« 2019年10月 | トップページ | 2019年12月 »

2019年11月の投稿

2019年11月27日 (水)

定点のような音楽

Img_9735

ふらっと出かけるお決まりの場所。落ち着きます。しばらく水と山と空を眺めて、それで十分満足します。暮れゆく時間が一番いいのですが、帰り道がちょっと心配になることもあり、くねくね道のドライブを減速して下るのはこの時期なら16時前と決めています。

定点というほどでもないのでしょうけど、同じ場所を繰り返し歩けば自分の心の状況がスーッと解けるように、起点に戻る、そして同じ景色のはずが、全く違う景観として心に染み込んで、気持ちの整理になったりします。

時々、聴く音楽も同じような作用になることがあります。昨夜、ついに聴きたかった楽器の音、その奏者の生演奏に触れました。深草アキさんの秦琴。この音色に魅せられたのがNHKテレビ番組での音「蔵」1990年代のことだったと思います。そのときは いったい、何が起こっているのだろう、今まで聴いたことのない音、いや、音楽に触れ、まだ駆け出しの私にはショックなほどの新しい響きの世界でした。そして音楽創造のスタートでもありました。

昨夜、これまでCDでしか触れていなかった深草さんのナマの音に接しました。その感動を文章にするのはあまりにも言葉というものの力のなさを露呈するようなものなので、その術も得ていないので、今はうまく書けません。一つだけ確かなこと。それは音が鳴って数秒、私の頰に何か感じた、それが、あ、涙なのだな、と気づいたことです。同じように休憩時間に深草さんが客席の初顔、私に気づいて会話をしてくださったと、その途中でもまた似たように、、音楽は「人」だから、、です。少しの会話の中で音楽に真摯に向き合う姿、そして作り続けることの意味を知っている人の声の深さ、想い、、苦悩、、希望までもが伝わってくる時間。

好きな音、奏でられる調べ、そこにはなぜ?という理由、理屈はなく、ただ、心にゆっくり静かに染み入ります。ある種、その響きにだけ反応するかのような「音楽という定点」

やはり待ち焦がれた生演奏に触れることは幸せである、、特別である、、そんなひと時でした。

今日は昨夜の音を思い出しながらマリンバを奏でています。

 

 

2019年11月26日 (火)

LP復活

Img_9545

LPをそのまま寝かせて置くのはもったいない。父が残したものも含めて貴重な音源探しをしたくなり蓄音機型の簡易なレコーダーを購入。プラグインなしで本体内臓スピーカーというのも、お気軽。とは言っても、青森の実家に配送してもらったので東京ではLP生活はできていない。

東京に置いた50枚ほどのLPを全て実家に送り、そちらで楽しもうと思う。青森にはそれ以上にLPがあり、先日はもう本当に懐かしくてずっと針を落として、裏返して、あ〜〜この音だ〜とノスタルジーに豊かな一人音楽鑑賞会でした。

あまりに好きなLPはCD盤も購入していたので聴き比べもできますが、やはりLPの針ノイズと一段階確実に柔らかに響くLPは耳に優しい。

ジャンルは様々なのですが、このブログでこれまで聴いてきた私のとっておきのLP1枚1枚の紹介もしたいと思います。かなり気ままペースですがお付き合いください。

写真のLPは留学していたミシガン大学の大学院時代に入手。大学生が古き良きアメリカのサウンドを再現する試み的な(ジャケットに騙されそうですけど、皆現役学生さんたちの装い)ですから実際にはかなり音源が精巧で、20年代風の仕上げではなく、こんな音楽が流行っていました、どいうダンスホールの想定盤。(楽器も現代のものを使っている)

それにしても紙ジャケットのこのサイズは、部屋にさりげなく置くだけでmoodもりもりになりました。これまではラックにザクっ。これからはジャケットも飾ってみようかな、、

2019年11月23日 (土)

誕生日は嬉しきこと

Img_9679

11月10日、そっと、何事もなく終わる誕生日が続いていたけど、今年はサプライズが続いてなんとも幸せな誕生日ウィークを授かりました。その一つがこちらです。こちらのケーキ、学生たちからのサプライズ。あまりにも嬉しすぎて驚きすぎて戸惑いすぎて、、。

ケーキ職人さんもすごいな、でもこのために下絵を描いてくれたということえちゃんというヴァイオリンを弾く学生さんから下絵もいただいちゃいました。

Img_9708

色鉛筆の柔らかなタッチと構図にまた感激。そう、こういうタッチで生きていけたらな〜〜。風に吹かれるように、さりげなく。(ドタバタドタバタの日々を反省もしてみる。)

この下絵は私の新しいアルバムのジャケットを参考にしてくれたとのこと。あの写真にしてよかったな〜。

Img_9690

学生たちと一緒にパシャ!どんどん成長し、その成長と共に悩みも抱えていく学生たちの足取りを見ながら、かつての自分の歩んだ道を振り返ってみる。やっぱり同じように歩んでいたはず。いろいろあるよ、、そりゃね。でも人生って悪くないよって、、この日にはそんな話はしていないけど、心のどこかで、進め〜〜何事もどうにかなるものだよ、、っていつも言ってる自分がいる。

みんな、ありがとう!

 

2019年11月18日 (月)

Img_9558

家でのライブは3年目となりました。青森県七戸町、小さな街で育った私、でも生まれてから10代を過ごしたこの場所、この土の上で演奏するということの意味が、この年齢になってみますと、いいようのない深い価値観を歌に与えてくれます。

その歌というのは、声をだすシンガーソングという意味だけでなく、楽器演奏の上に立ち込める歌、という意味でもあります。

ある意味では辺境という場所であること、本州の一番北にある地域の風土や歴史、江戸末期くらいまではなんとか辿れるようになった自分の祖先の来し方。古い木造の家を母が嫁いでから何度も手を入れ、そして新築された家を見届けてすぐに亡くなってしまったその母の存在とその場に新しい風を吹き込まずにいられない私の衝動。

「家でコンサートできるなんで気楽でいいわね」「素敵ね」「なんか贅沢」どの言葉も素直に受け入れよう。

でも、私の本心はちょっと違う、、とも言えます。ここは置き去りにされた異空間でもある、と。自分に言い聞かせるまでもなく、一人の静かな練習場としてあれば長い休暇も豊かな時間が得られる、と思って作った空間に、気づけば東西南北にたくさんの「窓」があり、人や光や風を誘う場所として図らずもライブ空間が可能となり、人と人の交流が生まれ、未知なる世界も広がり、おおよそ辺境という場所から予想もしない大芸術が生まれてきた人間の歴史を辿るロマンの調べも仮想、幻、として自分を取り巻き(そう、思うくらいは自由じゃないか、、)(そう信じることも自由じゃないか)

そう、そうなのですよ〜〜可能なことはまだまだある、と思える空間を一つ持つ。そしてとんでもなく斬新な試みまでやってしまいそうな空間。

そう、そうなのですよ〜未知と道は繋がっている、窓を開けば。

Img_9684

ご来場くださったみなさま、ありがとうございます。来れずともいつも応援くださる皆さま、ありがとうございます。

 

2019年11月 6日 (水)

十和田市歩き

6982046d0d504c8a9d0203a071431b78

新幹線でたまたま並びの席に座っていたおふたりのミュージシャン。

以前お世話になったライブプロモーターさんが駅でそのお二人を迎えにいらしてたようなので、なんだか未体験のサウンド聴きたくなって、初めて十和田市キューダスに出向きました。

まず、何より会場に着いたら自分がライブすることなんて何も決まっていないのに、あ、ここは搬入が理想的、となる。打楽器奏者は皆こんなふうに会場の裏から先に知りたがる。たぶん、まあ、私はもうそういう習性。

で、ピアノの羽仁さん、歌の井出さん、デュオでのライブを存分に楽しみました。羽仁さんと会話させていただきましたが、共演の八木ノブオさんとは時折チャボさんのカバーをされるという話し。これは絶対に行きたいなぁ。

ライブハウスはオーナーの歴史に包まれてアルバムジャケットが見飽きないのでありました。

2019年11月 2日 (土)

美しい毒も、、あり。

 

Img_9498 Img_9494

昨夜、下書き保存したブログがなぜか途中のまま投稿されていました。なので、続きです。

会場の人たちみんなの孤独を吸い取るかのようなライブ。

浜田真理子さんの弾く、あるいは歌うテンポはずっと変わらない。一つの音楽会でテンポをこうも維持できるミュージシャンってあまりいないと思う。打楽器育ちの私は、同じテンポで紡ぐということ自体に、まず勇気がいる、忍耐がいる、変化を求めたいと思う、アップダウンの景観を作ろうとする、、のだが、、浜田さんはずっと同じテンポで聴かせる。会場の隅々までそれを浸透させている。

でも、会場には一見して孤独そうなお客様はいない。しかし、えぐりとる。こちらが忘れかけていたその感情を吸い取られてしまう。だから、哀しいはずの歌が、どこか別の世界でドラマ化されて「逸品」になるのだろう。

私はちょうど、自作について考えていたところ。自分の歌に自分を埋めてしまってはいないか、自分より他の次元に行けているのか、、その穴から這い出ているのか、と。でも、今日のライブで確信もしたことは事実。「新谷、それでいい。自分が思うなら、自分の方式がそれだと思うなら、新谷、行け!」これは自信とかではなく、迷ってはいられない、、のだという変な自覚と勇気。

文化会館の小ホールでは何度もマリンバを弾いている。ああ、でもここでこそ歌ってみたい、そんな気持ちは高まってしまった。クラシックホールではあるけれど、思いの他、ここは夜の静けさと異界が似合うホールであるような、、、

~~~そう感じさせてくれるコンサートに出会った2019年11月の始まり。いい予感を持ってしてあとは行動あるのみ。

美しい毒も含んでいる言葉と、そこに自然に寄り添って変化するコードの隙間からスーッと立ち現れる匂い、浜田さんの歌から感じることですが、品のいいホールにいよいよそんな匂いが立ち込めて来たのは後半のプログラム、、、大好きな♫静寂(しじま)という曲も聴けました。あと3曲くらい聴きたいな、この曲だけを3回でもいいな、なんて勝手な思いのまま、あっという間に終演。

会場でいつも応援くださるブルーさんとY子さん、そして音楽プロデューサーのMさんにも会えたという嬉しい日でした。私に浜田さんをオススメと言ってくださった方々です。

さ、いい秋巡れ〜〜。いい秋、作ろ〜〜。

 

 

« 2019年10月 | トップページ | 2019年12月 »