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2020年7月の投稿

2020年7月25日 (土)

ヨロコビのアート

 

ファーストシルク、そんな名前にまず新鮮さを感じました。

大金明子さんの個展で私の音が鳴っているのですが、作品の断片だけを見ていた時期に音を考えていました。でもこうして作品の中に佇むと、想像していた世界より、もっともっと繊細である作業にまず驚きます。そして、造形美というよりは、「生きている」「息吹」「永遠」そんな言葉を感じました。

私は音のインスタレーションのつもりで考えた音、即興の構成なのですが、蚕から繭になる過程で最初に吐き出すシルクを摘み取って、汚れを一つ一つ落とし、形成していくという、その新しい美の球、糸、ねじれ構造の綾。

ここにも強く美しく繋がった命を感じます。音が作品の邪魔にならないように、、そう念じての即興でした。それはなんとか成功はしているのですが、この作品に触れた時、ここに新しい息吹を吹かせるとしたら、、、

それはもしかしたら、無機質な音よりも、何かもう少し「喜び」を伝える音、情感を持ち得ない音を好んだ大金さんでしたが、私はもう一歩、もしかしたら作品に対しては音の熱量も加えても、作品は毅然とその姿を現してくれる、そんな風にも感じました。音楽演奏というより、音色に対してです。木の音は似合います。ここに木のよじれたような音、素直な響きだけではないもの、、そういう欲求がまた自分を動かしました。

喜び、悦び、喜び、歓び、いろんな文字に変換されるヨロコビ、、

繭はどれを好むだろうか、、

 

 

 

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2020年7月20日 (月)

ナサレの川

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https://youtu.be/oCDXCypCtfQ

東京都プロジェクト、アートにエールを!

演奏動画が公開されました。

できたら、ヘッドフォン、イヤフォンで聴いていただきたいマリンバの音になりました。

「ナサレの川」 新しい1曲です。

(先のyoutubeから、または以下から)

https://cheerforart.jp/detail/1671

いくつか書いた曲の中で、どの曲でこのプロジェクトに参加すべきかと実は随分悩みました。東京都の住人だから申請はできる。

でも、やはり東京に住みながら見えてくる故郷、そして自身の心象、それが自分の中では何か優先順位のような位置になっていることを否定せず取り組んでみたいと、、

これまでもそういう歌が多いのですが。

微かな変容を伴いながら動いていると思っているのはおそらく自分だけで、聴く人には内省的な、その方位がまた一つ、という受け止め方でもしていただく内容かもしれず、、、

誰かを励ますような曲など、私にはやはり書けそうもないが、自分の心に正直に歌い、弾くこと。

それがすなわち、誰かに、微かに、細い糸を伝わって届くことを、ただひたすら願っているのかもしれない。

だから、これは寂しさや郷愁を歌ってはいない、と勝手に思っている。

川は合流し、繋がる。

心が覚えたことも、在ったものも、いつしか跡形もなく消していく力も包有する。

それを残酷だ、と思うこともある。

それを新しく優しい巡り合いのためだ、と思うこともある。

 

 

 

2020年7月14日 (火)

マリンバでアンビエントに参加します

思いがけない出会いがあり、明後日から始まる大金晶子さんの個展で私の制作した環境音が流れることになりました。

マリンバでアンビエントサウンド、相談を受けて音作りが始まりました。即興的に音を紡いでいましたが録音はどうしよう、ということから始まり、パソコンに備わるアプリをフル活用。機械音痴の私でも、少しづつ理解できる面白さ。

マリンバ以外にも打楽器を使って、個展の作品の邪魔にならないような、いや寄り添えるような音の創作。

なんと言っても作家の作品が、とても興味深いのです。蚕から繭に、、、そう。あの桑の木から生まれる繭。その使われずに捨てる部分を利用したアート作品。

森羅万象〜cloud~    音の数々にタイトルを考え、イメージした音を時に無機質に、時に憩いとなるもの、森羅万象のその微細な一つだけでも、そんな思いで表してみました。

個展は東京都のコロナ感染も増えていることから、あまりご無理せずにとご本人。でも自分の音の場はやはりのぞいてみたいと思います。もちろん大金さんの作品とのコラボ、、にワクワクで。

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パソコンに取り込んだ私のマリンバの音波形も、ちょっと雲みたいです。

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2020年7月 5日 (日)

そこにテーブルがあったから、、

先日は、このテーブルも動画で音の材料として打ちました。

まさに、ジョンケージのlivng music.

でもできたら創作は一から自分のアイディアで試みたい。ヒントになる過去の作品は数多あれど、どうして山に登るのか、と問われたら「そこに山があるから」と名回答された偉人伝に倣うべく、「そこにテーブルがあったから」

スペインのフラメンコ然り。リズムはそうやって育ち、生き、展開する。

以前より、何を伝えるべきか、伝えたいかというコンセプトセッションが明確な意思でこうしたリモートに反映されている。

伝えたいことが10あったら、それを少し自分に制限をかけて5にしてみる。そうするとアレもコレもと道具を見せるより、ずっとその媒体に気持ちが集中する。元来、そういうものであった人間の生活が、今では物質が多すぎるのであろうか、欲張ったパンパンのショーケースより、古代の一つの壺を開けるくらいの原初精神に戻る、、それって、、オンラインしながら自分の普段の生活を見直すくらい価値がある。

必要なものは、案外、周囲に全部あって、それを使いこなしていないだけだったという焦燥感さえ味わっている。

今日のブログは最初には音のことを綴ろうとしたのだけど、そうではなく、カテゴリーはあえて、「住まうこと」

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