カテゴリー「創ること」の30件の投稿

2020年6月 7日 (日)

散歩は忘れない。

Img_0825

そろそろ外出での仕事の準備です。まだ本格的になろうはずもなく。

それでも、6月の風に誘われて、少しだけ動けるようになる気配。

本来なら訪問するはずだった小学校、支援学校、国分寺市でのサロンコンサート、あるオーケストラでのリズム講座!!

そして、恒例のお寺ライブ、今月も演奏はマルマル、はい、ありませ〜〜ん。

そんな中、ちょっと音作りのチャレンジをいただいています。形になるかどうか、この小さな部屋からの音作り。

夕暮れに散歩は日課になりましたが、音を考えているとその散歩時間を忘れてしまう、、

音作りが先か、体力作りが先か、、、最近の回答は

体力作り。

音のために、、

 

 

 

2020年1月 8日 (水)

アラヤのアリア

0866eef0d0e54d8c9117f0b7a685b477

外は雪です。昨夜はロックセッションとなりました。そんな時間、ふとケイタイに届いた嬉しいメッセージ。昨年リリースのアルバムについて。

Iさんの言葉↓

いきなり風景が浮かびました。空はもう明るいけど、まだ少し暗い森の中周りは針葉樹林でした。

広葉樹林とは違った凜とした空気森を抜けるといろんな自然や街がありました。そして最後はまた森の中昼の暖かさがまだ残る、やはり針葉樹林の中一日と1年が過ぎ去っていきました。

嬉しいな、アルバムが一つのストーリーとして届いたような。

しかもイヤホンではなくスピーカーから聴いてくださった、詩がいいと言ってくださった。

器楽畑からシンガーソングに踏み入った私には詩についての感想が届くことって、ジワリ嬉しいことであります。

雪が降る景色も、雪解けの蒸気の朝も、遠くの稜線も、薄明かりの湖も、木に架かる霧の糸も、アラヤのアリア。

2019年11月18日 (月)

Img_9558

家でのライブは3年目となりました。青森県七戸町、小さな街で育った私、でも生まれてから10代を過ごしたこの場所、この土の上で演奏するということの意味が、この年齢になってみますと、いいようのない深い価値観を歌に与えてくれます。

その歌というのは、声をだすシンガーソングという意味だけでなく、楽器演奏の上に立ち込める歌、という意味でもあります。

ある意味では辺境という場所であること、本州の一番北にある地域の風土や歴史、江戸末期くらいまではなんとか辿れるようになった自分の祖先の来し方。古い木造の家を母が嫁いでから何度も手を入れ、そして新築された家を見届けてすぐに亡くなってしまったその母の存在とその場に新しい風を吹き込まずにいられない私の衝動。

「家でコンサートできるなんで気楽でいいわね」「素敵ね」「なんか贅沢」どの言葉も素直に受け入れよう。

でも、私の本心はちょっと違う、、とも言えます。ここは置き去りにされた異空間でもある、と。自分に言い聞かせるまでもなく、一人の静かな練習場としてあれば長い休暇も豊かな時間が得られる、と思って作った空間に、気づけば東西南北にたくさんの「窓」があり、人や光や風を誘う場所として図らずもライブ空間が可能となり、人と人の交流が生まれ、未知なる世界も広がり、おおよそ辺境という場所から予想もしない大芸術が生まれてきた人間の歴史を辿るロマンの調べも仮想、幻、として自分を取り巻き(そう、思うくらいは自由じゃないか、、)(そう信じることも自由じゃないか)

そう、そうなのですよ〜〜可能なことはまだまだある、と思える空間を一つ持つ。そしてとんでもなく斬新な試みまでやってしまいそうな空間。

そう、そうなのですよ〜未知と道は繋がっている、窓を開けば。

Img_9684

ご来場くださったみなさま、ありがとうございます。来れずともいつも応援くださる皆さま、ありがとうございます。

 

2019年4月29日 (月)

新しいCDのタイトル決定!

CDのリリースに向けて準備中です。迷っていたジャケットの方向性も信頼のデザイナーとのミーティングでいよいよ始動となりました。

何より、CDのタイトルに時間がかかっておりました。これは毎度のことですけど、、、

でも、何度も何度も音を聴きながら、もうこれしかないっというところまで行き着きました。公表はもう少し先ですので、お待ちくださいね。

リリース日も夏には、、、と決めました! 夏のどのあたりか自分でも不明。写真は録音終えた直後にエンジニアさんと。

 

Img_7805_1

2019年2月16日 (土)

儀式

レコーディングの前に、必ずそれは儀式のように、曲ごとにマレットを巻きなおします。

いや、儀式なんてことでもないのですが、曲のイメージにそって、世界に一つだけの音色になれ、と念じて
・‥…━━━☆・‥…━━━☆

マリンバを始めた18歳当時に買ったマレットなどは、今の時代のものより程よい湿り気があるようで、それはもうボロボロになった毛糸を何度もほどき、巻きなおしては使うくらい気に入ったものもあります。
Img_7710
微妙に異なる、それが「音イロ」
マレットのことを話していい、というワークショップがあったら、楽しそうです。
糸加減、巻き力加減、取っ手の柄の種類、毛糸の種類、芯の話、糸どめのこと、、
と言っても、このマレット巻きは自己流でもあり、自分のために自分で作るだけのこと。
1曲ごとに、微細なるその音色が広がることは、たとえそれが自分にしかわからないレベルであっても、作品として世にでるとき、こっそり、ニヤリっとできる自分でいたい、、と。

ふーっ!
ちょっと休憩です
Img_7709

2018年11月 8日 (木)

充実のワークショップ

http://www.meishouhoikuen.jp/blog/blog2-1.html

画廊でのワークショップ。
クラフト、音、絵本のオノマトペ、、
上記、七戸町明照保育園のブログ(2018・11・6)の記録を読んでいただくと、その様子が伝わります。
幼児から大人まで、、これから可能な限り、内容に沿った専門家もお迎えしつつ、人と人のふれあい時間、文化楽しみ時間を広げられたら、、、そんな夢膨らませてくれる一日でした。
こうして明照保育園さんとの繋がりが生まれていること、子どもたちはもう私の名前をよく知ってくれて、玄関に入ると即刻
「あらやしょうこさん、おはようございます」
フルネームで呼びかけてくれます。可愛い、、嬉しい。。
どんどんこちらにも学びの種を巻いてくれる子どもの力は素晴らしい!!!

2018年7月 2日 (月)

音楽未来 その一

Img_0404_3
お寺でシンガーシングマリンバ、今夏も終了。
暑い中、汗を拭きつつも、にこやかに演奏を聴いてくださいましたみなさま、、
ご来場誠にありがとうございます。
地域根っこ、が今年はさらに広がり、より多くの方々に聴いていただきました。

写真下
ゲスト、オカリナ君塚仁子さん(私の右)
バッハをオカリナで歌いあげます。技巧的にもオカリナで吹くこと自体が難度高いはず。
出会ったのが2015年。柔らかな人、そして強い美をもつ人。
音を聴いてすぐ感じたことでした。私からの無理難題をこなしてくれました。
ゲスト、クリストファー ハーディさん(左)
彼の演奏を初めて聴く観る方々も多かったと思います。
稀有なるパーカッション。
かつては一緒にデュオとして活動した時間が20年。
その時間の意味を問うことは、もう必要ないと思っています。
今日が今日の音、でいいのでは、、、と。
今回はコンパクトなセットでありながら、お客様の興奮を誘いました。
1人うたいもいいのですが、やはりゲストと共に創る音から私自身が飛躍できます。

そして、 主催〜たんぽぽの輪〜のあたたかな支え。
巡り会えたこと、へなちょこ母親の私に、常に風を与えてくれたみんな。
できないことはないよ、と無言のメッセージを与え続ける女性たち、、
ちょっとやそっとのことでジタバタしない女性隊。
Img_0405

今年もお願い叶った現場のサウンドを支える音響、山寺紀康氏。
この空間が別天地になる、、そう感想をくださるお客様の声のごとく、、
うまくは言えないのですが、マイクを使用した響は決してテクニカルな技術者のツマミで成り立つわけではなく、もしかしたらナマ以上に演奏者への俯瞰的思想を必要とする、、
歌いながら感じる瞬間が多々ありました。

Img_6284その二、、と続きます。
曲目のこと、お客様のこと、マリンバのことなど、、、
ブログ更新がゆっくりですが、またのぞいていただければ幸いです。

2018年5月 5日 (土)

雲に聞け

テント下で、、家族や仲間と一緒に過ごしている。

そんな、時間も久々だ。
Img_5904_2輝きの季節

連休を東京で過ごすのは何年ぶりだろうか。
Img_5922_2
昨日、日が暮れる前に駆け込んだ高尾霊園。
寺山修司のお墓にはいつもよりお花がたくさん。
私は白百合と水仙を、、

寺山修司の命日に奏でる、そんなことを考えてもみなかった私が、ちょっとしたご縁で三沢の寺山修司記念館で演奏したり、自主企画で寺山修司をうたったり、、
そんな巡り合わせは偶然だったのだろうか。
わからない。わからないことはわからないままで、いいのだろう。

真夏のような気まぐれ空。
参詣小径が美しい高乗寺。
お寺の休憩所には明らかにどちらかの劇団の方々だろうか、、、会話や服装や帽子や仕草や、、、、そんなムードが醸し出すものの中に、なぜだろう、寺山演劇に関わることの距離をまた、遠く感じる自分がいる。

私が寺山修司を歌わせていただくときは、やはり数年前に自然のまま意のまま始動したように、どうやら一人唄いがふさわしいのだろう、などと、今はなんとなくだけど、そう感じはじめている。

奏でるより、考えることが貴重さをもたらすことがある。
Img_5930
気張らずに、やりたいように始めたあの日を思い出してみようと思う。
雲に聞け、、と
会ったこともない寺山修司に、そう言われているような気分すら、私は自由だ。

2018年4月27日 (金)

妙味

昨年より、今年、

昨日より、今日、

見え方、聴こえ方、作り方、変化進化しなくてどーする。

それを知るのはこの自分であり、それを知らされるのも自分であり、続けるのも自分だから。

妙味
チャボさんと演奏できている自分に、ふと、その言葉が聞こえてくる。
セッションと呼べるものはいくらでもある。でもチャボさんとのそれはセッションを超えている。
自分で言うのもなんだけど、これは妙味と言うものだと、にわか心得る。
少しだけ前進できている。それはチャボさんと並んでプレイする自分をちょっと客観耳できたから。

上手にできたんじゃない。自分の音がチャボさんにどう隣り合っているのかを、感じる余裕が増えてきた、と言うこと。

それを私は
「これは妙味というもの?」
と、問いかけながら演奏していたという、瞬間遭遇!

長年デュエットとして新谷をステージに呼んでくださるチャボさんに、私が返せること、
それは、
「コイツ、やるじゃんか」と
まじ、思っていただけるプレイに邁進すること。
Img_5813

2017年11月23日 (木)

寺山修司リズム

今月は寺山修司の言葉をたくさん歌いました。ホームコンサート晩秋に寺山修司は似合いました。
と、自分の感想に過ぎませんが。
寺山修司ワールドから次を見る弾みも生まれています。
それはリズム。
歌詞から優先的に導かれる韻のリズム。

言葉を生かせ、
言葉を裏切れ、
言葉を超えろ、

まだまだ追求!

終わったばかりだけど、寺山修司を唄う、第2弾へゴー‼︎と、意気込み膨らむ2日間でした。

ご来場くださりました皆様、ありがとうございました。
ホームライブは贅沢、とメールいただいたり、泣きそうになる瞬間をこらえながら聴きました、とも。
寺山修司を初めて知りました、も、響に圧倒されました、も、全部の言葉に意味がある。
それはマイホームという特別な場所に起こった交差だから。

C886fcca6cad4b368b9ede6694cc8fb6


より以前の記事一覧