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2018年1月の投稿

2018年1月21日 (日)

緑を集めて

雪をかぶった庭にも、枯れ木は強い幹をそのままに凛として立つ。

寒気に触れ、葉色も深まって黒に近い緑に染まった草を集めて伯母の葬儀の玄関に添えました。

深夜に外気を浴びたくてドアを開けたら、1月にしてはポワンと暖かな風。
昼間に添えた葉飾りはシーンと静まった夜にも、懸命にそこで物言わず
想いをうちに秘めて、、、

そして、、鎮まる魂。

写真はうまく撮れなかったけど、、愛おしい草、枯れ木。

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寂しさは心に、、しかし、、
今は心にまた新しい風を吹き込むとき。

心機一転
新しい 歌が聞こえる。
そう、歌いたいことが
     ・・・ たくさんある。

2018年1月16日 (火)

あっぱれ!90年の時

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豊かな時を刻む、静かに与えられた人生の時を刻む。
貴女がいてくれた時間、ありがとう。

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受け継いでいきます。
自分の今を丁寧に生きたい。
伯母の90年、あっぱれ。
合掌

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2018年1月13日 (土)

祈る

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丁寧に、命を大切に、漂いながら今、生きている、私のおばちゃん。
枯れていくように、ゆっくりとだ。おばちゃん。
90歳になってもシワなんか浮かびもしない、きれいな皮膚の下に、
おばちゃんの血がゆっくりゆっくり流れを休めに行くようだ。

祈るね。
大丈夫だからね。
私のおばちゃん。

2018年1月 9日 (火)

痛快、爽快な一冊

最初に読んだのは1984年頃。2018年の今読み返してみても、日本の音楽状況は80年代となんら変化もないのではないかしら、と感じます。痛快、豪快なペンタッチに惚れ惚れします。
これが男性の著述ならあまり感動はしないかもしれず、小島美子氏の優しい品のいいイメージの方が敢えてイジワルいタッチだからハマります。決してイジワルな話はお書きになっていませんが、事実をコンパクトにビシッと、痛快。

日本のクラシック崇拝的教育を批判の項も多く、また、自然な行為として歌をうたう、その本質的な部分に深く触れています。

お堅い音楽書ではありませんし、音楽専門の狭き分野人で読むようには書かれていません。時に抱腹絶倒!
音に触れて感じるままを、こんなにストレートに言える、書ける、ができる音楽人、いや、女、になりたし。見習いたし。

…にしても、こういうしなやかな爽快な音楽書に最近はなかなか出会わないなー。なんだか難しすぎたり気取りすぎたりでつまらない。

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お詫び

もし、このブログを読んでくださるかたで年賀状を送っていただきました方々、まだ私からお年賀のご挨拶もできておりません。お詫びいたします。
年末からずっと伯母の部屋に通っております。
伯母の施設の隣にこの地にしては大きな大学があり学生達が始業なのかワイワイと比較的暖かい冬に軽装で急ぎ足。
耳にたくさんピアスの男子学生、あまり見かけなくなったな、こんな主張君、と感心している間に
あ、そろそろ私も東京へ帰宅の時間が迫っていると気づかされました。

特別すぎる年末年始の時を刻んでいます。
生かされること、微細な変化への気づき、尊き命が語ること、まばゆき時間

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2018年1月 6日 (土)

一瞬に身を委ねて

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美しい瞬間をとらえようだなんて、人間の力では及ばず。
そこに広がる美の幅の数ミリさえもとらえてなどいない。
でもいいのだ。
私自身が感じたままで。

静かな部屋にて、2018初唄を書いています。

2018年1月 2日 (火)

もみの木、杉の木

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謹賀新年🎍
明けました、明けました。
快晴の空の下、少し背伸びしたくなりました。
しかし、引いたおみくじは、あせるな、何事も焦らずが良いらしく…然り
私の性格には程よき訓示と受け止め…素直に

拙いブログを読んでくださりありがとうございます。
これまで同様に歩んでまいります。
しかし、一層のゆるり努力を仕向けつつ。
まだまだ、探求、いや探検を続けてまいります。
探検、って好きな言葉です。
夢とストーリーを感じる響き。

そして、新たにマリンバシアター、深呼吸の季節です。

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