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2017年4月の投稿

2017年4月27日 (木)

ジルベールや力石徹や林静一

寺山修司とマンガ

台本を受け取ってから日々ページの上で出会う主人公たち。
今日はジルベール、昨日は、力石徹、、、と音楽を練る作業です。
台本の冒頭の主人公はまぎれもなく寺山修司です。
そしてラストシーンも。

音を考える時間は苦悶しつつも未知なる世界へ誘われ、、寺山修司の言葉のなかで航海中です。まだまだ知らない寺山修司の奥深き世界。

5月4日、、今年も内容が濃い、いや濃すぎて(笑)
三沢市まで、、ぜひぜひぜひ♡

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こちらはフライヤー裏面ですが、風と木の詩の漫画家竹宮恵子氏のトークショーは個人的にとても楽しみにしています。

音のために本屋で資料を見続けているとあっという間に2時間過ぎ、、購入したくとも量が多くて断念。
明日は図書館で資料最終チェックです。
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2017年4月23日 (日)

寺山修司のお墓

近づく寺山修司記念館フェスティバル。

音楽を考えていましたら少し外気に触れたくなり、ふと、寺山修司のお墓参りに行こうと思い立ちました。家から15分のドライブでその墓地があります。
命日である5月4日は三沢市の記念館裏手から少し歩く丘の記念碑で修司忌が行われます。出演する直前に行われるため、身支度やら音に集中したいこともあって出席できそうもないので、少しばかり早いお墓参りへ。
Terayama

西からの陽光が真っすぐにお墓と、祈る私の身体を包みました。
なんてこと、、この時間、この瞬間にすーっと強くずっしり、、そんな太い光が射し込むなんて。。

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今回の出演者は私を除いて皆様、生前の寺山修司とともに活動し、語り、作り、ページに名を刻んだ人たちばかり。
この身に差し向けられたご縁、と言い表すことが許されるなら、、こんな時間が続くのかもわからないけど、今は音を考える幸せが膨らんでいます。

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少し下った場所に元妻であった九條今日子さんのお墓があります。天井桟敷のメンバーのためにもと考えられたというお墓には石にその文字が刻まれています。

昨夜は音楽に煮詰まってサウンドトラック「世界の果てまで連れてって」を聴きながら眠っていました。
そこから、ここへ、、?
夢の仕業か、誰もいない墓地に踊り来る音影浮遊

2017年4月20日 (木)

フレッシュマン

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この4月より通うことになった東京家政大学。
2コマの授業を担当することになりました。
打楽器、リズム、歌を盛り込みます。

昨夜の親睦会では新任として温かい歓迎を受けました。手作りの名札には若葉マーク🔰
和やかな気持ちになりました。

初日の緊張感もありましたが、広いキャンパスと若葉、木々、花々は心地良く、新しい環境に張り切ってまいります。

2017年4月15日 (土)

ぐんぐん

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この身に慌ただしい日が過ぎようとも、種も撒かずとも、水欠かしても
いつもの場所でそっと咲いている。
強いな、ぐんぐん。

2017年4月14日 (金)

ハネキミヤノキミ

世良啓さん、近年知りあうことのできた目がキラキラ輝く女性。出会いは2年前の寺山修司音楽祭、三沢市で。 お父様のお仕事の関係で10代の頃は青森県内を移動され、私の故郷七戸町にも住んだことがあると知ってから即!親近感を抱き、また文学はじめ芸術に造詣深い、寺山修司を追いかける私に様々な情報をもたらしてくれる女性。チャボさんとのデュエットライブに駆けつけてくださいました。
世良さんが私のフェイスブック投稿をシェアしてくださり、そこにこんな文章を寄せてくださいました。
我が故郷の歴史と私がライブで発したことを、このような光線を充てて記述してくださるとは。
正直に言えば、東京で活動している今、自分の背景をこうまで説明されることはないし、誰も知る由もない。それは故郷で演奏しても然り。しかし、自分のなかの何処かにいつも流れてはいるだろうと、一人奥底にしまい込み、作品や演奏する身体、生態、癖、節、本性が濃く露わになるとき、苦く一人納得する。

以下、世良さんの文章。ご本人に許可いただき転載。

RCサクセションライブ以来のチャボがこんなに間近で…、という感激はもとより、その伝説のギターと拮抗する神々しいまでの新谷さんの歌と演奏に圧倒される。

無数の鈴が振り鳴らされるとそこは南青山からいきなり七戸界隈の鎮守の森へと飛ばされた。

マリンバの素朴な響きに誘われるのは、二ッ森縄文遺跡があり、津軽への境界の護りの南部の名城・七戸城があり、由来もわからないほど古い神社群と神楽と祭りが残り、昭和まで日本有数の名馬の産地として栄えた南部七戸。
マリンバの音色が木霊したり、重なりあったりするたび、その野や深い巨木の森を思い出す。地霊をまとう演奏にここが東京だということをすっかり忘れてしまう。このリズムの底辺にラッセラーの青森のねぶたがあったりヤーレヤレの七戸まつりがあったり…。それは司馬遼太郎や三浦雅士が指摘したようにユーラシア的、じゃわめぐ騎馬民族の末裔的なもの。日本の能文化とは一線を画すという。

"ハネキミヤノキミ"、と、いきなり呪文のような青森ことばから始まったライブ、"柳町のカルメン"から"月光"、"浅い月"と、新谷さんのマリンバシンガーとしての魅力が爆発。チャボのカバー"魔法を信じるかい"やシャンソン"ラストダンスは私に"も、矢野顕子の名言「自分の歌は自分のもの、人の歌も自分のもの」ではないが、もうすっかり新谷さんのものになっている。その歌やリズムのありようもアッコちゃんを思い出させる。アッコちゃんが海山や街を吹きわたる風の声なら、新谷さんは大地から生まれる声だけれども。

チャボのギターとお喋りはもちろん文句なしのチャボ節であるし、「この人は年を取りわすれているんだろうか」と思ってしまうほどお茶目で元気。意外で面白くて色っぽかったのが滝廉太郎の"花"などの唱歌シリーズだった。"ダニーボーイ"だの"今日の日はさようなら"には参った。たぶんキャンプファイアー以来だが、こんなにいい歌だったか…。

全くジャンルも違うし、人生も違う(なんとなくクラスの不良と委員長みたいな)のが、お互いをすごくたいせつに、リスペクトしあっている様子が端で見ていてとても微笑ましいし、楽しいし、うらやましい。自分の音を持つひと同士はこうやっていろんな人とセッション、化学反応できるんだなあ…

新しい春が始まる予感に満ちた時間をたっぷり過ごした初南青山マンダラ。

新谷さん、ありがとうございました。

世良さん、ありがとうございます。

ライブのはじまり、新谷祥子ソロ「ハネキミヤノキミ」

(写真撮影/三浦麻旅子) 2o3c3741_2

2017年4月13日 (木)

好きなコラム

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以前は北村想氏のコラムが目的で日経夕刊を配達願い。
今は川村元気さんのコラムが楽しみ。
創作する原点には皆、喪失から始まる何か、エネルギーに変容していくように感じる。

2017年4月10日 (月)

四月発光

4日で400キロ走行。
東京では運転が時にストレスなのに、青森では景色に誘われ、空に見惚れて、風やマイナスイオンに包まれ、走る走る。

夜の美術館の前を通る。
草間彌生の水玉きのこが発光してる。

私もなんだか背中が軽く光りを放っているような気分に。

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2017年4月 9日 (日)

BRAND NEW DAY

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わずな時間で変わる空の色。
ヤマセ風吹くけど窓開け放し、きゃーきゃー言いながら感激の夕暮れ。
北の地での休暇がゆっくり終わります。

さあ、芽吹はいつだってやってくる。
新しい日を迎えるのだ。
気張っちゃいない。
やってこい、ブランドニューディ!
私は大丈夫。

窓辺のマリンバを読んで下さる皆様にも、
新しい日が、
新しい一刻一刻が芽吹く春でありますよう。

2017年4月 8日 (土)

木と水辺

昨日は海、今日は湖。
季節は今どこだろう。
鷹が旋回していた。
悠々と強く静かに。

翳りの空は晴れた空より心身に寄り添ってくることもある。
木のそばにいたい。
明日は違った息づきをするだろう木。
疲れた身体を木に近づける。
水辺に無を確かめる。


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2017年4月 7日 (金)

ライブリポート/リンク先訂正

改めまして、春に奏でるデュエットへのご来場誠にありがとうございました。
様々な観点からライブのことを書いて下さる方々がおります。フェイスブックの投稿などご本人の許可を得てこちらに転載いたします。
ライブにお越しいただけなかった方にも、こららからかなり詳しいライブの様子が伝わりそうですから、他にも紹介したいメッセージたくさんありますが、まずは以下の方々の文を、ちょっと長いですがおつきあいくださいね。
ブルーさん、横山さん、芳賀さん、ありがとうございます。

●ブルーさんの投稿cafe
ブルーの雑記帳より

new以前貼付けたリンク先アドレスがミスのようでした。

以下↓から再度ご覧いただけます。心強いリポートです。up

http://blue19812nd.blog50.fc2.com/blog-entry-3427.html

●横山さんの投稿
おそらく元RCサクセション、古井戸のロックギタリスト・仲井戸麗市さんをご存知の方は多いと思いますが、仲井戸さんが隔年くらいでマリンバ弾語りという特異なスタイルを貫く新谷祥子さんとデュオライブを行なっていることは知られていないと思います。このライブは新谷さんをかなりメインに据えた構成で、最初が新谷さんソロ、次が仲井戸さんソロ、デュオやってアンコールはそれぞれの曲交互でフィナーレ、の計3時間コースです。ギターとマリンバの相性はというと、さすがに音数はギターが圧倒的ですが、打楽器としてマリンバを使うとかなりガッチリ噛み合います(新谷さんは各種パーカッションも繰り出します!)客席かぶりつきはほぼチャボさんのディープなファンで埋め尽くされますが、2人へのリスペクトフルな拍手に包まれ、ロマンティックかつスリリングな演奏が楽しめます。

●芳賀さんの投稿
ちょっと時間が空いちゃったけど、日曜日に観たCHABOさんと新谷祥子さんのライブがとても印象に残ったので、ちょっと感想を…。

実は、ふたりの共演を観るのは数年ぶりだったんだけど、二人の密度が格段に濃くなっていたのにはびっくりした。以前は、CHABOの楽曲に新谷さんが色を付けるような感じだったけど、今は一緒に一枚の絵を描いているようなタッチ。これはもう共演というより一つのユニットと言って良いのでは?

久々に見た新谷さんはソロの表現者としての魅力倍増。もう、登場してきてパーカッションを一音鳴らした瞬間から、耳も目も奪われっぱなしだった。メイン楽器はマリンバだけど、その主旋律に効果的にパーカッションを散りばめていく様は、とても絵画的なアプローチを感じた。この日の新谷さんの衣装、ハチドリをあしらったワンピースによく合うカラフルな色合いの曲や、少女時代を過ごした東北の田舎町の風景…。耳を傾けていると、僕自身の忘れかけていた心象風景も次々に浮かんできた。そういうイメージが喚起されるのは、やっぱり新谷さんの表現に強い力があるからだと思う。
それと、以前の共演ではあまり聴けなかった、彼女自身がボーカルをとる曲が多かったのも印象的。落ち着いたアルトヴォイスで丁寧に言葉を噛みしめるように歌う佇まいは、まるで越路吹雪さんを髣髴とさせるよう。ボーカリストとしても素晴らしい表現者だなあ、とあらためて思った。

CHABOさんのソロコーナーでは、久々に歌われた「プリテンダー」が嬉しかったなあ…。

でも、やっぱり一番の見ものは二人の共演。「うぐいす」にしろ「春たけなわ」にしろ、新谷さんが入ると一気に色合いが増す。ギター一本だと微妙な心理状態がクロッキーのように濃い陰影を描くのに対し、新谷さんのマリンバは、淡い色合いを幾重にも重ねていき、曲はまるで水彩画のようなタッチになっていく。千手観音のような超絶プレイに息を呑んだ「ま、いずれにせよ」を山場に、二人のステージは見所たっぷりだった。

それぞれのソロコーナー+共演+アンコールでたっぷり3時間。大満足の一夜だったんだけど、欲をいえば、もう少し長く共演を観たかったなあ…。そのぐらい二人のステージはスリリング。
もう一回言いますが、やっぱユニットです、この二人は(笑)。どの曲だったか、CHABOが“これはもう新谷さんと一緒の時ぐらいしか演らなくなった”って言ってたけど、それ、すごくよくわかる。

思うんだけど、この二人はやってる音楽のジャンルこそ違うけど、それぞれのフィールドから少しだけ外れてるアウトサイダー同士なんじゃないですかね。そして、アウトサイダーってのはとっても自由なんです。様式や定型に拘らず、頭の中に浮かぶものや身体に感じたイメージのままに音を鳴らし、お互いに微笑み合える。なんかね、軽い嫉妬を覚えた(笑)。こうやって、音で遊びながら性別もバックボーンも飛び越えられるんだから、音楽家ってイイなあ~と心底思いました。

ぜひ、また共演を観たい。この二人は場を重ねるたびに、どんどん良くなっていくような気がします。

2017年4月 6日 (木)

閉店カフェ

春の休息〜1日目
駅から伯母の病院にレンタカーで直行。
穏やかな時間が流れるものの、伯母にしてあげられることは限られている。
病院を去るときはいつも複雑な気持ちになる。

広い明るいカフェにでも行き、放心したくなる。
コーヒーブレイク求めるも4時半オーダーストップ⁉️
私が着いたのは4時33分。
サービス終了しました、の声がやけに冷たい。
でも座るのは自由なんだ。スペース解放はありがたいけど。
美術館のカフェは、人を包む場所ではない、かー。
4時半、早すぎない?

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2017年4月 5日 (水)

ハート日和

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『銀座 菊廼舎』の干菓子缶に出会わせていただく。
日本の菓子文化よ、永遠なれ。

朝食にポリッ!
観て楽し味わい。

2017年4月 3日 (月)

デュエットなのです。

時々思う。リハーサルの途中で思う。

「チャボさん、ドラマーさんの参加もお願いしませんか?」と。
一瞬思う。
でも、声にはしない。いや、声にする前に、それはやはり、デュエットとして新谷を拾ってくださったチャボさんに対しナンセンスだとわかる。
それはライブ中にわかる。
本番後にわかる。
そして今日もわかる。
デュエットでやらせていただくことへの意味。

ドラマーがいればどうなるのか、それは簡単に予想できる。
私が希望しているのはそういうことであるなら、ちょっと違うニュアンスでチャボさんと向き合っていたであろう、、、と。

仲井戸CHABO麗市の隣に並び奏でる。
自分の技量分で並ぶ。
とんでもないものが自分に跳ね返ってくるものを知る。
そこから飛ばせるならチャボさんに送り返せるようなものを送っている。
その送ったものが、どうなるのか、もう少し探っていくまで、
チャボさんにもっと頼りたい。

それは、、
ステージにいる人が自分以外に1人であるときにしか生まれない「頼り」である。
頼るためには、生きた音、生きた言葉、を堂々と持ち得る深みを身体に組み入れること。

2人も3人も複数と呼ぶ。
でも、2人と3人の間にはとてつもなく大きな差があるような気がする。

デュエットである幸福感をずっと知っているのに、、、
なぜ今日はこんな可笑しいひとり言。

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