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2015年6月の投稿

2015年6月29日 (月)

美ロード

会期中にもう一度行きたかったけれど、そう、伯母を連れて行きたかったな。
でも昨日で終っちゃったな、、、

不謹慎かもしれないけど小夜子さんの葬儀はこの回顧展以上に冥土への美しいショーそのものだった。
築地本願寺、香炉、蝋燭の道、小夜子さんの写真の布タペストリーが天井から床まで垂れ揺れる。
この世からあの世へ昇天していくとき、こんなに美しい纏を与えられる人はいないだろう。
葬儀までが美ロードだった、と思い出している。

伯母も小夜子さんも天国、、
オバさん、、小夜子さんと出逢わせてくれてありがとう。
限りなく美を求めすすんで行った女性たち。
Fullsizerender

2015年6月27日 (土)

仏具音

Photo

選んで買ったたくさんの仏具、おりん→楽器使用となるときに意識的には単に音の素材と思ってはいけない、と戒めている。磨いて音のツボ探していると音はやっぱり納得のレベルとなり、美と変化し近寄ってくる。

素材を珍しがって、その特徴的な音だけ面白がって、そんな浅い地点で音を使う傾向はやはり音展示品でしかない。選ぶ段階ではその素材からは音がまだ誕生していない。準備される行為と気持が同調してきて本来の「音」が成される。

仏具は、神様へのノックですから。心して、、そして、、私は舞台に仏具があるとなぜだかとても安静が保たれ、心地よく演奏できるのだ。

2015年6月26日 (金)

稽古する人生

昨日は一日江戸風雅に漂っておりました。唄の稽古、紗の着物のご婦人、亀戸升本の亀辛麹、古典の味わい、、に隣り合い。、、と書けば贅を尽くしたかのような?
いえいえ、心意気の贅です。
そんなにお金をかけなくたって様々なものに触れることはできます。

もし生まれ変わることができたら、、、弾き歌い、ってところは変わらないのですけどねえ、、ちょっと違う形でありましょうか。
それにしても人間はずーっと変わらず、恋歌を唄い続け、同じような感情を宿して生きていた、ハレとケ、江戸の唄を習えばラブソングの極み、そして生きることの切なさに触れるのですね。
ただひたすら其処にあること、其処にて受け入れること。

さあ、、心も技も稽古稽古。

2015年6月25日 (木)

そろそろお寺ライブ

Pastedgraphic

企画してくれる仲間の顔が見えて、みんなそれぞれにソワソワしてくれて、準備段階での心の動きを共にしているヨロコビ、ここからもうライブは始まっているようなものです。
うーんといいものにしたいと思っております。


駐車場の完備は素晴らしく広く、お車が便利ではありますが、しかし電車でこられる、という方は主催者から丁寧にルートをお伝え致しますのでお問合せください。
ぜひお出かけくださいますよう、、心よりお待ち申し上げます。
Photo

2015年6月22日 (月)

母はやさしかった

命日

Fullsizerender
母は「おかえりなさい」を言うかわりに、
「春の〜うらあらあの〜すうみいだあが〜わ〜」
台所からまっすぐ玄関へ、
歌いながら私を出迎えた。
苦しいときもね、、、
にこやかに。

2015年6月19日 (金)

びゅんびゅん

今年もミニ菜園は賑やかです。きゅうりは一番の元気を見せてくれています。
じっとり雨の朝だけど、この恵みが豊かさをもたらしてくださる。

毎朝作る息子の弁当に、プランターのパセリを摘むとき、、

ちょっと細くなったローズマリーの茎をお茶にする朝、、、

風に吹き飛ばされそうな小さな庭の恵み

私の今の、、小さな幸せ。


Fullsizerender

2015年6月12日 (金)

朝の揺らぎ

Photo

親しくさせていただいている笑顔の素敵な女性から「この子と出逢った瞬間、新谷さんへ渡さなくては、、」と思って下さったと、、

もうそういうことを言っていただくだけで充分すぎるくらい嬉しい出来事なんですが、、即購入、そして我が家へとこの子はやってきたのでした。


商品名は波紋音(hamon)は部屋のデコレーションやら、癒し系のお店やら、演奏やらで見かけるようになりましたが、私は自分のセカンドアルバムの1曲で奏でています。♪「それだけのこと」という曲ですが。
揺らぎ、音程の不安定さを利用して楽曲の始まりと終わりに、オブラートのような薄い透明感と暖かみでその音の存在を散りばめました。


久々に来月7月4日の龍見寺でのライブでこれまでとは違った感触で奏でてみようと朝からカランコロン、、してます。

どうやら、こうした不確定なる音律の揺れを一つの心地よさとして受け入れる体質備わってたのは、職業上相当幸運と痛感します。ま、そういう体質に職業がさせてくれのかもしれませんが。演奏家の中にはきっちり確定した音程(平均率的)でないと不快感を覚えるという方もたくさんいらっしゃいますから、もし身体が音の不均衡なるものを拒否反応するようであれば自分は打楽器奏者ではなかったことでしょう。いやいや、こういう音が隣り合わせていなかったら反対に音作りは息苦しいのものです。耳だって遊びたがっています。

専門的にはその「揺らぎ」にも心地よいとされる平均的な法則は存在するようですが、私へと運んでくれた友人も私も、この「揺らぎ」に身体が悦んだ、というだけのこと。しかし、今はそういうことを知覚する皮膚感覚がとっても大切なんじゃないかしら、と思います。
そんなわけで、、早朝から悦んで音出ししています。coldsweats01
では、今日もいい一日を、、揺らぎ休息もお忘れなくお過ごし下さい。tulip

2015年6月10日 (水)

たとえば「眉山」

少し速力落として、たとえば読書のペースもこれまでより丁寧に。味わい深い短編を読みおえると、そのままずっと余韻に浸りたくて次のページをめくる手を休める。

太宰治の眉山、グッドバイ、、
耳では好きな洋楽を聴いていても、心にこういう土俗を忘れてはいけないんじゃないかって、自分の創作する音楽の模索に、いっつもこういう哀歌が、今も、しょうがなく流れる。
ちょっと速力上げていた身体がちょっと悲鳴をあげて、今日は身体横たえて短編一つ。

2015年6月 5日 (金)

太宰治を読みたい今。

以前はとっつきにくくて、、

今は、夢中。
特別な人のように考えていたけど、こういう方はけっこう周りにいるように思って。
自分みたいな、、他人みたいな、、
決して遠くの人ではないようで、、
耽美を描いているのではなく、もう生まれついて失われていた自分の居場所、そこを求めては捨て、捨てては求め、、
芸術というコトバを嫌ったかのようですが、この作家の吐息こそが額縁付きの美作品のようで、、、

2015年6月 2日 (火)

杜の寺

次回ライブの会場、八王子市龍見寺を久々に訪問しました。

東京都重要文化財に指定された由緒ある仏像が収められており、そこは秋に一度公開されますが、息子が通った保育園が隣接していたこともあり、折にふれ、季節を味わう場所でもありました。

こちらの本堂で、ついに7月、音を奏でることができます。ライブ情報は5月29日のブログをご覧下さい。
小径を歩きながら、マリンバと歌、にお立ち寄りください♡
Fullsizerender_154937

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