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2016年4月の投稿

2016年4月30日 (土)

梵鐘

高尾霊園の梵鐘

寺山家映子氏の三回忌に参列させていただきました。
その後、一つ坂の上にある寺山修司のお墓も参りました。

寺山修司の生きていた時代に、創作をともにした方々と会って、その当時のお話を伺う時間が少しずつ増えております。

寺山作品に音を作り、マリンバを奏でる、唄う。
今、私の前にあるこうした導きに感謝と、そして驚きが巡ってきています。

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2016年4月27日 (水)

スポーツ版裏町人生

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寺山修司の小説の中には時代の象徴として、昭和歌謡のフレーズが時おり突如として記されています。
台本に音楽を考える途中、ワンコーラスそこに現れる唄の歌詞が、大きな存在感としてズッシリと目と耳に立ちはだかります。
どれもこれも素敵な昭和の歌謡。

私が考える音楽が即興的に寺山修司の言葉と交わるとしても、あまりこの歌謡曲の翳り、匂い、ということに重きをおくことはないとは思っていますが、そこから離れすぎた世界観でもよくないわけです。
そして、まさしくそういう部分かと思います。私が好きな「寺山修司の恍惚」を再現したいという興奮の理由。いや、エラそうですけど、与えられた時間、場所、音の構築、堂々と向き合います。もうすぐ本番です。

写真は演出の森崎偏陸さんが製本もしてくれた大切な台本。

2016年4月20日 (水)

震える大地が訴えている。

柔らかな光と花を見ている。

こうした安堵感と隣り合わせにこの島国の震えを思うとき、
これほど揺れ動く大地に、、
なぜ、原発を再稼働する必要があるのか。
原発が経済大国を作る理由にはならない。
なぜこんな小さな島のはかなき土の上に、、
命が失われるほどの地震の頻度が多いこの国に
なぜ、原発を再稼働する必要があるのか。

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2016年4月19日 (火)

献花、合田佐和子さんへ

Img_1987合田佐和子さんを偲ぶ会

眼差しも髪も口元からの流れるような声も、すべてが自然の光が生んだかのように、清らかな美しさ、、
若かった私にも、演奏への励ましや、
舞い上がるようなお言葉を授けてくださり、それは今も宝として胸にしまっております。





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2016年4月17日 (日)

共にある身体

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さて、どうやって身体調整と精神を調和させようか、少しの試練が必要でした。
2月から私は左の耳に故障が生じ、それから何かこれまでには感じなかった身体の不均衡が続き、4月はインフルエンザから始まり…
昨日のライブ前夜には不安だけが高まり…

身体の声を聞く
不思議ですが、耳の障害は悪いことばかりではないようです。
以前より、ずっと音の聴き方、感じ方は、純度が増してきたように意識されています。

昨夜はまた一つ特別な音の立像に遭遇しました。
音の厚さ、層のように重なるマリンバの木の成分が以前よりクリアです。
だから和音ロールのスピードや、和音の移行の色配分が良く聞こえてきます。あ、不必要、必要、過成分、混合過多、減衰融和加減、などが、肌身でわかります。

この身体を動かし、温め、探り、期待し、失望もし、そうして向き合う。
カラダよ、まだ知りたい、知りつくしたい。いや、ほどほどに、なのですから。
音奏でる身体に、謙虚さは必要な時です。

16日のライブにご来場下さった皆様、ありがとうございます。
共にある時間
共に息づく身体を捧げていただく時間。
身体の会話。

2016年4月12日 (火)

母の誕生日

生きていれば今日83歳の誕生日を迎えていたはず。

4月12日という日付けが来ると、その数字、偶数の優しさを脳内でそっと唱える。
それが「母」というイメージだ。
亡くなった日も、偶数が並んでいるけど、それは失ったことへの、やりきれない悔しさのようなものを表していて、せつない数字だ。
数年前まで母のことを夢で見ることが多かった。
今はそんなこともない。
母は伝えたいことを、もう私に伝えたような気がする。
、、そんな感じがしている。

2016年4月11日 (月)

自然の力

どこか不完全な二つの楽器、オカリナ、マリンバ。

いや、なにを不完全と申すかですが、楽器の構造や発音に対してではなく、また演奏到達域の不完全さでもなく、(そういうことは練習が如何様にもカバーする問題)
ましてや、楽曲の聞こえ方のことを言っているのでもなく。
でも、感じるのは「不完全な」と形容できるその楽器と楽器の、つまりは「相性」。バシッと音と音が決まらなくて良い、いや、これ、不出来という意味ではありません。もちろん本番前はまだまだ形になっていません。でもこれだね、とお互いに納得する領域が見えてきたとき、必ずしも着地だけが音の終わりではない、その不完全さの完成??というようなおかしなニュアンス。
自然の力を信じることから、まずははじまりはじまり〜!

土曜日16日、二子玉川KIWA, 夜の部19:00〜ご予約受付中です。(昼の部はいっぱいになりましたが、当日券若干数)
こちからも受け付けております。→ info@shokoaraya.com

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君塚仁子&新谷祥子
音楽に宿る自然の力、
まさにこれ、、テーマはその楽器に宿る姿との遭遇。

2016年4月 8日 (金)

迷宮へ

3月の終わりからゆっくり故郷へ。その旅の始まりは、寺山修司記念館。

5月4日にはこの記念館の展示室で俳優三上博史さんと一緒に音を出すことになりました。昨年の三沢市での寺山修司音楽祭での出演がきっかけで、このチャンスが生まれました。光栄です。

通常は野外ステージでのライブのようでしたが、三上さんと私の希望で展示室内でのライブと決まりました。

改めて、この場所を訪問。好きです。。理由もなくこの場所に惹かれます。

Fullsizerender
橋を渡れば、紅い扉、、寺山修司の迷宮です。

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