カテゴリー「創ること」の38件の投稿

2022年3月15日 (火)

儚い、だから音楽

あと何回、こういうことができるだろう、、これは常に頭をよぎる。

CD制作も、ライブ活動も、自主的なコンサート企画も、無限に続くわけではない。

一回きりかもしれない、そう感じながら全てに取り組んできた、その連続。

もっと言えば、指導の現場でも同じことを考えるようになった。

この若手に、私が今伝えていることは、きっともう繰り返していうこともないだろう、と考えて向き合うようにもなった。

いや、何か使命感とか、そんなものでは決してない。

そして、大袈裟な人生観でもない。

普通に、何気なく思うことになってきただけかもしれない。

特に、演奏、一期一会の感触は増すばかり。ステージ演奏が多かった30代、40代は余裕がなかったから、あまりこういうことを考えている時間もなかった。とにかくその場にしっかりと立てること、打つこと、弾くこと、奏でる内容の質の向上、そこにかけがえのない家族があり、自分個人の思考、生活が同時進行。

今、こういうことを書きたくなったのは、週末に計画したホームコンサートの内容を組み立てながら、企画する楽しさ、初めてお迎えするお客様、どういう音の贈り物を組み立てることができるのか、その時間の充実度に我ながら驚いているから。自由にお迎えする時間、私の時間でもある。

そして、その人にとって一生の思い出になるかもしれない、いやどう刻まれるかは別として、音楽と同時に考える人生の一コマ一コマ。

故郷ではぼーっとすることも選択肢。レンタカーでどこまでも走る、もあり。でも、冒頭に書いたように、

あれ?あと何回、こういうことができそう?自身の体をしっかり使って、何かの種蒔きくらいのお役目はしたいもの、、そういう気持ちが高まった時に、私は「やらない後悔は嫌だな」と呟いている。

今朝は、雪が舞う。寒いけど、花粉症はしばし治まってくれている。

Img_4762-small B6e270b66fcd43a0b4cde93c08567b6e

 

 

 

2021年12月30日 (木)

詩を作る 詩を捧げる 

Img_4296

これまでのコトバは私がチャボさんと出会っていない時に作られた多くの詩。

先日、受け取ったこの2010~2021の詩は、知っている、、ええ、、ずっと聞いてきたコトバたち。

時にはステージの上で、ライブで、配信で、、

いくつかは、奏でながら同じステージの上で、真横で聴いてきたコトバがそこにある。

詩を捧げる、そういうレベルでコトバを紡ぎ出せるには、自分は今、時を必要としている。

諸事情で少しブルーな気分の年末になっているのですが、それでもコトバは生まれる。

 

2021年6月26日 (土)

音の旅、動画です。

水の流れを聞くためだけに、川辺を探しているここ数年の自分がいます。

でも、最近は、その場所に自分を運びつつ、音を受け、音を奏で、音を考える時間が増えました。

 

https://www.youtube.com/watch?v=o3shyeH-cOY

音はプロに録っていただく。編集していただく。自分が聴きたい音を達成できる。

でもこれまで同様、たまには、自分のアプリで楽しみますが、、、

長い即興の中から抜粋している映像です。バラフォンを自分の身体の一部のように扱うまではまだ長い道のり、そう気付かされますが、

それでも、少し自然な呼吸ができるようになってきた、そのプロセスを得ている今です。

自然の中では、人間の奏でる音など、小さな存在にすぎませんが、それでもこうした瞬間瞬間に出向くことから、

人の役割もどこかに見つけられそうです。

Img_2793

2021年5月 5日 (水)

われに五月を

Img_2407

じっとなどしていられない。バラフォンを手入れして、外で音を出しました。

この空間は私が時々、鳥の声、葉音、風を感じに行く場所です。家を出て1分、雨の日も音が涼やかに流れます。

今日のブログタイトル「われに五月を」は寺山修司詩作の言葉ですが、昨日は寺山命日でもありましたね。

このバラフォンを打ったあと、鈴(れい)をバックにしのばせ寺山修司のお墓のある高尾霊園まで出かけました。車で15分、時折散歩コース。

連休中に出かけると、同じ霊園の忌野清志郎さんのお墓ではじっとその場所で時を過ごす人がいます。トコトコ坂道を上がっていくと、やはり、、

空が高く、なんだか「スローバラード」が聞こえそうな日でした。

朝から外で音を出したせいか、寺山のお墓の前で鈴を一振りするも、なんだか一人音楽祭みたいで楽しく。

鈴一つの音ってなんて清々しいのでしょうか。

今でもたくさんの寺山詩に自分が思うまま作曲をしていることに変わりはなく、、、

音楽は、、いや、一つの音でさえ、ああ、どこまでも深く遠く、心を動かすものです。

 

 

2020年12月20日 (日)

冬のノート

Img_1335

めぐる季節

また書き出す冬。

Img_1337

温もりを溜めて、、朝

 

去った出来事は、書こうとはしないものだ。

でも、去ったゆえに、、

美しい霧が立ち込める

だから、描きたくなる。

 

 

 

 

2020年8月30日 (日)

2020ホームコンサート終了!

ひっそり東京へ戻るつもりだった。

でもゲリラライブの急遽決行となり、結論から申せば、やってよかった。やれてよかった。

やるべきことだった、、、とは言い過ぎかもしれないけど本当に決断してよかった。

音楽を欲して参加してくださったお客様、義理で来たという方はいない。聴きたいと駆けつけてくれた、、そんな人たちに囲まれて幸せな時間を過ごせた。

優しく、ちょっと切ない時間だったと思う。誰にとっても、、そんな雰囲気であったように思う。

楽しかった、という言葉で帰っていってくださるが、実際にはその「楽しい」に含まれるのは個々の心の動きではないだろうか。

たのしい、、という言葉の奥にある、非日常的な冒険時間であってくれたらいい。見ぬ世界、皮膚に伝わる振動、一つの窓を開ける鍵、、であってくれたらと。そういう誘いができるくらい、自分はもっと自由でいたい。もっともっとそういう気配を持ち得る人間の深さを学びたい。

会場は6人〜7人の椅子を配置。椅子より床にべたっと座して聴いた方もいた。なんだかいい、、そういう感じでいいのだ。

私自身は2月後半から、久々に対面でコンサートが叶ったことになる。

ああ、音楽は続く、、、生まれる、、

 

ご来場のみなさまへ感謝を込めて、、新谷は弾き、歌い、作り続けます。ありがとうございました。

いつかぜひ、と言ってくださる方々へ感謝を込めて、、新谷は弾き、歌い、作り続けます。ありがとうございました。

そして、急遽決めたので普段ならお知らせしていた方々の住所や連絡先を東京に置いたままで、連絡ができなかった方々へ、、お仕事の都合がつかずと残念がってくださった方々へ、、きっとまたやります。ありがとうございます。

この空間で生まれる音のひととき、、そこに小さな光が揺れる、、その光を一つ灯せる人間でいたいな。。

Img_0137

2020年7月25日 (土)

ヨロコビのアート

 

ファーストシルク、そんな名前にまず新鮮さを感じました。

大金明子さんの個展で私の音が鳴っているのですが、作品の断片だけを見ていた時期に音を考えていました。でもこうして作品の中に佇むと、想像していた世界より、もっともっと繊細である作業にまず驚きます。そして、造形美というよりは、「生きている」「息吹」「永遠」そんな言葉を感じました。

私は音のインスタレーションのつもりで考えた音、即興の構成なのですが、蚕から繭になる過程で最初に吐き出すシルクを摘み取って、汚れを一つ一つ落とし、形成していくという、その新しい美の球、糸、ねじれ構造の綾。

ここにも強く美しく繋がった命を感じます。音が作品の邪魔にならないように、、そう念じての即興でした。それはなんとか成功はしているのですが、この作品に触れた時、ここに新しい息吹を吹かせるとしたら、、、

それはもしかしたら、無機質な音よりも、何かもう少し「喜び」を伝える音、情感を持ち得ない音を好んだ大金さんでしたが、私はもう一歩、もしかしたら作品に対しては音の熱量も加えても、作品は毅然とその姿を現してくれる、そんな風にも感じました。音楽演奏というより、音色に対してです。木の音は似合います。ここに木のよじれたような音、素直な響きだけではないもの、、そういう欲求がまた自分を動かしました。

喜び、悦び、喜び、歓び、いろんな文字に変換されるヨロコビ、、

繭はどれを好むだろうか、、

 

 

 

Img_1254 Img_1252 Img_1253 Img_1251

2020年7月14日 (火)

マリンバでアンビエントに参加します

思いがけない出会いがあり、明後日から始まる大金晶子さんの個展で私の制作した環境音が流れることになりました。

マリンバでアンビエントサウンド、相談を受けて音作りが始まりました。即興的に音を紡いでいましたが録音はどうしよう、ということから始まり、パソコンに備わるアプリをフル活用。機械音痴の私でも、少しづつ理解できる面白さ。

マリンバ以外にも打楽器を使って、個展の作品の邪魔にならないような、いや寄り添えるような音の創作。

なんと言っても作家の作品が、とても興味深いのです。蚕から繭に、、、そう。あの桑の木から生まれる繭。その使われずに捨てる部分を利用したアート作品。

森羅万象〜cloud~    音の数々にタイトルを考え、イメージした音を時に無機質に、時に憩いとなるもの、森羅万象のその微細な一つだけでも、そんな思いで表してみました。

個展は東京都のコロナ感染も増えていることから、あまりご無理せずにとご本人。でも自分の音の場はやはりのぞいてみたいと思います。もちろん大金さんの作品とのコラボ、、にワクワクで。

Img_1175

パソコンに取り込んだ私のマリンバの音波形も、ちょっと雲みたいです。

Img_1176

2020年6月 7日 (日)

散歩は忘れない。

Img_0825

そろそろ外出での仕事の準備です。まだ本格的になろうはずもなく。

それでも、6月の風に誘われて、少しだけ動けるようになる気配。

本来なら訪問するはずだった小学校、支援学校、国分寺市でのサロンコンサート、あるオーケストラでのリズム講座!!

そして、恒例のお寺ライブ、今月も演奏はマルマル、はい、ありませ〜〜ん。

そんな中、ちょっと音作りのチャレンジをいただいています。形になるかどうか、この小さな部屋からの音作り。

夕暮れに散歩は日課になりましたが、音を考えているとその散歩時間を忘れてしまう、、

音作りが先か、体力作りが先か、、、最近の回答は

体力作り。

音のために、、

 

 

 

2020年1月 8日 (水)

アラヤのアリア

0866eef0d0e54d8c9117f0b7a685b477

外は雪です。昨夜はロックセッションとなりました。そんな時間、ふとケイタイに届いた嬉しいメッセージ。昨年リリースのアルバムについて。

Iさんの言葉↓

いきなり風景が浮かびました。空はもう明るいけど、まだ少し暗い森の中周りは針葉樹林でした。

広葉樹林とは違った凜とした空気森を抜けるといろんな自然や街がありました。そして最後はまた森の中昼の暖かさがまだ残る、やはり針葉樹林の中一日と1年が過ぎ去っていきました。

嬉しいな、アルバムが一つのストーリーとして届いたような。

しかもイヤホンではなくスピーカーから聴いてくださった、詩がいいと言ってくださった。

器楽畑からシンガーソングに踏み入った私には詩についての感想が届くことって、ジワリ嬉しいことであります。

雪が降る景色も、雪解けの蒸気の朝も、遠くの稜線も、薄明かりの湖も、木に架かる霧の糸も、アラヤのアリア。

より以前の記事一覧