カテゴリー「日々のこと」の152件の投稿

2024年3月20日 (水)

彼岸は雪の一日

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昨日決めたホームライブ、急すぎて怒られそうですが、、そんなこともなく、あっという間に日曜日24日は完売となりました。

23日、土曜日はまだ若干数ございます。

少しお席を増席しましたが、やはり小さな家の中でのライブということもあり、まだ客席を密にしない方法を取ります。ゆったり聴いていただけるように、温かいお茶と共に、、

今日は朝から雪が舞う1日、、お墓参り、寒いけど供花の鮮やかさでほんわか、、私は供えてみたら白い花ばかり、、仏間には灯りが暖か、、

さて、実家では階段上がったり下りたりの繰り返し、、土日ライブまで練習も濃くなっていきます。

 

 

2024年2月27日 (火)

7Days

息子と一緒に、従兄弟の車を走らせました。

ありがとう、、安らかに、、

気づくと、思いもしない7Daysがすぎていました

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夕暮れの雲が陸続き、八甲田連邦は雲に隠れているけど、ただただ広い空が確実に明日を迎える準備をする

人間は生まれて、そしてやがて土に還る、悠久という言葉は何か矛盾しているけど、人もまたその時間の中の一部に生を輝かせる

 

2024年1月 2日 (火)

元旦のテレビ、元旦の祈り

元旦から大地が騒いでいるのか、暴れ出したのか、

なんてことだろうか、、新しい年の始め、喜びに浸っているわけにもいかないだろう。そして、先ほどは羽田空港の惨事

新幹線車内で群ようこのエッセイを読んでいたら「わざわざ悲しくなるだけの、世界の悲惨なニュースを見る必要はない」というようなことを書いていた。なるべくテレビを見ないとする理由で、確かにそうかもと思うくらい、ニュースは絶望的なことばかりだ。

私は受信料を払っているNHK以外はほとんど見ないけれど、ではNHKとなればやはりニュース、ドキュメンタリー、もしくは料理番組(見てもその通り作ったこともないけど)あとは日曜美術館。今なら朝ドラも見る。ブギウギは音楽要素が多いからタイミングある時は見る。

ニュースは辛さだけが滲む、でも群ようこさんのように、見ない、と言い切ることもできない。社会に起こっていることを知らないままでいるのも不安、緊急事態への備え、知恵も必要、特に自分のような社会性のない生活をしていると、自分を律するために、心引き締まる思いでみることもある。

自然災害に対し、人間にできる対策は限られている、という脆弱さを知る。それでも何もしないことより、何かを知ることだけで、前方を見ることができそうな気もする。災害に備えよ、はこの日本では必須だろう。

石川県の輪島市は私が留学を終えて日本での演奏活動を開始してすぐに訪問した場所。吹奏楽界の巨匠アルフレッド リード氏のバンド指導の通訳をするという仕事だった。日本海からの波を見下ろす岸壁に建つペンションに荒れた海の大波が打ち寄せる会場だったこと、その翌日に朝市に出かけ楽器を買ったこと、、、

その朝市が壊滅状態で映し出されてた。家も道路もない、、そんな景色に心が痛む

祈りを捧げます

鎮まりますように、、平穏を祈りながら、この状況に手を合わせることくらいか、、

2023年12月29日 (金)

年末ご挨拶

時のうつろい、その内側に流れくるさまざまなことを、やっとこさ漕いで、そして時に岸に乗り上げては休息し、さて、そろそろかと思えばまたその小舟を川岸から泳がせ、ふむ、この方向だったか、いや向こう岸だったか、迷っているうちに日は暮れて、、と、、

こんなことの繰り返しで気がつけば年の暮れ

今年はブログの更新が少なかったので、これもまたコロナが落ち着いて少し仕事のペースが戻ったことの言い訳のようですが、私にしては外歩きが多かった1年でもありました。

仕事の合間に、つい先日も、ふらっとドライブ、、山の稜線を遠くから近くから眺める旅、山には登らず、遠くから、、そしてふらっと帰途につく、そんな目的のないドライブ、、コロナの時にドライブしながら作った歌もあったけど、この1年はあまり書くことができなかった、、それでも、ドライブしながら、自作を鼻歌。。そして、今年はすごく好きな曲が生まれた、喜びとしていこう。

1時間も走れば壮大な山々に近づく。冬に向かう枯れ木がまた強い息を吐いている

そして、数日後に新しい年を迎える今、、

東京にいて目覚める時、青森実家で目覚める時、あれ?今はどっちだっけ?的な錯覚も。それは往来が頻度を増していたこと、、もある。

雪に囲まれる実家が気掛かりになってきたこと、これもまたここ数年の私自身の変化。ホームライブは2024年に7年目を迎える。眠っていた場所が、今は人がやってきてくれる場所になり、2017年に開始したホームライブから欠かさず聴いてくれる人たちも、、本当にありがたいことだと気づく今。

1年を通して実家に戻る時間も増えたので、家の機能というか、家をこうしてみたいという欲も増えてきたのですが、世の中の「実家問題」は私の場合、問題どころかありがたい居場所として「ここ」がある。両親からのメッセージでもあるかなと、、考える。

先日取材に来てくれた方が「新幹線の駅ができたこと、大きい意味がありますね」、、その通りなのだ、と思う。あまり遠いと感じることもなくなったけど、、それでも北国の暮らしは冬になるとその重みを実感することに多々遭遇する。便利になっていくようでいて、どこか、何かが置き去りにされていることも感じる。

ただ、時間が悠々とすぎる、ああ、それは子どものころに感じた瞬間瞬間の青く透明な微睡むような寂しさ、に似ている

、、、、仏壇の襖を開けると秋にいただいた薔薇、自然に美しいドライフラワーになっていたので、ガラスに飾ってみた。Img_1782

帰宅すれば、枯れた花、木々、痛んだ壁、でも以前より手入れし、人がきてくれるようになった家は、どこか活気づいている

毎月8日の日に市日があって、東京の花屋よりずっとずっとイキイキして見える花々が買える。安くはないが正月に花は欠かせない

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母の生花のようには行かないけど、昨夜いただいた京菓子の龍の絵を切り取って花遊び。少し勢いありか、、

午後は工事の方がやってくる。毎回何かしらの凹みを治してもらう、、家は言葉こそ発しはしないが、短期間でも私の帰りを待っては、ほころびを伝えてくる。

音窓ARAYA、2024年の音はじめは3月からとなります。

まずは、ここに集ってくれた皆様へ、遠くからいつも応援の皆様へ、心より感謝いたします。

新しい年は、東京、青森、往来を楽しみながら、一歩一歩といたします。

暖かくお過ごしください

来年は更新を増やしますよ〜〜

拙い文章ですが、読んでますよ〜のお声に支えられて、続けられております。

心からの感謝を込めて、、

 

2023年11月28日 (火)

ありがとう母校

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何年振りかな、母校での演奏。今回は5、6年生への講話、全校児童への演奏会。

パワーポイントで自分の小学校時代から現在の仕事の様子までを紹介しました。

普段作る大学のパワーポイント資料ではないし、たくさんの視点で小学生に向けたわかりやすいトーク式を作ってみると、あれれ、これは予想以上に楽しい作業でした。身近に感じてもらえる内容、そしてワクワク周りを見つめたり、ちょっとチャレンジもありだね、、というムードのものかな、、クイズ形式、児童と対話型を試みました。

みんな楽しんでくれたかな。

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6年生にはちょっと楽器に触れてもらいました。

本当は一人一人に打ってもらいたいけど、全校生徒、、今回はごめんなさい。

青森のツアーは、これまでになく盛り沢山。他にも3つの出番、取材、、

でも全てが気持ちよく運びました。

これは、最終日のホームライブ

今回セッションしてくださった方は

絵のピカタさん

舞踏の福士さんとは寺山修司と浅川マキの歌でコラボ

そして、なんと長年眠っていた父がオーダーしたであろう、木のオブジェを舞台美術に。。

その写真はまたあらためて、、

ホームライブのセットリストもまたあらためて、、

ご来場、ありがとうございました。

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2023年11月11日 (土)

これからもずっと、、

昨日、、

ひとつ齢を重ねる喜び、と同時に、思慮する時間でもありました。

母が生きてくれたその年齢になった、そう思うと人生の儚さに慌てふためくような気持ち、と同時に、ここまで生を受けて日々を紡いでこれたことの奇跡、、ありがたいことだと思います

母の生きてきた時間というのが、ここまでであったのかと思うと切ない。でも日々思う両親の時間、そこと平行線に考えてきた自分の生活のあれこれ、、

まだまだ生命の行間を彷徨いたい、そういう強い意思のようなものを抱いたかのように、しかし無念にも病院のベッドに横たわっていた母の動かぬ身体、思い返すことは辛いけれど、でも、昨日はちょっと違ったのです。何かが違って自分を迎えました。

母が父が見なかった彼らのその先の人生、、ここからは、私は両親の時間指標、平行線を持たずに生きていく、、

生命は個に宿るものではあるけれど、両親から繋いだ私の血の流れは母の生きた時間にいつも沿ってもいた脈動、、これからは今ここにいるよ、と呟きながら、その未知なる「時間」というものの上を歩いていくような新しい生命体の自分、そんな気持ちがふわっと降りてきました

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ブラームスの歌曲は地味だな〜〜と思うことが多いけど、なぜかこの音大校舎の壁に描かれている曲「我々は彷徨い歩いた」が好きです。

優しく包まれます。母をちょっと思い出すような曲ですから、、

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明日はまた水辺に行ってみよう、、寒いかな

今日は長く完成できなかった1曲がなんとか仕上がりました。それを何度も何度も歌っての土曜日でした。

これからもぽつりぽつり綴ります。

 

2023年10月 1日 (日)

10月は日曜日から

このブログをマイページを開いていたら、雨が降ってきた。突然のようだけど、ずっと曇り空だったのだから不思議もない。

雨の音が強い、そっか、、もう冷房を使わなくて良くなったからどの部屋も窓を全開していたのだった。

雨の音が好き、洪水ほどになっては困るが、雨がいろんなものに落ちて、ぶつかっていろんな音を出している、それが心地よい。

今日は優秀な後輩君の打楽器のリサイタルを聴きにいく予定だったけど、昨日突然の激しい腰痛で、今日はだいぶ回復したけど大事をとった。

それと、日々、音いっぱいの中にいるせいか、最近は本当に聴きたいものへ出かけるようにしている。後輩君の音も興味津々。でも激しい打撃音連打に、私の体は今日は無理そう。

書ききれていないけど、先週の土日もコンサートに出かけた。アマチュアもプロも関係なく、これは聴いてみたいと思うものへ、、そして、一度入ってみたかった青山の能舞台研究所、(能舞台は何度か経験しているけど)いい空間で三味線を聴いた。

それで、今日は、雨の音を選んだ、、

そして今月依頼されているコンサートで弾き歌う曲を自分用の楽譜にしてみた。東京ブギウギ、、以前から弾いてみたかったし、朝ドラともタイムリー、よーしやってみよう。

服部良一恐るべし、、楽譜を書いてみてわかった。この旋律、和音、リズム配置(特にイントロ)、知っていたようで知らない、未知数いっぱいの曲だった。朝ドラも楽しみ。演奏するのも楽しみ。

友人がくれた薔薇が花壇に咲く

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2023年8月22日 (火)

誰かがやってきてくれる夏

実家ではゆっくり一人で過ごす、ということでもなくなっています。

人と一緒、誰かが来て、何かを一緒にやったり、やらなかったり、でも、一人時間でというふうでもなくなっているな〜

それだけ、夏は時間の流れも早く、活発で、自分が元気で、誰かを迎えて、見送って、、

ということで、今週はまだ東京での仕事、来週には本当の意味で「いつもの一人夏休み」となります。

ねぶた練習から囃子方4日間出演で打てたぞ、、があり、青森市平和公園での野外劇あり、じっくりお盆あり、実家で初の企画、講談とマリンバの公演、大盛況となり、ありがたいことが続いておりました。

およそ一月で3000キロ走行した、愛車くん、ありがとう。私を安全に友を安全に運んでくれました。

こちらの写真は、友と歩いた七戸城跡、姫塚に降りる友に、暑さで動かない自分が手を振っている、、自分も歩け、、ですね。

十和田市の草間彌生庭園、夕刻にはしゃぐ。

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2023年2月 1日 (水)

森へ行こう

ちょっと先ですが、4月に演奏する場所へ、、

昨日まで体調を崩していたので、もうそろそろ外気を浴びたくなり、花を買い、空を見上げて、

枝の強さよ、、

樹木の静謐さよ、、

坂道の切り株、打ちたくなる衝動。

ちょっと腰掛けようか、

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風の揺らす音を聴いて、光が追いかける、何かを、

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この階段の先に、、、何を想うだろうか。。

今日のひんやりした空気よりは穏やかになっているだろう、その隠れ家のような優しくおいで、と言う、屋根

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誰もいない時間、インスピレーション、声、木、人、石ころ、葉っぱ、、

一人旅をする時間が待ち遠しい。

誰かがそっと聴いてくれる空間を創り出せるかな、、

 

2023年1月11日 (水)

フワッと、故郷。

正月の墓参り時の花は雪に埋もれて、、再び1週間後のお墓参りは雪にそのまま百合とカーネーション、お線香も真っ白な雪の上です。

江戸末期あたりからの古いお墓が3つ、そして母の代で作ったこの新しいお墓が中央に、古い方はすっぽり雪に覆われてしまいました。小学校1年の時に十勝沖地震で倒れた墓石を、父と翌日直しに来たことを鮮明に思い出します。他のどの家の墓石も倒れていたあの風景、子どもながらに自然災害の怖さに直面したものです。父が真剣な表情で一つ一つを起こしている姿、寡黙だった父が静かに一人で作業している姿。お墓って大事なものなんだと感じさせてくれたこと、うっすらと、、

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さて、3日間のホームライブ。数年前から継続してきた家に人を呼んで行うというこの形式。お正月に企画するのは初めてでした。

どれくらい雪が積もって、風嵐などであれば、やはり家に来ていただくことは難しいかもしれず、判断もできないままお誘いしていましたが、こちらの心配をよそに、3日間は雪も止み、皆さん明るい表情でやってきてくださり、ほっとしました。ありがとうございます。

生の音、そばで演奏が聴ける、これは贅沢だと叫んで帰って下さった方も。これを継続してくれてありがとう、という声が今までで一番多かったライブでした。正月はむしろ家に閉じこもっているから、こんな機会は最高だと言ってくれた友人は常連。音の調整(音響)、選曲、トーク、声の使い方、などこれまでよりは自分でも充実した内容ではあったけど、いやいや、精進精進。

家であろうが、心の準備、音の準備はハイステージであることに違いありません。小さな空間にもさまざまな計算を施して音を鳴らします。それらが少しばかり調整可能なレベルをもちえてきているかもしれない、と感じたライブでした。

2日目は八戸市から打楽器奏者の佐々木啓恵さんが聴きにきてくれて、アンコールは飛び入りでお願いしました。私のカホンを素晴らしい音色で奏てくれました。故郷に打楽器仲間がいることは心強いですね。

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家での過ごし方、じっくり本を読みたいという気分はありながら、やはりこの体を使いたい、音を奏でたい、人を迎えて分かち合いあい、自身の弾き歌い、創作を継続する磁場としてもう少しその先に何があるかを知ってみたい。。。好奇心ゆえのライブ活動かもしれません。

東京に戻る日、駅ピアノでわが町の小唄を即興的に弾きました。友人のR子さんが動画を撮ってくれました。私のフェイスブック、インスタで流しておりますのでご覧くだされば嬉しいです。

新幹線に乗車する束の間、時折即興して5分くらい弾きます。自由です。そして誰も気に留めない感じのこの駅ピアノで、ぽぽろんと自分を開放してみます。いいですね。

先日はここでラジオ体操の伴奏ピアノを弾く女性がおりましたし、前回は中学生のショパン。母親が厳しい表情で眺めている、、これも一つの駅ピアノ風景なのでしょう。私は自由、、もっと自由に、、即興します。風に流れていくような、いや、風がさらってくれるような音を奏でたいものです。誰かと連弾もいいな、もちろん、それも即興で。フワッと、今日も。

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