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2015年4月の投稿

2015年4月29日 (水)

ありがたき環境

レッスン室に新しいマリンバワン。

新しい構造をもった新校舎。
優れた防音、遮音、反響、地下でも陽射しいただく設計。
きちんと調律が行き届いているピアノ。
あとは、ここでどう活かすか、、でしょ。
若い人、おーい、恵まれているよ、、活力だしてね。
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2015年4月27日 (月)

圧巻!フラメンコ

当日券あり、と知って車を飛ばしてオーチャードホールへ。

マリア パヘス舞踊団。フラメンコ「私がカルメン」
女性讃歌であり、いわゆる古典的なカルメン劇ではないその新しい解釈と演出には度肝を抜かれます。途中言語を変えて女性の詩が流れます。日本語では与謝野晶子の詩だったように思います。
なによりマリアパヘスは圧巻で、女性の自然な肉体の変化を堂々と使いこなして舞台に立っています。生まれかわっていく肉体という衣装を自在に操っているかのようでした。後半のカルメンの衣装を脱ぎ捨てていくシーン、その後に続く踊りから、女の再生と希望を意味したであろう静かなステップと燃焼していく音楽に、それを観ている自分は呼吸することすら忘れてしまいそうでした。

そう、今回はこの生演奏と女性二人のカンテが、私を最高に喜ばせてくれました。
とりわけカフォン奏者、カフォンはあきらかに踊り手の心臓と呼吸であることを知らしめてくれます。本来この楽器、手数の多い珍芸であるわけがないのです。カフォンとは打楽器の一つで箱形のドラム、そこに座って演奏するのですが、触りの音、打ちかすれ、芯音、すべてが踊り手の言葉になっていないと一流打法が成り立たないということを、昨日明確に知って帰ってきました。
これはスゴい、、

女性のカンテはこれはもう地から這い上がる祈り。天上の歌声という概念はありません。女だってマグマ宿した生物であるということ、大きな懐に声が宿されて、ある瞬間を利用してそれを放心することを待っている肉体。
世にいいものはいっぱい、触れずして何が?観ずして何が?
ここのところ、「あなた、自分にはなーんにもないのだと思ってね、、あなた、だからなーんでも観なくちゃよ。」と20代で修行中だった私にアート元年を知らせてくれたあるお方の言葉を思い出しはじめています。

2015年4月26日 (日)

東京駅休憩

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丸の内北口のエントランスドームって素敵、ここはちょっとした宮殿。気分が高まります。
そこから右側に出て、都営バスの停留所があるビルの窪地から見る駅舎も気品にあふれています。

子育てからも時間の余裕が生まれ、最近ようやく二つばかりの「稽古」に復活できるようになり、それが終れば中央線で帰路である西方向へは乗らず東京駅まで出かけます。いつも慌ただしく新幹線への乗り換えをしているだけですから、たまにはちゃんと東京駅満喫。

2015年4月23日 (木)

未来を着る人

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伯母はかつてファッション誌「装苑」の服を作り原稿を載せていました。小学生の自分は雑誌から伯母の作った服の写真のページだけをマークして楽しんでいました。上京し大学に通うことになって、伯母からはたくさんの褒美とも言えるチャンスをもらいました。例えば、、ケンゾー、イッセイ、寛斎のなど東京コレクションの招待席。サンローラン、ヨージヤマモト、コムデギャルソン、、いったいなんのご褒美なのか、、これは夢世界なのか、、若きときに観ておくべきものを見せてもらったのでしょう。伯母のおかげ。今に繋がっています。

多くのショーでそのランウェイを華やかにそして、涼やかに歩いているのは、、「山口小夜子」
畏れ、眩しい黒髪と目の先に何かを常に語っているような生き物が颯爽と、、人間が着るような、あるいは人間が着れないような服、をひるがえして歩いていく。
現れては、瞬時にして影に隠れ、消えていく女の動き、、
その後も映画や舞台で小夜子さんを追いかけていた私。

あれから20年、、、2006年、、私に山口小夜子さんと共演の幸運が巡ります。和太鼓林英哲さんの監修による舞台、「空海千響」国立劇場の大舞台へお誘いを受けました。英哲さんと小夜子さんの舞台もかねてより憧れて拝見していましたから、舞い上がるくらいの嬉しさであったこと、思い出します。

本番前、衣装の打合わせ。女性としては一番に惹かれ込む、そして核心たる時間。小夜子さんの影として私は黒子的にヨージヤマモトの全面黒のドレスでマリンバを弾くと決めたものの、小夜子さんの細い指から何枚かの布が私に示されました。素敵なアイボリーのレースの布を渡され、アクセントに使ってみては?と提案いただきました。
上質なレース、アジアのどこか民族衣装の一片のようでもありました。嬉しくて、本番後にお返しするまでの時間、魔法をかけられた少女のように天井に透かしてみたり、何度もたたんで開いての繰返し。

今日は、東京都現代美術館「未来を着る人、山口小夜子回顧展」に出かけました。
撮影が許可されている空間もありましたので、1ショットだけ。
書きたいことがありすぎますが、今日はこのへんで。



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2015年4月18日 (土)

本日のセットリスト(八王子音楽祭オープニング)

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八王子音楽祭2015のオープニング、セレオ八王子での演奏終了しました。たくさんの方々にお出かけいただきました。 ありがとうございました。

ずーっとお世話になっている、八王子市学園都市文化ふれあい財団のお力をいただいて、マリンバソロでオープングを飾らせていただきました。30分ステージを2回。

本日の曲目をご紹介します。

パッヘルベルのカノン(ちょっと虹色という曲を挟み込みヴァージョン)

春よ来い(ユーミンの曲、八王子の春ヴァージョン)

哀愁のヨーロッパ(サンタナの名曲、きょうはようやくアレンジ理想的にいきました。)

リベルタンゴ (ピアソラの名曲、新アレンジで)

早春賦〜ヨロコビの歌(日本の歌とベートーヴェンの曲のミックス)

愛を希う心(映画ピアノレッスンから。マイケル ナイマンの曲、マリンバアレンジで)

スペイン(チックコリア、私のマリンバソロヴァージョン、これまたアレンジが果てしなく楽しい1曲)

※(2回目のステージはお子様が多かったので、ちょこっとだけお子さんへ1曲サービス、お馬はみんなを途中で挟みました)

2015年4月17日 (金)

祭り!です。

デパートとか駅ビルという場所での演奏は久々です。

セレオ八王子、吹き抜けのある2階フロアにグランドマリンバが持ち運ばれるのはたぶん初めてではないでしょうか。

明日、八王子音楽祭2015♪が始まります。約1ヶ月間、様々な場所にコンサートやアートイベントが繰り広げられます。
八王子は人口も多く中核都市という位置づけになったようですが、演奏する気持ちとしては「街なかで人と人が触れ合う楽しさに近づきたい」
祭りはいつでも来〜い、ですから。
新谷祥子第一弾の出演情報は、オープニングでマリンバ一人弾き!

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2015年4月15日 (水)

逃げ場、休み場。

昨夜はドライブ中のラジオで2014年世界初演という打楽器協奏曲が流れていた。
破戒的で、攻撃的。
怒りのような連打は痛い、、、
いや〜、止めて、、だれか、、そう叫びたくなる音。
世の嘆き、哀れみがあろうとも、直球は疲弊する。
そこに、少し吐息がこぼれるならいいが、まくしたてられる威圧感。

これは高校生で初めて聴いたバルトークの2台のピアノと2人のパーカッションの協奏曲の衝撃とは異質だ。
バルトークは明らかに私に「覚醒」と「希望」をもたらしてくれたから。決して私を逃避させなかった。打楽器の音楽の昇天のようだったから、、

今は、少し、休みたいと希う私の耳や皮膚、、、
自室のガラスの小瓶たちを並べたり、、香り嗅いだり、、
ラジオ電波はときに暴力的に振る舞うから、音を消して、透明な瓶をのぞいて耳活用停止。

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2015年4月14日 (火)

ここに飛来してくれるから、、

雨上がり、家の前に今朝はいつもよりちょっと大きな白鷺が飛来しました。大きさではきっと中鷺、でしょうか。

足を留める私に気づいても、、向きを変えただけで、ゆっくりと石ころの上を舞うように動きます。

優雅、、、

せわしない小さな鷺とは違って、雨水を拭った衣を羽ばたかせ、静かに西へと飛んでいきました。

何度も考えた引越、、でもここから住まいを移したくない理由は、息づく自然を日々に有したいと思う希望、、、。

もう少しここに住んでみようと思います。

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2015年4月11日 (土)

マイケル ナイマンの映画音楽好き!

マイケル ナイマンの音楽が好き、でも映画選びは苦戦します。
ピーター グリーナウェイの映像と切り離せない作曲家でありますが、グリーナウェイの映画を観るとき、こちらの精神性にも「ゆとり」があるときでないと、なかなか忍耐が入ります。

movie 「コックと泥棒、その妻と愛人」映画が終る頃にはぐったり疲れました。
ゴルチエの衣装などは楽しめますが、、なにもここまで、、っていう、、まあそれが映画かしら。。でもちょっとこれは二度と観れません〜ワタシ的にです。
あ、誤解を招かないように表せば、妻と愛人のシーンだけはずっと続いてほしい、そう思うのです。こちらの世界に来てくれるのですね。そこは好き。

movie そしていかにもフランス映画ね、と感じ入るのは「仕立て屋の恋」
ここではナイマンの音楽はまた魅力的。
ぞーっとするように下へ下へと沈む和音があります。毒性というか、、なんとも。
まだまだ知らない和声がある、音楽って未知世界、と感じます。映画全体に流れている冷ややかさは上記の映画以上。だって実社会にあり得ることが淡々と描かれているようですから。

movie 今もう一度観たい、聴きたいのは「髪結いの亭主」
マイケル ナイマンの音楽と初めて出会った映画です。映像もストーリーも流れる時間も20代で観た自分を刺激しました。
映画を知ってから聴く、という方法もありますが(フツウはそうかな、、)でも私はこの一つの映画だけで作曲家にぞっこん、だから他の映画を知る前にCDで作品を堪能していたようなものです。

ナイマンのまねごとでマリンバを弾いてみたこともありますが、ふむ、難儀。独特のブラスサウンドや声はやはり絢爛。そうそう、やはり以前相当ハマったツインピークスのあのギター?にも同じこと感じました。ナイマンの音楽ではないけど、ドラマを仕立てるって素敵と思ったものです。
そんなこんな、、いいものを観たり聴いたりすれば、うーん、映画音楽、うーん、いつかやってみたいな。

壮大なる夢なり(笑)。。。

2015年4月 9日 (木)

時は待っていてくれた!

教則本を録音!という奇跡が生まれました。自分では想定しなかった音の歩みの出来事です。

制作の社長は大学時代のブラス仲間。この私がエチュードを録音?とためらっていたところ、「正確なお手本を作りたいのではない、あくまでも音楽的なるCDを作りたい」「新谷節でもいいのではないか、、」と、そんな言葉に支えられて、甘えて踏み進んだわけですが、、

しかし、これは現代社会の ”なんでも音源頼みにする風潮”においては、いささか責任も感じてしまう仕事でありました。でも自由度を忘れたくないという気持ちと、自然な流れが失われないこと、そういう点においてはちょっと面白い色合いになっている、と思います。

それにしてもメロディが楽しく、弾き続けたいと思う曲が並ぶ教本です。今気づいたことを、早き段階大学生時代に感づいていたら、とは思いますが、

時はゆっくり進む私を待っていてくれた、と思うことに〜

ちょっと大袈裟だけど、そんな気分、そんな録音。うれっし!

CDの詳細は↓こちらです。
ご覧下されば嬉しいです。
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2015年4月 6日 (月)

歌ってはいけない場所

今月は八王子音楽祭の開幕で、市内の駅ビルでの演奏があります。 ここではインストのみ、という店舗からの条件があるそうです。 ヴォーカルものはつまり、人をそちらに強い引力で惹き付けてしまうからという理由のようです。 なので、弾きたかったポップス、ロックをマリンバアレンジしている日々です。 また自分の歌ものをマリンバインストで弾くという試みもしはじめています。

そう、歌詞がなくても伝わるよう、旋律の大切さに気づけば、なんだってインスト演奏は可能であるはずです。 そして言葉がなくても、そこに言葉を想起させる演奏という手法が必ず生まれるはずである、、つまりはBGM的に奏でるということではない手法を探る、、 旋律をただなぞる、、という意味とは大きく異なることに向き合いたいと思っています。 誰もが知っている名曲であればあるほど、それは難しいことです。

言葉を使うことからちょっと離れてみると、なお一層、操る言葉は楽器以上に「音」を表すものだと感じます。 今、そんな日々をゆる〜り、送っています。

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