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2018年11月18日 (日)

儚さゆえ、、

まったくもって便利な時代。

読みたい論文などは、ネットから簡単にアクセスしてプリントが可能。
先日関西の国会図書館を訪問するチャンスがあったけど、多くの資料がそこに保管されていると知っても、ネットの簡単検索は問題外として、個人が時間をかけて練りだして論集とした汗の紙面をこうも簡単にネット上で探し、読める、印刷し得る、、、
これでいいのかな、と思いながらも必要な書類を家の机の上で用意できたということだけで、
不思議な充足感もある。人間て勝手。

でも本当に欲しいものは購入します。
打楽器関連ルーツに関するものは見つければ必ず、そして、リズムの優れた研究本は必ず購入しているので、打楽器専門書ラックは青森と東京に分けて置いています。東京の小さな空間には本の置き場所がなくなっているのですが、青森に置いている古い資料を読みたくなる時は、ちょっと不便。でも仕方ありません。

最近はマリンバとマラカスの歴史を紐解く貴重な文献と出会いました。
フィールドワークはなかなかに資金もかかるため、最近はあまり遠出はできませんが、現地で暮らした研究者の文献は貴重すぎる資料です。
私は基本は全て演奏や創作への起動、という意味でこれらを学びます。学術研究としての余裕があればそれはそれで発表物になる喜びもありますが、どうやらそこまでの忍耐と技術をもっていない、、ならば、やはり創作への伴侶として自分の横に置きたい資料の山。

その一つに、舞台演出の裏側を知る、という関心も大きな位置づけ。
かつてエジンバラで観た日本の演劇に感動し、帰国後はその舞台美術の朝倉摂氏の著書から離れられない時間がありました。実際に朝倉摂氏とあるパーティでご一緒できて、その時の感動を伝えることができました。嬉しいことに、その巨大で大量の襤褸布で作った見事な美術について、ワイングラスを持ちながら私に少し会話を向けてくれました。

70年代にはロックンロール、クイーンが世界を席巻していた頃、私は中高生時代。
吹奏楽の先輩からその存在を知らされていたけど、実際に耳にするチャンス、目にするチャンスなどはずっとあとから。
そして、ここにきて、「ボヘミアンラプソディ」の映画である。
観た人はそれぞれの感想で、きっと蘇った名曲を聴いている、に違いないけど、私自身も高校時代に触れたクイーンのビート、あの声の響き、あ、これのことだったのか、、と好きを認識できるまで随分な時間がたったけど、、、

そして、そのクイーンのことに関する本。読みもって面白くできている。
著者がフレディ マーキュリーのローディ、だから買いました!!
クイーンの研究者ではなく楽器や舞台演出や総じて裏側を全て仕切った肉体労働の音楽プロフェッショナルの買いた本。

ここにはその筆が、おそらく真実と愛憎と「愛」「懐古」で埋められていたとしても、それでも、そこは専門の目線、王冠をかぶったヒーローの音楽制作の心理を肌で感じたプロの秘密の言葉隠されているのでは、、
懐古どころか、舞台の1秒のスリリングなどが記されている本。
美への追求者。
そのたった1行の歌詞が、こちらの心にドンと置かれて消えようとしない、その重みある歌詞が、どうやってその創造者に生まれ降りたのか、、
貪欲に探りたくなる、、

それは敬愛するミュージシャンと共演する時、常に私に降りかかる、、、
その美しい儚い言葉は、、どうしてあなたに降りかかったのか、、
それを探ろうとする私はなんなのか、、、

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