2月の日々
1月も早かった、、2月はもっと早く終わってしまう。
あれよあれよと、ぐるぐる思い巡らしては、何をしたのだっけ?というくらいに。
その中でも、2月15日の伊丹アイホール、閉館前の一大イベントにて音楽制作、荷をおろしたばかり、、終演と同時に安堵感、アフタートークのことなどすっかり忘れていて、あ、そうだ、まだちょっと出番あり、と焦った瞬間。
13年ぶりのホールはそれほど古い感じもせず、まだまだ多くの演劇が行われてほしい匂い、空気を漂わせていました。ホール前の公園、樹木はそのまま、それだけが時が止まったかのように懐かしさに満ちました。
北村想さんと並んでのアフタートークは打ち合わせもないままでしたので、何をどう話したか、、もう忘れてしまったものの、なんだか楽しい時間でもあったことを思い出します。
ホール入りは前日で、ホテルから向かう空色を思い出します。これから行われるリハーサルや本番のこともあるけど、それより、自分のことを考えて歩いていました。随分と長い間、音楽に関わって創作して出番をいただいて、長い細い道を歩いているかのような、、それで、今この場所にたどり着いている。
なんでもない1日に過ぎないはずだけど、体は確かにこの地にいて、心身の準備はある、当たり前のことでありながら、この普通と思えることの大きさ、幸せ、道の先に何が起こるかさえわかっていない未知数の時間を生きながら、音楽を任されてそこに立つ、自分の軸とする棒を一本、携えて、ただそれだけの材料を道連れにして、こんな危うい道を歩いてきたものだ。
大袈裟でもその日の朝は、そんなことを考えていました。
この日、立ち上げた音、何処かから繋がって生まれてきたことに変わりはなく、この音をまた私は軸棒にして、いや、一度全て忘れて、、次なる景色を見たいと思うのか、、
そんな感触が湧き起こっていました。一回全てを忘却の彼方へ、、そうしたエネルギーを放つ、そんな瞬間瞬間が音楽にはある。どこかでそのことに救われてきたのかもしれない、、、
世界にこの物語「寿歌」のような荒野があるのか、あってはならないのか、すでにあってしまったのか、、結末を知ることより、希望で繋ぐ演劇、語り、そこに奏でる音楽は、何かにシンクロすることより、台本を尊重しながらも、真っ新な筋書き(音符)で繋ぎたいと思った次第です。
遠方からも多くのお客様、ありがとうございました。
「かたり寿歌とマリンバ」
演者の船戸香里さん(右)、演出の高橋恵さん(左)
ありがとう。刻めたこと、感謝

















