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2024年8月の投稿

2024年8月30日 (金)

ちょっとは成長したい、誰だって

早い午後の時刻なのに、もう空は重く激しい雨が降り続いています。皆様の地域はだいじょうぶでしょうか?

こんな日でも雨合羽がびしょびしょでありながら郵便配達の方々が小さな封筒一つでも玄関まで届けてくれるということ、、仕事とはいえ、頭が下がります。

昨夜ラインで、友人に台風見舞いの一言を送るだけでしたが、こんな天気であの人どうしているかな、、と考えたりすること、それしかできないけど、思い馳せる人がいるってことはちょっと繋がっている人を持っている小さな幸せなのかもしれませんね。ただその人を想う、それだけでも、、

そんな時間、先日担当したセミナーの動画が送られてきました。振り返りをすればもう反省だらけは常なるも、最近は画像や角度やら、撮る人のレベルが高いため、自分の欠点も露わになる、知らなかった自分をあからさまに見せられる、もう落ち込みの連続の真っ只中にいることは多いのですが、でもでも、「ちょっとだけでも、自分の成長度はどこか。それはあるか、ないか」と必死に探す余裕があるってことに驚く自分もいて、、笑

〜ああ、こういう感じのことを自然に発言できるようにはなったか、、

〜ああ、流れを止めないエネルギーだけは保持できるようにはなったか、、

〜ああ、断片ではなく、話しの流れを作っていることは作っているか、、、

では反対に自分のダメなところを書き出したら、この3行どころではなし、、ブログに書き留めるより心と頭に叩き込み、次回へ備えよ、となるわけですが、それに書き出したらもう立ち上がれないかも、、という個人的不安要素が大きくて、、自分を傷めることは、できません。やりません。笑

ということで、〆切まじかの山のような原稿作業をする間に、反省などに時間を費やすよりも、ちょっとは自分を信じて前向きにって想うくらいのつかの間、台風が穏やかに過ぎ去ってくれますように。

 

 

 

2024年8月29日 (木)

台風、あまり暴れませんよう〜〜

盛りだくさんの8月の予定は実はまだ終わっていないのですが、この台風の影響で予定変更も生じています。

私には珍しく、いくつか夏にホームレッスンの依頼も受けて、遠方からプロ活動しているマリンバ奏者も迎えるはずでしたが、交通手段に影響ありそうですから昨日のレッスンはオンラインで行いました。バス移動してくる高校生もいます。かつて私は夜行寝台B寝台という狭い列車で毎月東京へ通っていたことを思い出します。やはり台風という日にぶつかり、先生の家から駅まではびしょ濡れ、傘は小太鼓を守っていたためです。笑

最近の災害は度を越しているので、あんな昔なら、何があってもレッスンには行くぞ〜で根性行動できたけれど、、今なら先生の方からきっと「来なくていいよ」と言ってくれそうだし(自分は都内からの生徒にも、大雨くらいでも無理しなくていいからね、と先にラインをする優しさ、笑)、、

どうなっているか、この地球気候変動

今なら、まず行動においては社会がストップをかけますね。

ということで、昨夜は一人で最近レパートリーにした音を録画して反省材料見つけたり、昼は晴れていたから近所のレストランで一人ランチしたり、念の為、ホームセンターの防災グッズコーナーをトボトボ歩いてみたり、買い足すものを買い足したり、、

家での原稿作業やら、まだ情報解禁できない音のことを準備したり、天気が良くなったらドライブする場所を決めているのですが、、ちょっと閉じこもりが続く予想です。

台風がどこを通ってもどうか暴れませんよう、、願うばかりです。

最近、写真は写真でも、美容師さんが教えてくれたLINE Cameraでレイアウトを楽しんでいます。

出来栄えは、?? レストランのコーヒーカップとか孔雀の羽の色と、自分の録画写真とか、、息抜きにコラージュって楽しいものですね。

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2024年8月28日 (水)

遠野への旅

少し前の旅です。実家から車で東京へ戻る(今や、どっちへ戻る、と言い表すべきかが曖昧になっている昨今)旅路には、岩手県の遠野に立ち寄りたいと計画しておりました。東京での仕事ギリギリまで青森にいたので、今回の遠野は下見程度の短い時間でしかありませんが、それでも十分に私はこの地を楽しみ、驚き、そして再訪を決めました。

遠野が気になっていたのは、さまざまな理由からですが、その一つ、フェイスブックに投稿した文を以下に

遠野を訪れた理由の一つとなったきっかけは、普段大切に読んでいる2冊の本、阿部ヤヱ著「わらべうたで子育て」にあります。

この著者の生まれた地、風、水に触れたかったこと。授業や講座で使用するたびに湧き上がる何か、切り離せないエニシ(縁)、唄の本ですが、それ以上に伝わりくる切なさ、哀調、、あゝ、私はこれを知っているような気がする、そんなふうに思ってページをめくる、その時間がもう少し肌に浸透するような時間が欲しい、、

時代は違うけれど「家」とか「本家」の意味あい、歌のような方言の丁寧語、私の幼少期に感じていたものがチラホラ、共通したものが本の中に吹いてるようで…
昨日まで続いた打楽器講座の中では、もちろん打楽器やリズムの話しのために紹介した2冊(CD付き)です。
こんな素晴らしい記録の本が残されている、その風土とは、、人々の暮らしとは、、
子どものためのわらべうた、という解釈を超えている、人が人に関わる歌、そして育て上げるという言い方より、互いに生きやすく、楽しくなるような知恵、、そうした根本にどんな空気が流れているのかな、、遠野の神秘を知りたい、、
時代は違うけれど、きっと何か肌で感じたいものを求めて、、ただ風を求めて、、そんな時間でした。
遠野博物館のエントランス、、この写真が導く世界が素敵でした。
今回は街中をぶらり、、

南部神社付近


暑すぎて、お山の上までは行けず


柳田國男の「遠野物語」を辿る社の森、、
今回の旅はまずは導入編でした。
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建物も、景色も写真をあまり撮っていませんが、デザインの素敵なショットをいくつか、
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石畳、、このあたりで、イギリス人女性と会話、日本のことをよく調べての旅をされている。
一緒にコーヒーを飲んで、、川をじっと見つめて、、
こんなふれあいも旅の楽しさですね。
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2024年8月27日 (火)

講座で紹介した資料について

お約束していた方々、遅くなってすみません。

昨日、この夏予定した全ての講座担当が終了しました。

こちらが決めた課題、主催側からのご要望に沿った課題、どの講座にも私の経験からの考えをめぐらしながら、には変わりありませんが、課題に沿って講座の組み立て方を1から考え直したもの、前夜になって与えられた時間の短さに気づいて慌てふためき、、笑 結果、主題を少し柔らかめに方向転換したもの、

もちろん、長ければ良いというものではありませんが、課題の提示によってはこれは短すぎると気づいた時点で、大幅に内容を削るのはちょっと残念でもありました。こちらの勘違いは今後への反省点。

演奏、ライブなどでは時間が予想より伸びて高まりの中で、終演ということはあるある、でも講座は前後の関係もありますし、喋ってセッションしてって、、厳しい、、精神的な時間配分ってやる側の責任ではありますね。

ここで思い出すのが、クセナキス、ライヒの講義を受けた際、どちらの作曲家も首に大きなストップウオッチを下げていたこと。時計をチラチラではなく大きなストップウオッチ!さて、これは時間以上のことはやらない、という姿勢なのか、時間内に美しい講義内容を分割して配分するトークのための方策なのか、、偉大な作曲家たちのことですから、その分割話法に違いありませんが、、

話が逸れました。

では本題

リズム課題で使った本の紹介

(こちらは国立音大のサマーセミナーの一コマの最後にセッションした際に紹介しております)

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この本をなぜ使用するのか、そして、使用の注意点などについてブログで簡単には語れませんので、機会を改めます。

リズムセッションのパターンだけを安易に使用する方法は避けたいと思っています。これは講座の流れの中で、私のリズム合奏に得ていただきたい「律動のフラット作法、共同拍動意識」という方法で紹介しておりますので、お伝えまで。

そして、オノマトペの本の使用もありましたが、それは別項目でブログで紹介しますね。

ここでは一昨日行われた、舞踏家のさとうみどり先生が講座内でなんと私のCDの中から2曲を選んで下さったので、それを紹介します。

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1曲目 暁(さとう氏のウオーミングアップで流れました。みなさん気持ちよさそうに音楽に乗ってくれました)

14曲目 霧と木のアリア(講座の最後に流れました。ゆっくりと静かな呼吸と共に安らぎました)

 

講座後にたくさんお問合せありました。アマゾンでもご購入できますよ〜

私自身はこのような音楽の活用もあるのだ、ましてやそれが自作ともなれば、心躍るようなものです。誰かに導かれる自分の音、発見、嬉しい時はこうしてさりげなく、予期せず巡って、何かのご褒美のように、、

 

 

 

2024年8月15日 (木)

8月はパワフル

7月までの自分のスケジュールから考えると、あ〜今年はできないかも、と思ってしまうのに、なんだか気づいたらやってしまうというのが諸々の8月のこと。

ホームライブ3日間終えました。雨続き、、どの日も降る降る、、そして、終わったら青空かい、、と。

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自作看板に、伯母の庭から夏萩、毎日看板が濡れてしまいましたが、束の間のご案内、華やかにしてみたくて。

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3日間のお客様、本当にあたたかい、、そして、いつもよりコメント、メッセージが多い、、これは手応えもあり、嬉しいことです。

初参加の方も、そして何より常連の皆様も本当に日程を調整してくださることには頭が下がります。

だから、前に進むエンジンがかかっているのですが。

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少人数制だから、時折、お客様をちょっと紹介したり、会話のようにトークを挟んだり、かしこまったムードよりアットホーム、まさしく。

15曲とアンコール、お客様と一緒に歌ったり、今回は会場に楽器を持参してくれたフルートのNさんや、ティンパニが得意なMさんや、15年ぶりくらいに再会した教え子ちゃんにカホンやらを打ってもらい、そんな時間はあっという間です。

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髙田雨草「五月の頃」

水芭蕉が描かれています。。

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髙田雨草「破れ傘」

13回忌となる、髙田雨草の水墨画屏風絵は好評でした。

お客様の言葉の中に、ロックもバラードも水墨画に寄り添って、心の何かがハラハラと剥がれていくような、、とか、爽快感というものが凝縮した時間だったとか、ナマに触れたってこういうことね、と自分の気持ちが弾んだとか、、楽しさがある時間、異空間、もうたくさんの言葉をいただいただけで、この夏は、、、パワフルに気合いで向かったこと、、自分を少し褒めよう。

まずは今日のブログはここまで。続編あります。

2024年8月 4日 (日)

祭り歩く、祭り想う、祭りふれあい

青森ねぶた祭り、始まりました。

今年も手振り鉦で囃子方に参加できました。なかなか練習に参加できないジレンマを抱えながらも、8月2日、3日とまずは連日汗だくの中終了

今日は休息し明日の5日に備えています。

2017年に思いきって参加の意思を伝え、初心者として右も左もわからないままの見よう見まね、いや見てもわからない、言葉を受けて、何度も指導を受けて、ああ、なるほどと頭で理解しても、手には届いていない、全く新しい世界、時を経て2024年、少しは理解できているのか、いやまだまだ深くて遠い世界、、

見ているだけではわからなかったことを、実際にその輪の中に入れば、紐解くヒントはいっぱい、そして知らないことを知っていく喜びに満ちている。だからこそ難しくなっていく。何度も何度もグラウンドを走っても入口がいつも同じところに到着する、、かのような混迷の時間を経て、少しわかってきたこともある、、、と思っていると、新しい壁にまたぶつかる。の、繰り返し、、

そして祭りはやってくる 何があっても祭りはやってくる そして祭りが終わる日もくる、終われば次の祭りへの向き合いがまた始まる

ただ、それだけの中に、生活があり、仕事があり、出会いがあり、別れがあり、祭りを軸に考えてみれば世の流れは実に単純にも見えるし、そのサイクルの中に盛り込まれた時の巡りに、笑い、悲しみ、驚き、嘆きと人は繰り返すことに気づかない。

手振り鉦を打ちながら、そんな小さな繰り返しの絵巻が、あの壮大な大型ねぶたの色彩に重なった2日間。濃く、薄く、光と影、勢いと儚さ、、

そう、ねぶたには全てがあるようで、、

明日は、何を思いながら打つのだろう

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竹浪氏の麒麟

こんな構図は見たことなかったな、、

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太鼓が夜空に染まっていきます

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背後に迫り来る麒麟の炎、、

東京からのお客様が撮ってくれた1枚。嬉しい初日

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疲れた体に、ありがたき夕飯、心身に染みるものをいただく

大きな筋子おにぎりは写真に撮れず、、食、音、脳、明日への活力となりました

感謝の日々にいます

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