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2020年9月22日 (火)

秋のハーモニー振り返り〜その2〜

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夏の実家で、太鼓を並べて目的もなく打っていた。綴り打ちと自分で呼ぶ時間。形を決めないで自由即興する、リズムも定位置にハマるような打ち方ではなくて、手順の組み合わせを試みながら生まれるリズムにただ身を任すようなインプロヴァイズ空間がとてつもなく楽しかった。

かつて、ダンサーと一緒に太鼓だけで長い時間即興をやっていたことも思い出す。私は20代、ダンサーはプロではなく、異常なほど汗を流して踊るのが素人っぽい、などと若い私は生意気にも友人たちに吐き出したっけ。あの人、どうしているかな?とか思い出しながら、、即興で交わった時間もふつふつと苦笑いで蘇る。

今回は配信ライブで打ち歌いをやってみた。「壇の花」以前はマリンバで弾いて歌っていた。でも太鼓がいい。マリンバが体を横軸に流動させるなら、太鼓は明らかに縦軸。ライブする自分の体内に均衡がとれる。

チャボさんの楽曲「ディスタンス」にも太鼓でリズムパターンをやってみた。チャボさんがどういう回答をくれるかによっては、伴奏はマリンバのみになる可能性もあったけど、リハーサルで即刻、太鼓、いいね、、と返してくださる。試行錯誤の1曲となったけど、演奏を振り返ってみると、自分のこの曲への解釈は願った形にはなっている。形が決まったのは本番の日の午前だ。デュエットの中では一番心配したけど、ああ、この曲は再演したい。歌詞に惹きつけられてもちろん、でもチャボさんの8月の配信で披露されたその日に、予感していた「これ共演するかも」が的中し、密かな個人思考は8月に始まっていた。そして、マリンバパートのあのパターンについては、かつて聴いたパリのモダンダンスの女性が使っていた楽曲を思い出して、リズムの形を小節内で逆にたどるという奏法を入れてみた。これは私がよく使うパターンだけど、このディスタンスにはすごく相性がいいリズムのように感じてしまった。

と、ちょっと読む人にはどーでもいいような振り返りになってしまったけど、、

ディスタンスという楽曲、、この世の窮屈さ、鬱屈、叫びの中にマリンバと太鼓でフラットな感情移入を避けたアプローチをしてみる。ある種完全なリズム隊になりたい。そうすることで、より一層チャボさんの言葉の悲痛さを浮き彫りにしたい、、などと勝手な理想を持った自分は、「ああ、こういう楽曲を書けるようになりたいのだな、、欲張るな自分、、さあ、リズムリズム、、」演奏中にそんな至らぬことを思っていたという振り返り。〜その2〜

 

 

 

 

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