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2019年10月13日 (日)

今朝の音、昨夜の音

台風で締め切っていたシャッターを開けると、鳥の声、普段は音のない小川に濁流の音。近くの大家さんの土砂が崩れて流木などが駐車場前に土にまみれて横たわる。こちらはこれくらいの被害で終わったものの、テレビ放送やSNSでみる悲惨さに驚きます。

日本の地形を見れば、誰でも川の近くに住んでいることになるのではないでしょうか。山から海までの距離が近く、列島をその山々が司どり、海辺までのわずかな平たい地形を選んで住み、日本列島はその自然から恵みを受けていることが明らかです。どの場所にどんな台風がきても、何かしら、私たちは自然への畏怖を感じながら生きていく運命にあると思います。小さな川、大きな川、ずべてが繋がっている。

私は小学生のころ、近所が浸水するという大災害を経験していますが、橋が壊れ落ちるのをみる恐ろしさは今でも忘れていません。濁流の勢いというのか、あの凄まじさは幼い体に音さえも記憶に残っています。

新しい橋がかかった時に、もうこれでこの橋が流されることはないだろう、、と小学校までの往復、毎日渡るたびに思ったことも覚えています。今、日毎仕事で通っている頑丈な橋が折れた惨事をテレビで見れば、もう、何が起こってもそれを「まさか」とか「ありえない」などという言葉では言い表すこともできない。大地や空の狂いが生じているのだろうと感じます。

どう生きていくか、ということさえ考えます。昨夜、久々に聴いた音楽が心に沁みました。植村直己物語のCDサントラ盤です。冒険家をイメージするこの音楽は決して挑発的なサウンドではなくむしろ、環境音楽的な沈静のギターの響きがあります。自然へのリスペクト、そんな心情を抱かせるサウンド。ドキュメンタリー映画への配慮なのか、静かにヒーローを映し出す効果の音楽なのだと思います。音楽はどうやって自然に寄り添えるのだろうか、ということを思います。そこに自然があれば、そこに人工的な音楽など必要としない、と日頃思っているからです。

最近テレビでみたドラマのBGMのあまりの不味さ?なんというのかな、あの奇を衒うような音の扱い、、これは最近疲弊するくらいなんですが、また美術館紹介や美術作品の背景に流す音楽のあの邪魔だなって思ってしまう一瞬とかをその生理的にいやーな感じを、自分の内側に求めているものはなんであるのか、というセンシビリティを忘れずに音楽の仕事を続けたいものだと、感じます。

 

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