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2023年9月の投稿

2023年9月26日 (火)

姫路、、終了

コロナ禍で中止になった公演はいくつか、でも、延期として必ずいつか叶えたいね、と願っていた「語り寿歌」(かたりほぎうた)は、姫路公演も終了しました。

いろいろと難題が多いと思っていたけれど、一つ一つクリアできた、音楽担当という責任は、自分一人舞台よりちょっと精神的にも重さがある。脇にいて音楽で芝居効果を生み、一つのドラマを完成させるという意味で。好きな仕事だと思っている。

姫路では久々に、本当に久々に劇作家、寿歌の作者、北村想氏とも再会。ちょっと緊張。でも今の自分の創作を見ていただいたこと、幸せなり。

それにしても船戸香里さんは一人で3役を演じる。まあ、講談だから。こちらも曲の幅があちらこちらと飛びますので、演奏中は切り替えも必要で、同じテーマの雰囲気で演奏するわけにはいかない。なんたって、ストーリーが波乱しているっていうか、終幕までの距離感は近くでもあり果てしなく遠くでもあり。ラジオから流れる音のようでもいたいし、すぐ目の前の人に伝えたいライブ感でもありたいし、はたまた、宇宙の果て、ずっと向こう、氷河期に入った地球の穴ぐらの誰かに届け、、とか、まあ、変なことばかり考えてしまうくらい、、音の方向性を考えながら、マリンバ一つの素朴さと向き合って、そして飛びまくっている。

今っていう時代は、この語りで聞く長いストーリーに耐えうる時代であろうか、そんなこともよぎった。なんでも即席的に見えちゃう時代において、「目に見えない観客に向かって綴っていく」

演者(役者も演奏家も)はその忍耐の幅を聴く側より何倍も培って養って磨いていく立場にいるように思う。それがいい具合の振り子作用で、お客様と交信していくこと、果てなく大きな課題の前に座していることに気づきながら、、

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2023年9月 8日 (金)

荒野に一輪、そして姫路公演近づく

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七戸公演の初日に、薫姉さんが運んでくれた、いつも美しい花瓶にその日のお庭の一輪を届けてくださる。

木槿、、あまり見ることのない花一輪の儚きを、マリンバの共鳴官の前に飾らせてもらいました。

まるでこれから始まる「寿歌」の切なきにそうような、荒野に一輪、、まさしく、なんて粋な人だろうと(ご本人はただお花を祝いに持ってきてくださったお気持ちだけだろうけど)

飾る場所がここでなくてもよかったけど、音の振動する場所ならお花もちょっとうれしきかな、、っと。

 

さて、いよいよ近日になりました。姫路公演です

神戸新聞に記事

船戸さんのインタビュー記事が掲載され、丁寧に綴ってくれております。

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こちらは音窓ARAYAでのショット

小劇場風に設ました。この場所に本格的なお芝居設営という形は初めてです。うん、手応えあり。やれないことはない。

予定より多くのお客様がご予約、ご来場くださったことで酷暑の日々、冷房具合を心配していた私ですが、実際、とてもとても暑かったけど、皆さんほんわか、ゆっくり鑑賞くださり笑顔で帰っていきました。こういうものをこんな近くで観れて感激、というお言葉に支えられました。

寿歌、そのものへの感想もいくつかいただいており、ずっしり。

北村想戯曲を実家で発表できたことも予想だにしなかったことでもあるから、、やはり頑張ってよかった、、嬉しい。

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2013年の初共演から10年、今度は船戸さんの振り袖講談、一人で3人の役を語り分ける、お見事です。

演奏に選んだ曲にはパロディ、伏線、散りばめて、有名曲をちょこちょこいじって語りとタイミングを合わせたり、それはそれはスリリングな仕事ですが、やはり劇音楽を担当できる醍醐味の一つは「自由性」

泉谷しげるを歌ったかと思えば、バッハのアリアを弾き出す、その自分が感じた「必然性」に沿う

解釈がちょっと違っても面白い、すでに戯曲の次元がぶっ飛んでいる、そんなところにお邪魔しにいく音楽っていうものに、秩序とかお決まりの手というものは必要なし。もちろん伝えるための「創意性」はいっぱいする。

もっとやりたかったのは戯曲の流れを「裏切る」、、ここがまだ納得の境地までは到達していないけど、、裏切る効果があればやり、ほどほどに仕舞い込むべきなら冷静さを忘れずに、暴れる。

って、これは観ていただかないかぎり、何を書いているの?と言われるだけの文章。失礼しました。。

なので、、ぜひ観にいらっしゃいませんか😀😀、、、9月17日姫路イーグレひめじアートホール 

 

場面の悲痛を歌いたくはないけど、清らかな旋律を鎮めながら歌うと、どんどん自分が感じ始めている「地球のこと?これは」の焦燥感のようなものが浮き上がる瞬間がある。

生命体としての今をどうあなたは生きるの?と呼びかけのような節に聞こえてくる、、自分の曲でこんなことを言うのも図々しいに程があるけど、それは北村想の台詞を歌にした以上、責任持って言葉を熟させて歌いたい、、「君は火の粉のごとく星に生まれよ」

この曲だけは大ホール、大天井で歌いたい、、そんな境地

今回の上演では、それらに生命を吹き込みながら、でも決して喋りすぎない音楽を心掛けています。情景だけを映し取るような劇音楽ではなく、ヒューマン&ネーチャーの物語性を作る音、その裏側の孤高もできるなら描きたい、、

何を書いているのかな、、でも掴めそうで掴めない、その大きな球体の荒野を歩いている私たちには、この戯曲の世界観、人ごとではなくなってきていると言うことに震えてしまう。

そう、核戦争なんてあってはいけない。

そして、主人公の「キョウコ」が希望に向けて駆け出す足音を、ずっと聴き続ける社会である方がいい。

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