カテゴリー「歌うこと」の48件の投稿

2018年4月16日 (月)

チャボさんのくれる窓。

土曜日の朝は曇り空、、

都会の高層階から眺める東京は古い映画の1シーンみたい。でも方向音痴の私はどちらを向いている窓なのかわからない。


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   チャボさんが最初に登場して、お客様に挨拶をされる瞬間からライブは始まる。

チャボさんというミュージシャンの素敵さが、例えば、その登場のSE。
それは毎回チャボさんが選曲する音、そこに私はいつも新しさを感じる。
Spring is Nearly Here が流れる。The Shadowsの日の当たるような音。

私は例えば、ドラマー、ミッキー ハートの本に夢中になった時期があったが、そこにジェリー ガルシアの存在を知らずにいた。
チャボさんの曲、「ガルシアの風」を知った2005年の初共演でミッキー ハートとジェリー ガルシアが結びついたりするように、チャボさんが開いてくれた窓がたくさんある。

「歌ってよ、ジョニ」今回のライブでチャボさんの曲を一緒に。ジョニ ミッチェル、90年代に私もちょこっと出演した奈良東大寺のあおによし、ロックフェスティバルでジョニ ミッチェルはステージでこんなことを話していた。「ロックの祭りは男のもの?なぜ、私だけなの、こんな素晴らしいチャンスに女性アーティストは私だけって?」
女性としてその紅一点をむしろ批判的に公言した凛々しい表情、女的な媚などまるで売り物にしない、着衣のスーツのダークさ、座ってギターを胸に抱えたらズボンの裾の短く跳ね上がってしまう、それを気にしないジョニ ミッチェル、を私はその日とても好きだと感じた。あーーそんなことをチャボさんに伝え忘れてしまったけど、、
歌ってよ、ジョニ、と連呼するかのようなチャボさんの声のトーンは純粋に美しかった。

チャボさんに開いてもらう窓は大きい。ニーナ シモンのSpring Is Here
にくい、にくい、、短い休憩時間にチャボさんが登場する前、こんな歌がかかる。
こんな詩を、女なら一度は歌ってみたい。いや、私は歌ってみたい。
都心のこんな風景を見下ろしながら、、

2018年3月20日 (火)

根っこ言葉

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楽屋に届いたお花。
メッセージが添えてあり、短くも、照れてホッコリするような言葉。でも贈ってくれた人の真っ直ぐな気持ちがそこに。お決まりの言葉ではない誠意。

雨の今日、新しく歌う曲の和訳に時を費やしました。
少ない言葉ほど、そこに込められている真意は深く強いから、素直に主観と向き合い、感じたままを訳することに。
選びすぎたり、体裁よく、などと言葉の周辺を気にしてはならないような…

訳した詞を、口ずさみ。
ちょっとでこぼこしてる語感。でも今の自分にしっくり。
歌う日までゆっくり見つめてみよう。

私だけが使うだろうこの曲の和訳。時々、意識する自分根っこ言葉。
誰に遠慮がいるものか。(╹◡╹)


2018年2月16日 (金)

カバー曲決める日

チャボさんのアルバム「GREAT SPIRIT」には一曲ホアチョさんによるWAVE DRUMが使われている。20年以上前にすでに、だ。また初山博さんのvibraphoneはジャズの人がいかにもジャズという風ではなしに、チャボさんの敷いてる洒落たカーペットの上を選んで弾く作法にサスガだなぁと感嘆。
斬新なアルバム、それは今聴いても。

さて、マリンバならチャボさんの音にどう向かうかなと、毎回ゼロから考える。これまでの演奏アプローチを全部忘れてもいいくらい、そこはどこまでもしなやかに舞ってみたい。

毎春、チャボさんのカバー曲を1つ選んで挑むも続行。好きな曲はリピートしたいけど、でもやっぱり新しい取り組みがしたいから、今回のカバー曲も決まり!

4月13日は今ならまだウェブでお席取れそうですよー。
4月14日は明日17日からのイープラスでお急ぎください。

お待ちしていまーす。Img_5544

2018年1月21日 (日)

緑を集めて

雪をかぶった庭にも、枯れ木は強い幹をそのままに凛として立つ。

寒気に触れ、葉色も深まって黒に近い緑に染まった草を集めて伯母の葬儀の玄関に添えました。

深夜に外気を浴びたくてドアを開けたら、1月にしてはポワンと暖かな風。
昼間に添えた葉飾りはシーンと静まった夜にも、懸命にそこで物言わず
想いをうちに秘めて、、、

そして、、鎮まる魂。

写真はうまく撮れなかったけど、、愛おしい草、枯れ木。

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寂しさは心に、、しかし、、
今は心にまた新しい風を吹き込むとき。

心機一転
新しい 歌が聞こえる。
そう、歌いたいことが
     ・・・ たくさんある。

2017年11月25日 (土)

お客様の声

2017秋ホームコンサート最終日終えました。
この日は夕暮れの音飛翔と題し、岩手県奥州市からサックスのエリカさんをゲストに躍動感あるステージとなりました。
エリカさん、いい曲を書くなぁー、スケール感にただ驚く私。
お客様の世良啓さんのフェイスブック投稿を以下に紹介させていただきます。

新谷祥子さんの音窓、七戸でのホームコンサート。
窓からは七戸のしばれる雪景色が墨絵のように見えて暮れていった。
部屋には新谷さんの音にあつめられた人たちが。

1曲目は武満徹×谷川俊太郎の「つばさ」、
二人とも寺山修司の友達だなあと思いながら
見えない幕があがった。
今日はこの場所での正式ゲスト第一号のエリカさんのサックスとのセッション。ふたりの奏でる音が月、水、海、星、道、風になり、曲に織り上げられていく。心地よい時間。

生きた美彫像のようにサックスを吹くエリカさんと、激しい舞踏のように身体を駆使してマリンバを奏でる祥子さんは好対象、あうんで調和する演奏だ。
ちがうふたりなのに、どこか地続きの音がある。風をきり土を蹴って走る駿馬のような力、息づかいがぴったり。南部の血?

エリカさんのつくった曲をメインに祥子さんの初演奏が続く。ホームコンサートで、少数のお客様を前にしても1曲も手を抜くということのない迫力で挑戦的な生音。

この音を間近で浴びると、まるで瀧の水しぶきをあびるみたいにこちらの細胞もリフレッシュする。音楽療法を受けているみたいに全身くまなく気持ちよく、いつまでも聞いていられる。

どの曲もすばらしく、バラエティーにも富んでいて聞き応えがあった。
ピカイチは「駒形根街道」。エリカさんの故郷にある馬を祀った神社への道。行ったことのない古い神社への細道が見えるみたいだった。
それに七戸の神社の絵馬が反応、反響するような、不思議なマリンバの感じ。
あとで楽譜を見てびっくり!音符がない!ほぼコードだけであんなに弾けるなんて…。

最後に初めてマリンバを叩かせてもらった。
見よう見まねで叩いても生まれる木の響きに身体が勝手に共鳴する。たのしい。
すっかり子供になってたくさん叩いていた。

2017年7月 8日 (土)

7月に歌うこと

このたびもブルーさんのブログでお寺ライブが綴られておりました。

私の音をずっと聴いて下さる方です。
ブルーさん、いろいろ気づかせてくれる、ありがとうございます。

セットリストをのちのちこのブログで紹介させていただきます。
ブルーさんの記載では「百万本のバラ」となっていますが、その原曲となった「マーラが与えた人生」という曲を歌いました。最初はラトビア語で歌ってみました。
ブルーさんのニュアンスも、そして主催のたんぽぽの輪の皆さんもおっしゃっていたこと、7月のこのお寺のコンサートが一つの季節的にも節目となっている、というようなニュアンス。
なんだかそう感じる余裕もないほど、コンサートへの準備にのめり込んでいた私。
季節の歌を取り込んではいるけれど、そっと自分の1年を振り返る時期にはなっていなかったような。。
夏は気持が前に進む。でも、昨日はちょっとした事件が起こって、自分に言い聞かせた日。

夏がどこかで言う
ほら、窓を開け放つ季節
少女は今も空を見上げているのか
あの窓で。
君は育ったよ
育ちゆくよ、夏に。

2017年7月 2日 (日)

雨と寺と音と

音なく降る雨、

境内に響く鳴くよ鳴くよ鳥

昼夜2公演はよくあること、しかし昨日はそれぞれに意義深し。
7月1日八王子市龍見寺
新谷祥子シンガーソングマリンバ
木色エレジー

ご来場下さいました皆様、そして来年もと約束してくださった方々、、
ありがとうございます。
初めて聴いてくださった方のブログから、夜の部の様子がわかります。
ご紹介できる喜び。

2017年6月10日 (土)

紅茶と歌と、、、

今日の嬉しい出来事。

ある歌を調べていたらその原曲にたどりつき、知られざるルーツに驚き、旋律の甘美さに酔いしれ、迷っていた歌詞を決定したこと!(歌詞が気に入ると、私の場合、一つ階段を上がれたくらいとびきり嬉しい出来事となります。やはり自分の口から発するものだから、、)

そして、もう一つ。
近日レコーディング準備のお弟子君から、思いがけなくもオシャレなピーコック柄のTea Potをいただいたこと。なーんて素敵なデザイン。


あまりに気にって、その歌を何度も歌い続け、伴奏のパターンが閃いた事、、
あまりにほれぼれとして、そのポットで美味しく紅茶を飲んだこと。
聴いて、歌って、眺めて、狭い家の中をTea potと一緒に移動しつつ仕事している。

明日はプランターに勢いづくミントをたっぷりいれてお茶と朝食を楽しもう。
明日が楽しみ。cafe
Fullsizerender

2017年5月 1日 (月)

母の棟方志功

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もの心ついた頃からみている母の仕事部屋に飾られていた棟方志功の裸婦。いや、菩薩。
実家に戻ればちらっと私に目を向ける。いや、眼差しを私が確かめる。
母を、想えば隣にこの微笑み。

何があろうとも心には、静かに、温かく、笑みを抱けるように生きたい。
母は歌が好きだったから、菩薩の周りに母の声も聞こえたりする。
今、私が歌を日々に感じ生きているのは、もしかしたら母のおかげかもしれない。

毎日仕事をしながら口ずさむ母の声は、いつまでも優しく尊いもの。


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そして今日から実家で1人合宿。
この部屋でマリンバキャンプなり!
冬場とは違う響き、北国の春の陽気に戸惑っているみたい。
トーンを丸くするより、ちょっと木の跳ねっ返りにパンチが欲しい。
周囲が静かなせいかもしれない。
木の振動が鮮度高く、微細な成分すべて聞こえる。

これは声をのせるのも恐いほどの音粒子散らばる。
弾きこまねばならないな。

母よ、棟方志功様よ、
見守ってくださいね。

2017年4月 3日 (月)

デュエットなのです。

時々思う。リハーサルの途中で思う。

「チャボさん、ドラマーさんの参加もお願いしませんか?」と。
一瞬思う。
でも、声にはしない。いや、声にする前に、それはやはり、デュエットとして新谷を拾ってくださったチャボさんに対しナンセンスだとわかる。
それはライブ中にわかる。
本番後にわかる。
そして今日もわかる。
デュエットでやらせていただくことへの意味。

ドラマーがいればどうなるのか、それは簡単に予想できる。
私が希望しているのはそういうことであるなら、ちょっと違うニュアンスでチャボさんと向き合っていたであろう、、、と。

仲井戸CHABO麗市の隣に並び奏でる。
自分の技量分で並ぶ。
とんでもないものが自分に跳ね返ってくるものを知る。
そこから飛ばせるならチャボさんに送り返せるようなものを送っている。
その送ったものが、どうなるのか、もう少し探っていくまで、
チャボさんにもっと頼りたい。

それは、、
ステージにいる人が自分以外に1人であるときにしか生まれない「頼り」である。
頼るためには、生きた音、生きた言葉、を堂々と持ち得る深みを身体に組み入れること。

2人も3人も複数と呼ぶ。
でも、2人と3人の間にはとてつもなく大きな差があるような気がする。

デュエットである幸福感をずっと知っているのに、、、
なぜ今日はこんな可笑しいひとり言。