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2016年11月の投稿

2016年11月29日 (火)

さあ、もうひと頑張り。

演奏する日の天候はとても気になるものですが、日曜日は七戸公演、青空も広がり開演を待つお客様も寒い思いをせずに並んでくださったようで安心です。

昨夜東京に戻る新幹線、乗車前の夕暮れ雨に混じって雪、、今朝の友人からのメールではすでに銀世界、、とのこと。

楽器移動にしても、お客様のお足にしても、、雪と寒さがコンサート終えるまで待っていてくれたのかな、、とね。。思います。

予想を上回り、300人以上のお客様が集ってくれました。活動を知っていたけど、30年一度も聴いたことがない、来てよかった、という方もいらして、、
多くの反響をいただきました。
地元で演奏すると、亡き父母の思い出を語ってくれる方とも出逢います。
ありがとうございます。

今朝は、地元の特産物がたくさん届きました。
さて、、ホタテ、、さて、どーしよう。
東京ライブは明後日。
身体にいいものたっぷり頂戴したので、スタミナ越え。

七戸町、ふるさとの場へ立つ喜びに満ち、
ボディパーカッション共演の小学生、高校生、音楽指導者の皆様などの笑顔、
常なる励ましを下さる方々のおかげでまた一歩と進みます。

Fullsizerender

2016年11月23日 (水)

耳を澄ませば

地震が多いように思いますね。

むかし話しの中には、生活で隣り合う動物が迫り来る災いの知らせを伝え、人間はそのことによって命拾いする物語りもあります。今向き合っている昔語りには、人間にはとても追いつかない、悟れない、近代センサー使えない、ロボット頭脳も無理、そっと自然の声を聞き、忍耐、そして謙虚に生きることを知らせてくれるものが多いです。

古い歌のことも調べています。
単調でありながら、呼吸に無理のない調和の旋律、ときに、呪術的、祈祷的、神秘的、別な視点で言えば西洋音楽史的なグレゴリア聖歌のような響きもある故郷の歌歌、、、

日々、驚きっぱなしです。
でも、もう大きな地震には驚きたくありませんが。sweat01
どうか、鎮まってください、そんな声を昔話しの魔物にも伝えたくなります。

そして、
耳を澄ます。
自然とともに、、
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2016年11月21日 (月)

新聞の役割

昨夜のフェイスブックで「高尾山とんとん昔語り部の会」のことを投稿。こうした静かな活動にはなかなか人々の関心は向きにくく、日頃の語りの活動は無報酬の奉仕活動ということもあってか、商業ベースとしてのエンタテインメント性などとは無縁ゆえか、語り部の会の存在すら知られていないという現状もある。

そんな投稿の翌朝、某大新聞多摩版の広告ページ。八王子市内で今週末の大イベントとなっている「伝承のたまてばこ」の広告、その主な演目から、語り部の会の出演情報が見事に外されている。商売繁盛する八王子芸妓の出演情報、記事欄をすべてこちらに使っている。

新聞さんよ、もう少し裏山のほうも歩いてみなされ、、もう少しアンダーグラウンド文化を探ってくだされ、光をもう少し分散、拡大、調整してくだされや。

26日にマリンバで共演する私は、語り部にとって自然でスムーズが語りができるように、今日もせっせと天狗やきつねや鳶、カラス、吉祥天、ひとつ目鬼、坊さま、松姫、の音を練る。
呪文唄、慈愛の調べ、畏怖の闇、、、
壮大なテーマが決して声高に交わされるのではなく、そっと隣に佇んでいるように、、

新聞の役割なんぞに文句を言うより、変化成長する方へ、つまりは果てなく音の役割に専念する、とします。
誰にともなく、心にそういう警鐘を鳴らす朝でございました。

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2016年11月19日 (土)

暖色の部屋作り

先日、藤田嗣治展で気に入って購入したバラの絵のプリントを木枠の額におさめて、練習室に飾る。

冬に向けて部屋の照明や絵を変化させてみると、気分もぽかっと。
長い時間、狭い練習部屋にいるためにはちょっとした工夫が必要ということで。


Fullsizerender

2016年11月17日 (木)

おみごとな部屋

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散歩にはこーんな楽しい遭遇もある。
江頭誠さんのアート作品
バラ毛布デコレーション部屋

アラジンストーブまで。
まだお若い作家さん、この奇抜な力、素敵だな。
スパイラル一階のショールームでたった5日間展示。
確かこの方は霊柩車もバラ毛布で包んだかた。

岡本太郎の賞も受賞されている。
こりゃなんだ?
当然そう発したでしょネ^ ^

2016年11月13日 (日)

レオナール フジタの日

水だしアイスコーヒーが一滴一滴サイフォンに落とされていました。

水だからでしょうか、とてもゆっくり時間をかけて真っ黒な液体がポットン、ポットン、、、

私は温かい珈琲にしましたが、ちょっと高いお値段のその珈琲、いつか味わってみたいもの。

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珈琲のあとは、楽しみにしていた「レオナール フジタ展」へ
かつて国立近代美術館での藤田嗣治展は入場まで30分待ち、しかも館内は酷い混みよう、、好きな絵を観るだけで東京という場所は疲労困憊しますけど、、、

いえいえ、東京でも多摩地区はなんとものどかです。
本日の府中美術館までは緑の小径をゆっくり歩き、入場もスムーズ、一つ一つの作品をゆっくり鑑賞できました。
(美術館とは本来こうでなくちゃ、、と思いますが)

藤田嗣治の随想本やらどうしても読みたい分厚い本やら、出費ーっ!
ということで、今年こそ買うぞ!と予定していたあるデザイナーの定番真っ白セーターはbearing  weepあー、またいつか〜
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2016年11月12日 (土)

磨く、聴く

晴れた日、窓を開けて楽器を磨く。

こちらは弾いて22年めを迎えたマリンバ。近年はここぞという録音と、お稽古に来る人と自分の練習用として使う楽器。以前は頻繁に外に持ち出して弾いてきた1台。

ここ数年は、最新の倍音構造開発された楽器を弾き、ほとんど業者頼みになってしまったが、やはりこのマリンバを部屋で弾くとずっしり落ち着く。
アメリカのメーカーが東京に進出したそのデビュー作1号。そのこと自体は所有した私の自慢にもならないけれど、それでもリサイタルでこの音を聴いて驚いてくれた奏者や業者さんが多かったことは事実。それから日本でこのメーカーの流通は活発になった様子、、

あのときと今、自身の演奏法も思考も、腕や指の身体使いも変化しているように、鍵盤の音色1本1本にも少し変化が生まれている。


すべてが整う音にはあまり興味がなく、この木のこのポイントをこう打てば、どういう反応になるかまでわかってきたから、均一感がなくてもさほど気にならないのだと思う。

それは自身の身体の能力(耳)の変化にも応じて、不思議なことに、聴いていたはずの音がどこかに消え、聴こえなかった音が新しくやってきた。そういうこともあるのだと、知った。

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2016年11月11日 (金)

ほっ!

昨日は新しく一つ年を重ねた日。

日々の生活の小さなことに喜んだり落胆したり、自分には荷が重いと感じたさまざまな事象にも、なんとか今日までとことこっと、やってきました。
おそらくこれからも、同じように、、何か特別なことというのではなく。
日々を、そんなふうに、、
明日も、明後日も、、
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2016年11月10日 (木)

高尾のとんとん、いいお話。

さあ、稽古はじまりました。

いえ、正確には語り部の皆さんはずっと稽古を積んでいらっしゃる。
私がそこにお邪魔して、マリンバで奏でる、、という自分稽古が始まりました。
本日は朝から語り部さん8名と実際に音出し。
音が誇張せず、寄り添うように、しかし、背景というだけの役割でもなし。
偶然にも長く高尾の近くに住みつき、高尾のお山の気配を嗅ぎ、
幸運にもマリンバとこの声で、とんとん語り部さんたちと出逢っている。
11月26日「伝承のたまてばこ」八王子の八幡八雲神社参集殿でお披露目です。
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2016年11月 8日 (火)

リズムはデコボコでいい。

昨日の講座で「アフリカン ビートを楽しむ」というテーマを掲げてみた。

正式には西アフリカ ガーナの4拍子や12拍子の基本リズムで打ち合うその1回目。普段の生活で好き嫌いに関わらず、私たちの耳に一番多く流れてくるのはアフリカの音楽シーン、ハイライフを起点とするポップス音楽ではないだろうか。
だから一番最初に、ご参加の先生方にビートを感じて指導する楽曲名を質問する。あまり楽曲名が出てこない。これはこちらの現場だけでなく、一般的に改めてビート?って、え?普通にあるもの、だと思いがちの現象かもしれない。あまりにも普通だと思っている4拍子、分割、形式がそこに在るという現象。
リズムはデコボコしているもの。昨日のテーマはリズムの立体を見やすく、感じやすくする内容にした。

留学時代に受講したJohn Miller Chernoff氏のマスタークラスでの影響は大きかった。そこから打楽器やリズムへの新しい視点が掘り起こされ、現在の自分のワークショップや講座で多くを生かしている原点。
自分方式へ思考を繰返し、わかりやすく伝え、実践というのは、まだまだ模索状態であるけど、こちらの一冊はアフリカ文化とその神秘とまで言えるリズム論に満ちていて、読んでも読んでも(英語も難解だし)気づけなかったことを一つ、一つ、ゆっくり身体に染み込ませていくことで、明日の自分を生んでいるのかもしれない。

土地、環境、文化という長い歴史の培ったリズムを拝借する学習というのは、いつも心にはコンプレックスがつきまとう。なんでも楽しけりゃいい、でもなし。
文化を混ぜ合わす、ということを考えるとその礼節的な段取りが必要だと思う。
形だけ真似るのは「作法」とは言えない。だから、テーマに根っこを張って、もう少し講座の発展性を熟考せねばとは常なる思い。
身体は解かれている、それなのにこうしたリズムのミラクルを知らずには、、という思いで題材にするアフリカのリズム文化。
私の講座に参加される先生方のパッションが私を突き進めよ、、としてくれる。

ああ、もっと書きたいことがいっぱい、でもこれから打合わせGO!!

Fullsizerender

2016年11月 4日 (金)

心地よい重さ

全てが素晴らしい舞台でした。

林英哲「風の宴」、圧巻です。
感じたことはたくさん。
でも今回はこれを書きます。

ゲスト出演された高田みどりさんの新曲「永遠の階梯」はそのタイトルから多くを想像できました。登場の瞬間から普通なら音楽より奏者の存在がぐっと近づくことが多いなか、不思議なことにすーっと奏者の自我のようなものは消えている。
理想とはいえ、混在する偏りがちな音の聴き方を打ち消して登場できる女性打楽器奏者を私は他に知らない。
開始の英哲さんの音は、英哲さんの演出するまたは作曲される音の成り立ちと全く違いました。音の佇む美、多くを語る必要のない音。
そこには聴く人に少しばかり忍耐も必要とされる要素がたくさん盛り込まれていたように思います。


つまり、観客は能動的にそこへ向わなくては見えてこないようなもの、問いをみつけたらどんどん近づいてください、という提示があったような音楽だったように思います。
生意気な意見かもしれません。こちらに働きかけてくれるものだけを待つという音楽の聴き方では成立しないものがあることを知らされます。
即刻目や耳を楽しませてくれるもの、そういう打楽器音楽から距離を置いて一瞬一瞬が作られているような〜心地よい重さ〜に対面した気分でした。

「歌うことをみつけたアナタを応援します。」
「音は思考です。」
「最先端を感じ、それを受け入れる姿勢を忘れてはいけない。」
これまでみどりさんと会話するたびに、与えられてきた言葉。
もっともーっとあるけど、それは心の内側で育てます。

英哲さんとみどりさん、盟友であることは間違いなしだけど、この日、私にはお二人が打楽器界のイザナギ、イザナミに映りました。
お二人と仕事をともにさせていただけたことにも感謝溢れる一日でした。

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2016年11月 3日 (木)

初心

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いよいよ、今月末の多摩伝統文化フェスティバルのとんとん昔語り演目用の作業へと。
2006年あたりから語り部の皆さんとの作業にご縁いただき、今年は久々の共演です。
以前の資料を整理しながら、かつての拙文に遭遇^^
初心還りです。この想いを今も大切に、そして新しき音を探訪できるよう、昔語りの豊かな流れを生かせるよう、意気込み新たに。
読みながら昔巡りの午後。

2016年11月 2日 (水)

増上寺参り

心地よい秋がはじまっている。そう感じられるように日々を丁寧に過ごしたい。

昨日はお世話になっている八王子龍見寺の文化財公開日だったので、大日如来座像を拝み、そのまま雨上がった高速道路を都心へ走り抜ける。
予定のコンサートの開演時間までたっぷりあるから、思い立ち、そうだこれまたお寺へ、、と、芝の増上寺。
東京のなかで好きな場所の一つです。

こちらにも室町時代の阿弥陀如来座像が長き年月でしっとり重く輝く金箔の佇まい。昼に観た大日如来の木像の素朴さと対照的。

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そして、夜。
サントリーホールでは、林英哲氏を聴く。
私が打楽器奏者として歩む上で、最も敬愛する女性打楽器奏者、高田みどりさんとの共演、私には聴き逃せない音の場でした。

秋は、心地よい、そして引き締まる。

2016年11月 1日 (火)

11月の講座

一回で終らない、できるときにできることを継続して、、そんな先生方の熱意をのせて、今度の講座は以下です!

今回チラシを作っていただきました。
嬉しいな、、こういう一つ一つが子どもと接する音楽指導者の現場の地固めかもしれない、そう考えますと講座の準備する心も高まります。


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