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2020年4月の投稿

2020年4月28日 (火)

アラン アベル先生

アラン アベル氏が天に召された。91歳、フィラディルフィアオーケスオラの首席打楽器奏者を長年務められた。

アメリカ留学時代、恩師のマイケル ユドー先生がサバティカル(教授の研究休暇期間)の間、アベル先生に習うチャンスをいただいた。

オーケストラの名手にオーケストラスタディを少しと、そして何よりバッハ、シャコンヌのレッスンを受けることができた。忘れられない思い出。

世界中を旅する名門フィラディルフィアオーケストラが日本公演の際、定年過ぎてのアベル氏が奥様とアドヴァイザー的な存在としてオーケストラと同行されたとき、サントリーホール開演前の短い時間に、ANAホテルでお茶をさせていただいた。ホールが変われば演奏する側のバランス、細かな音色の配慮、若い楽団員へのアドバイスも兼ねて、オーケストラ全体のアドヴァイスを任される存在。当時は70代であったかと思うけど、お元気で、そして何よりご夫妻共に暖かく包むようなお人柄に心打たれた。

コロナウイルス感染による死亡と伺い、なんとも悔しい思いにいます。教えを受けた先生の悲しい残念な死の知らせ、、まだまだ若い人たちを導く存在であったアラン アベル先生。今、静かに祈りを捧げます。

悲しみのニュースを知ったその日、私の家に、大切な方からの芍薬の花束が届きました。蕾のままでも存在感があり、重みがあり、葉の緑にも生命力を感じます。その中に一輪、大輪の芍薬。今朝はびっくりするほどの大きさで目覚めの私を元気付けてくれてました。

ありがとう、、本当にそんな気持ちを花へ囁いた朝でした。

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2020年4月23日 (木)

4月の本棚から

物の整理の中で、時間が止まってしまうのは本棚。資料のための本と愉しみのために買って読んだ本と、いただいた本と、原書の本(いつか読もう癖の収集)やはり音楽の専門書の数は多いけど、好きな作家の文庫本もそれぞれのコーナーを作れるくらい増えている。

収納できる場所もなくなってきて、数年前、小説を書いている後輩にどっさり本を差し上げて、昨年は車で帰省した際にダンボール箱で2つ分の本を実家の本棚に移動した。

最近はなるべく図書館利用。年齢を考えるとそういう感じにはなってくる。

そして最近久々に読み返している本2冊。

行動範囲が狭くなっているからか、自分の周囲の音に敏感になっている。というより、これまで注意深く聞いていなかったに過ぎない、そんな「音」が聞こえてくる。

耳は受け身だ。。でも耳は育てるもの、育つもの、、であることを知らされる。

「サウンドエデュケーション 」著マリー シェーファー

「宇宙を聴く」 著 茂木一衛

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2020年4月21日 (火)

花とお茶のある風景

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紫の花は十二単、と呼ぶそうな。

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晴れた日曜日の午後、ご近所のマダムのお庭に呼んでいただきました。

ご本人は形式にとらわれず自由に好きな庭を描いていらっしゃる、好きな花を植え、入念な手入れ、手作り創作お菓子、、、

ずっとこの地域に住んでいる方ですが、私が知り合ったのは最近のこと。地域のコンサートに出演した際、庭の花をたくさん摘んで飾ってくださいました。

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庭のあちらこちらに目をひくオブジェ。孔雀さん、なんとなく目が合う。

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深紅のチューリップの形が素敵です。

庭のベンチでひとときの休息をプレゼントされました。こんな時だから、やはり人の温もりが嬉しいです。

花や緑のこと、ファッションのこと、小物使いのこと、生活の愉しみかた、年配の彼女はとても前向きです。

出逢いも授かりもの。

このお庭で、ちょっと音を出したくなりました。

2020年4月17日 (金)

家にいる

家にいても毎日が同じではない。こんなに狭い場所でよくもやることがあるものだ、というほど毎日のメニューが多様。

部屋から部屋への移動だけで何回繰り返しているのだろう。

例えば、CDが聴ける部屋が2箇所、あのタイトルはどっちの部屋で聴いたか忘れて何度も往復する始末。

掃除もかなり徹底してきて、モノの整理に目覚める。(遅いっ)

非常勤で通う一つの大学からはオンライン授業の詳細が送られてきて、かなり心強い。これなら自分も負担なくできそう、、と、資料などをまとめる時間もかなり有意義。でももう一つの大学は、なかなかオンラインという方式が困難極めることが予想されていて、こんな非常事態になると大学のシステムって良し悪しもあらわになるのだな、と。

音楽は練習時間の確保はたくさん、でも音を出しているだけが音楽でもなし。こんな余裕時間(老後の暮らしはさておき)だからこその思考、自省なのだろう。。って

昨夜、ゴダールの映画を観る。ヌーヴェルヴァーグの旗手、、ゴダールの映画が好きなわけではない。でもフランスの音楽にちょっとタイムトリップ中で、他国の芸術、文化運動の歴史に一層興味が湧いてきたこともある。こんな今だからこそなのか、世界の動きを見ているうちに、文化背景にあるものが人間の思想に根っこを張らすことはやはりあるだろう、と感じている。当然のことだけど、、

他国の文化支援を嘆く投稿やニュース関連も多くなった。日本はどうなっているのか、と嘆く気持ちはノンポリの自分にも深刻だけれど、芸術、芸能の誕生なんてものはやはり1度飢えてみないと本当の創造世界に到達しないのではないか、、、そんな気持ちにもなる。

飢え、とは何も物質的なものからの距離ではなくて、心底、創造を掻き立てるような状況に落ちてしまう、、そんな状況や解決策の見つからない悲痛さ、心に発芽する飢餓感。

やるせなき理由によって移動を余儀なくされる民族、しかし貧窮の中で一輪の花に出会うことがあれば、そこからまた異種との繋がりも生まれて、、、。今、移動もできない人類の嘆きのとき、「家にいる」が意味するものはなんだろう。

自分、他者、深く見つめたい今。

2020年4月15日 (水)

龍見寺で来夏に会いましょう!

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毎年、お寺コンサートにご来場くださる皆様、ありがとうございます。

今年はコロナウィルス感染防止を踏まえ、中止といたします。

無念。

チラシのデザインも決まり、この画像はその一部ですが、テーマ、ゲストとも決まり、選曲も早い段階で相談会もしていましたが、来年夏を目指して新たに取り組みます。

どうぞ、皆様、安全にお過ごしください。来夏は叶うように、祈るような気持ちですが、きっとまた笑顔で。

2020年4月12日 (日)

母を想う

生きていたら87歳の誕生日。

街は静かな日曜日。外出自粛、不要不急の用事か、しかしどうしても花屋に行きたくて。夕方の花屋。気のいいおじさん、おまけしてくださる。なんだか、ほっとする。

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花を愛し、華道の稽古もし、玄関に花を欠かさなかった。寒い冬には造花をアレンジしていた。

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母の写真を載せてしまうのは初めて。いいよね、母さん。

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2020年4月 6日 (月)

気持ち新たに

感染拡大防止をふまえ、かたり寿歌公演は延期(日程未定)となりました。

北村想戯曲「寿歌Ⅳ」はマリンバと物語の饗演として伊丹と名古屋で公演し、あれから7年。今この世界の状況を見ればこの70年代に書かれた戯曲に示唆される、方位失った荒野、リヤカーに残された渇望、見えない存在との共存、セリフの中には謎も多いけど、まずこの作品に出逢えたということが私には大きな意味がありました。

さて、気持ち新たに。

皆さまお元気に、あ、運動不足には気をつけましょう。

今を乗り切る体力が必要ですね。(^^)

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2020年4月 3日 (金)

ここに書かれていること

https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic

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今朝、この寄稿文を読みました。もしこのブログにたどり着いてくださる方がおりましたら、ぜひ読んでいただきたい内容ですので紹介します。

私は心動かされました。あまりこういう投稿のシェアは普段やらない方ですが、じっくり内容を自分の周辺やらに注視しつつ文章を読み進めると、

最終項のクリオの審判は特に考えさせられます。

 

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