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2020年9月の投稿

2020年9月29日 (火)

渦巻き、、波動、、、

音楽は決してなくなりはしない。

その在り方、伝わり方の変化があろうとも、

求める音楽を、創る音楽をやめなければ

 

今は、じっとこの風の流れに渦巻きながら

少し行き場を探しているだけかもしれない。

 

もっと研ぎ澄まされた輪郭の変化に気づけるように、

その冴えたる性質を、世論や見えない空気の牽引に誘われないように、

そう、奪われないように、

奏でる者はもっと敏感にならなくてはいけない。

その時間に忍耐と誠意と。

 

静かな水の向こう側に向かって、一つ投げ石する。

波動は輪になってゆっくり浮かび、消えた。

あの日も、透き通る空間に向かって自分の言葉や音をポーン、ポーン、と投げ打った。

どこかに確実に飛んでいる感覚があった。

これは不思議な新しい身体感覚というものを伴って、、

音楽は生きている

音の粒子が無人の空間に飛び散って、目には見えない波動が渦巻いていた。

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写真・三浦麻旅子

視聴された方々の声 ②

ブルーさんの記録

グリーンフィールド、聴いた人の数だけGreen Field,,

http://blue19812nd.blog50.fc2.com/blog-entry-4808.html

 

↓こちらはI.Mさんの記録から抜粋です。Iさんからは、ある女性詩人の詩集をいただいたことがあります。少なからず影響を受けていた詩人。でもその詩人の一冊をじっくり読んでみることがなかった私に、新たな衝撃をくださいました。

【ライブ備忘録】
仲井戸CHABO麗市×新谷祥子 秋のハーモニー@南青山MANDALA
無観客配信ライブ

これまでの2人のライブは、幸運にもほぼ毎回最前列に近いところで見ることができていて、MANDALAの木の床を踏む新谷さんの靴音さえ聴いていたが、今回は配信ならではの「手元の大映し」があって大感激。マリンバだけでなく、様々な音色の、名前も知らない楽器がたくさん演奏される、その絶妙なタイミングまで見ることが出来た。

一番新しい曲、と紹介された「グリーンフィールド」。
誰と歩いているかは歌詞のどこにも出てこないのに、私の目の前に広がったのは幼かった息子たちと歩いた草はらの道。「おーい、おかあさん、早くー、こっちー」「競争しようよ!」と少しもゆっくり歩かなかった道だけど、一緒に走ったり、小さかった次男を抱いて長男を追いかけたりした、そんな道の、草の匂いを感じていた。
他の人が聴けば、きっとその人の中の「懐かしいグリーンフィールド」が見えるのではないかと思ったりした1曲。

女心を歌う「壇の花」、チャボのソロ曲である「DREAMA TO REMEMBER」のインストヴァージョンも、全部セッションでも聴いてみたい!
やはり新谷さんが歌う「大人の恋の歌」は最高に素敵だしかっこいい。そこにいるのは意志ある女性。憧れる…。


第3部は2人のセッション。
それぞれのソロパートは「静」のイメージだったけれど、セッションパートは「動」のイメージ。
バンドじゃないのにバンドの音が聞こえる「ま、いずれにせよ」「冴えた月の下で」からの「Blue Moon」は何度聴いても心躍る。チャボから新谷さんに引き継がれる演奏、笑顔の2人、新谷さんの華麗なマレットさばき。何度見ても本当に感動的。
そして、チャボの新曲「Distance」。先日の配信ライブではギター1本で演奏されたこれが、マリンバの音によって歌詞の意味を深められているように感じられる。

ラストは新谷さんの曲「未来へ」。音楽の神様に愛された2人が奏でるこの曲は格別だ。音楽に生きる人たち、音楽を必要とする人たちへのメッセージ…。

この共演シリーズ、ずっとずっと続けてほしいと思う。

2020年9月28日 (月)

ご視聴された方々の声 ①

ライブアーカイブ、自分の声は先日の投稿で締めくくりましたが、あまりにも嬉しい投稿、手紙、メールなどが多く寄せられておりますので、少し紹介をしたいと思います。
Y.H氏のフェイスブック投稿から抜粋
●僕は、これまで新谷さんは絵を描くように音楽を奏でる人かと思っていたのだが、むしろ言葉の人なのかもしれないと思うようになった。新谷さんは、頭で考えて編んだ言葉ではなく、自然に降りてきた言葉を紡いで歌詞にしているような気がする。そして、時にはその意味より“語感”を大事にするところが、CHABOさんと共通する部分か。
●一番心に残ったのは、やはり最後に演奏された「未来」。今年の夏の終わりにこれほど相応しい曲は無かったのでは?
ネイティブ・アメリカンの教えに、今の時代の事より7世代先の子供達にとっての幸せを考えよ、というものがある。この曲に感じたのは正にそれだ。新谷さんが歌いCHABOさんがコーラスを付ける構図も新鮮。そしてエンディングの新谷さんのマリンバ2連打がとてもエモーショナルで深い余韻が残った。
この選曲は、CHABOさんがソロパートで最後に歌った「一本のエレキギターにまつわる一つの小さな話」(OLD BOY)と対になっていたような気もする。亡き友の思いに重ねた社会への違和感をストレートに歌ったものだが、最近のCHABOには珍しいぐらいに直裁な怒りの表現。そこで一度噴出させた怒りをこの曲で鎮静して祈りへと昇華させ、希望を未来へ繋げていくような流れを僕は感じた。

2020年9月26日 (土)

秋のハーモニー振り返り〜その5〜

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忘備録最終です。

音に身を委ねて、そんな緩さはあまり好きではなく、、

音に噛み付くくらいで、そんな風に奏でていきたい。

脱力は必要ですが、、

チャボさんの音や取り組みを横で聴いていたら、音楽は全て「粒子」だと感じる。

クラシックでいう、「線」の美学もあろうが、、そんなことじゃない。

線を描くには地点の観察が必要。どこからどこへ向かって行くか、、そういう責任が瞬間瞬間という粒を育てながら進んで行く。

そんな音楽は最高だ。チャボさんは来月70歳、今日、ライブ案内が公開されている。どこまでもあの噛み付くような姿勢、しなやかに優しく舞うようなあのギターで、、

スリリングで動も静も含んだパッションの横に並ばせていただいて15年、、、これは奇跡。

「未来」をライブ最後にと押してくれたチャボさん、そのおかげでこの曲がちょっと羽をつけてくれた。

まだ飛べるんだよ。まだまだ、、、

2020年9月25日 (金)

秋のハーモニー振り返り〜その4〜

「新しい友だち」私の曲をチャボさんがカバーしてくださった。

この曲は息子の小学校入学と卒業という経験をした母目線で書いた曲。小学校の卒業の日が近づいてきた日の深夜に自然に生まれた曲だ。カリンバで呟くように作った曲。それをチャボさんがオートハープで奏で、そして歌ってくれた。リハでこっそり隅っこに座って聴いて驚いしてしまった。本番は楽屋のパソコンに同時配信されているのを聴いた。天井を見上げてなるべく化粧をした自分の頰に涙痕が残らないように聞き続けた。

この曲をチャボさんが歌うことに全く違和感がなかった。チャボさんの歌のようにも聴こえてきた。でも、歌詞を辿れば、明らかに自分の中に浮かばせていたかつての日々の光景。

もしかしたらこれは、ある日の男の子の孤独かもしれない、、寂しい思いをさせてしまった大人側の責任を、何か別な形で埋めようとした一人のただ弱いだけの女の歌かもしれない。よくわからない。だから、自分ではアルバムに収めてから歌う機会など作ってこなかった。

でも、チャボさんの歌で、それが変わった。今の自分が歌を客観的に感じ取り、素直にもう一度歌ってみようと思えた。こんなことってあるんだな〜、、息子と同級生のママ友からもメールがあった。「新しい友だちという曲がアルバムの中で一番好き、まさか、チャボさんの歌で聴けるなんて、すごい夜をありがとう」と。すごい夜になったのは、チャボさんのおかげだ。

奇跡的。あんな風に歌うロックソウル、ギターマン、仲井戸チャボ麗市って、、、、

ミュージック&ヒューマン、という言葉があるなら、そういう一体化を自然に生きていミュージックマンに出会ったこと、私はライブの最後に「ハッピー」を叫んだ。自分自身だけのハッピーではなく、願わくば、その瞬間が音になって人の心に「ああ、これでいいのね、このままでいいのね」「ここにいて音を聴いているって、それはなんだかいい時間よね」、、、という気持ちが届くことの連鎖を込めての叫びだったと思う。

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2020年9月23日 (水)

秋のハーモニー振り返り〜その3〜

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というわけで、6日間のアーカイブ配信も昨夜で終了しました。ちょっとホッとしています。笑

本番が終わっても、6日間の映像がリアルにそのまま流れる限り、気持ちの方は、なかなか本番が終了しない感覚にいた1週間でした。

何度も繰り返してご視聴くださった方も多いようで、曲の伝わり方もこれまでより(1回きりで終わるのではない形)反響があります。

配信に慣れたくはないけれど、この形によって思わぬことが可能になったとも言えます。

なんとなんと、、それは、私のアメリカの恩師が視聴してくれたということ。

各楽曲の分析が長文メールで届きました。拍節、歌詞(日本語でありながら)、リズム、マレットチョイス、ソロパート、デュエットパートの全ての曲に感想が細やかに送られてきたのです。驚きです。感激です。恩師Michael Udowの凄さです。かつてロックや現代音楽の世界で異端児的な打楽器演奏を残し、そのステージング発想も斬新で、アメリカの現代音楽シーンで大きく注目を浴びてきた存在です。現役引退はされたけど、かつての教え子の動向を常に心にとめてくれます。

歌詞が日本語であるにも関わらず、的確過ぎる細やかな観察には、こんな耳、目、に私は育てられた、ああ、そうなのだと震える瞬間でした。冴えたる勘を備えた偉大な打楽器奏者。分析というと大げさかもしれませんが、英語の長文を読んで、まさしく私の次なる一手を導いてくれる内容ばかりでした。

もちろん、それは同士という意味合いでの感想やアドヴァイス。なんだか、飛行機に乗って彼の地にまた出かけたくなりました。

 

 

 

 

2020年9月22日 (火)

秋のハーモニー振り返り〜その2〜

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夏の実家で、太鼓を並べて目的もなく打っていた。綴り打ちと自分で呼ぶ時間。形を決めないで自由即興する、リズムも定位置にハマるような打ち方ではなくて、手順の組み合わせを試みながら生まれるリズムにただ身を任すようなインプロヴァイズ空間がとてつもなく楽しかった。

かつて、ダンサーと一緒に太鼓だけで長い時間即興をやっていたことも思い出す。私は20代、ダンサーはプロではなく、異常なほど汗を流して踊るのが素人っぽい、などと若い私は生意気にも友人たちに吐き出したっけ。あの人、どうしているかな?とか思い出しながら、、即興で交わった時間もふつふつと苦笑いで蘇る。

今回は配信ライブで打ち歌いをやってみた。「壇の花」以前はマリンバで弾いて歌っていた。でも太鼓がいい。マリンバが体を横軸に流動させるなら、太鼓は明らかに縦軸。ライブする自分の体内に均衡がとれる。

チャボさんの楽曲「ディスタンス」にも太鼓でリズムパターンをやってみた。チャボさんがどういう回答をくれるかによっては、伴奏はマリンバのみになる可能性もあったけど、リハーサルで即刻、太鼓、いいね、、と返してくださる。試行錯誤の1曲となったけど、演奏を振り返ってみると、自分のこの曲への解釈は願った形にはなっている。形が決まったのは本番の日の午前だ。デュエットの中では一番心配したけど、ああ、この曲は再演したい。歌詞に惹きつけられてもちろん、でもチャボさんの8月の配信で披露されたその日に、予感していた「これ共演するかも」が的中し、密かな個人思考は8月に始まっていた。そして、マリンバパートのあのパターンについては、かつて聴いたパリのモダンダンスの女性が使っていた楽曲を思い出して、リズムの形を小節内で逆にたどるという奏法を入れてみた。これは私がよく使うパターンだけど、このディスタンスにはすごく相性がいいリズムのように感じてしまった。

と、ちょっと読む人にはどーでもいいような振り返りになってしまったけど、、

ディスタンスという楽曲、、この世の窮屈さ、鬱屈、叫びの中にマリンバと太鼓でフラットな感情移入を避けたアプローチをしてみる。ある種完全なリズム隊になりたい。そうすることで、より一層チャボさんの言葉の悲痛さを浮き彫りにしたい、、などと勝手な理想を持った自分は、「ああ、こういう楽曲を書けるようになりたいのだな、、欲張るな自分、、さあ、リズムリズム、、」演奏中にそんな至らぬことを思っていたという振り返り。〜その2〜

 

 

 

 

2020年9月21日 (月)

秋のハーモニー 振り返り〜その1〜

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かんたろうさんのセッティングは、新谷の呼吸を全て知ってくれる。もう長くお願いしていることもあるけど、毎回が同じではない。

その日のリハーサルの音と動きで、素早くかんたろうさんの目と耳と手が私の音を辿ってセッティングを一つのアートに変化させてくれる。

それは「角度」という重要で微細なる楽器の配置。打楽器奏者にとって欠かせない音へのタッチを知ってくれる作業。

この規模での配信が初めてとなる自分、複数の録画用カメラといつもの快適な音響、照明、同時配信における細やかなスタッフの準備、温かさ、いい意味での緊張を味わい尽くした(笑)ライブでしたが、一番の安心がこのセッティングという私の「マリンバと打楽器の森」です。

もっと打楽器を打ちたくなる、、もっと音の飾り付けをチャボさんの楽曲に工夫したくなる、、気持ちの高まりをくれるセッティング。

 

この配信、、やはり終演後はいつもと同じ気持ち。

仲井戸CHABO麗市、その音、言葉、精神、、、つくづく自分としては奇跡的なデュエットを経験させていただいているということ。

このことはまた別にブログを綴ってみます。

さて、ギリギリにチケットを予約した方のご予約番号を後で知ってまたびっくり。こんなにたくさんの方々が聴いてくださるという驚き。通常のライブよりずっと多いってこと?? そして、6日間アーカイブ配信というのも、自分には居た堪れない感触で、(う、まだ火曜日まで続くってこと?)

しかしながら、配信の良さは、当日は仕事で聴けなかった人、毎日見続けてくれているという弟子や、初めて新谷の演奏を視聴という方、家族でワイワイ見たという方、そして常に聴き見守ってくださる方々の声、声、声、、が毎夜届くことの嬉しさもあります。

実は私もこんな丁寧な映像で復習(反省)するのは初めてゆえ、些細なことに気づいては「ギャーッ」「うわっ、これはダメでしょ」「あれ?意外にここは大丈夫ね。」独り言の連続つぶやき、、ちょっと怖い人になっている。笑

いつもなら、もう昨日の演奏にはオサラバ、忘れて進め〜〜!のはず。そう、、すでに新しい日々を送っているはずなんだけど、この「良くできた配信映像」は自撮りレベルをはるかに超越して凄みさえあるものだから、音質やタッチ確認にはうってつけで、深夜の自分に刺してくる。

844a4317 写真は三浦麻旅子さん。

今回は打楽器で打ち歌いにも挑戦。太鼓をチューニングする作業などはとても好きな時間だ。

1曲めの「Leaf Road」はカリンバで弾き歌った。これは低音のカリンバがちょっとマイクから外れてしまったので、音程が少し不思議な世界になって聞こえている。でも、その短2度や減4度の関係で聞こえる違和感が逆に新しく、自作がヘンテコな旅になっている。ま、これも生配信ということで、、(冷や汗)

ちょっとした言い訳もできてしまう自社ブログに、これからライブ記録を綴ってみたいと思います。では〜その1〜終わり。

 

 

2020年9月 4日 (金)

夏の終わりから秋の歌へ

ライブご案内

https://www.shokoaraya.com/Concert&Live/index.html

ブログに訪問くださりありがとうございます。すでにご予約くださったかた、ありがとうございます。

いよいよ9月に突入、カウントダウンとなりつつある配信ライブです。チャボさんとの曲の相談などもリアルな感触になっております。

配信だから、、配信ゆえに、、、配信こそ、、ああ、葛藤の選曲がおそらくギリギリまで続くのかもしれません。

でも、心は同じ。これまでと同じ。

一つ違うのは、これまでは春のデュエットライブでしたが、ええ、そうなのです。今回は「秋」なのです。私には秋の歌が多いのですが正確に申し上げると、夏の終わりから秋、、というこのタイミングが、嬉しいのです。

ぜひご視聴お願いします。

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