

さて、音楽選曲。
北村想さんとの最初の作品ではピンク フロイド「原子心母」のリクエストもあったけど、今回は梁塵秘抄から、ホモサピエンス時代、バッハ、そしてパッフェルベルまで、サウンドトリップ!
拙作書き下ろしがほとんどでしたが、バッハの宇宙を取り入れたかった部分も生かされ、選曲には満足しております。

七ツ寺共同スタジオ、老舗小劇場での空気は独特でした。
伊丹ではなかったことですが、名古屋では開幕口上を作家北村想さん。
口上を聞いたら本当に芝居を見たくて見たくてしょうがなくなる、、
ご本人はいたって「ふつう」の間合いでいらっしゃる。
粋とは、流石、とはこれか、、、

これは1シーンでの照明。マリンバは星のなかで、、
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七ツ寺共同スタジオの外壁は妖気たっぷり、、、Pastedgraphic_2

スムーズな循環作業を支えるのはスタッフというプロ集団の技。繊細な仕事をする人たちとの日々も終わり、さてまた「はじまり〜〜はじまり〜〜」♪♪♪


ブログをはじめてから公演の様子をお知らせできることも自分の楽しい作業となりました。
読んでくださりありがとうございます。

でもやっぱりナマで共有させていただきたい、そんな想いが募った音楽制作でした。今回も素晴らしき方々と出逢い、生かされ、精神的にも肉体的にもコンディションベストを保ちました。感謝はいっぱい。。


おまけ〜
休憩時、役者さんと一緒にリラックスしている新谷です。
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