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2025年8月の投稿

2025年8月28日 (木)

そこに在る、そこに居る、自然

目覚めて、一瞬ふわっと感じる時間を大切にしている。大袈裟なことではないけど、「朝だ、ありがとう」くらいかな。

って、感じるどころでもない話ですが。でも、この夏にさまざまな方と出会い、そしてそれぞれの人生時間に向き合って、そう感じることが愛おしくなっている。恩師のお見舞いに車を走らせた。ナビに頼って、狭い道を曲がる。

病気で伏せていても恩師の優しい表情は変わらず、言葉が自由でなくなった今も、それでも懸命に私の手を握り、目をしっかりみて「ありがとう」という言葉を丁寧にくださった。

涙がポロポロ、、私の方が見舞いをされているようだ。

こんな瞬間が人生に巡ってきたことを、恩師には申し訳ないけれど「人生の中の得難い美しい恵み」として受け止めたい。大好きな先生、毎回私の活動を応援してくれる誠心誠意のそのお心にただただ、感謝しかない。どうか夏を乗り越えて、素敵な奥様に見守られて、ゆっくり過ごしてほしい。

他にも、私にはびっくりするような再会がたくさん巡った。この夏は特別。。いつもそう言っているかな。でも、、心身ともに新生という気持ちで取り組んだ伯母の画廊の引き継ぎ、企画展、自分の画廊ミニライブ、、事を起こすために準備したさまざまな貴重な時間、ハードだった、でもどれもこれも意味があった。

意味を見出してくれたのは、周囲にいる支えてくれる友人たちのおかげ。それなくして何も成り立たない。同じ気持ちを抱いた夏は幾度もあったけど、あまり先を考えず悩まず思うように行動できたのは、今までとは違っっていた気もする。

自分では写真を撮る時間もなかったけど、お客様からお借りした写真で、気持ちを振り返ってみます

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ここの西窓から、八幡岳、天気が良ければ八甲田山が遠くに、、霞んだ山々を見るのも好きですが、髙田がちゃんと計算して窓の配置をしたのかな、、雲とのハーモニーがいい。

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現在は髙田雨草水墨画館と名義を作っていますが、髙田水墨画館、という表記も残されているし、この木板看板は「髙田美術館」

この夏に探し出しましたが、この名義でもいいとおっしゃる方が数名。髙田も葛藤したのかもしれません。

でも水墨画というタイトルは必要な気もして、、

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お客様が帰った後、ここに座って一人、灯りを消して月見。

あの日は満月だった。こういう時にあちらにいる方たちがきっと窓を覗き込んでいるんだろうな。

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コラボ

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Mちゃんのお庭からやってきたエントランスグリーン。センス良く設てくれる、、和風なイメージの館もちょっとオシャレに気取って、水を含ませたら毎朝気持ちが高まりました。不思議、これだけでも「善き日だぞ」と何かが降ってくる。

私たちは生かされている。

散歩の途中で目を止めてくれた人、辿れば繋がる、解き明かされる、人との巡り合いって偶然ではなく、必然かもしれません。

だからこそ、そこに在る、そこに居る、旅もする出会い、全て自然に任せながら、、

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京都知恩院のお香、漂ってます。好きなお香ですが、うーむ、やはり知恩院でのあのムードには届かず。笑

でも一日焚いていると、建物に染み込んで落ち着きます。

夕方は西窓からの光が射して、お香、仏の使者、盆の日暮

2025年8月11日 (月)

6年ぶりの開館

怒涛の日々、作業とねぶた参加など、ちょっとインフラトラブル、草刈り、、

そして、昨日6年ぶりの開館となった髙田雨草水墨画館の企画展、、開けるまで心配ばかりでしたが、今心身とも安堵感でいっぱいです。

お客様が出入りしてくれる水墨画館、本当にこの日を待っていてくださったというお客様、新聞から情報を知ってくださった方、新しい人たちが感想を残して帰ってくださる、ありがたいことです。

今朝はむくげ、インドはまゆうを運んでくださる方がいらして、画廊もまた華やかです。

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新聞社からの取材は、丁寧で開館の当日の記事アップ。

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