カテゴリー「日々のこと」の91件の投稿

2018年6月13日 (水)

紫陽花金平糖

鎌倉のお土産をいただきましたら、こんな可愛い金平糖。

紫陽花の季節ですね。
今日もバスの中からゆっくり紫陽花の道を楽しみました。
雨に似合う花でもあります。
金平糖から軽やかな音も聞こえそう。。。
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2018年5月17日 (木)

友の声とお茶

静岡から毎年、新茶が届きます。

友の送ってくれるそのお茶を季節の味わいとして、そして友の手紙、電話の声を耳に吹き注ぐ。
それも含めてこの季節が巡っているという嬉しさ、息吹、優しさに気づきます。
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2018年5月12日 (土)

川辺にて

川原育ちなので、(河原ではなく、川原)時折、川辺にふらっと行きたくなります。

この場所までくると、芝のあちらこちらでいろんな人を見かけます。
今日は、オカリナ練習のおじさん、(そのあとはリコーダーの練習)
若者たちのダンス部?がいくつもヒップホップ風のステップ練習。
ドーベルマンを伴うご婦人3人。なんだかとても誇らしげな貴婦人風。
父と子の川歩き。

ゆったりコースと名のついたウオーキングコースからの眺め。
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これから夏に向かい、ダイナミックなサンセットを楽しめます。
なかなか海に行けない私のプチっと水辺コース

実際には、耳の療養として勧められている川の流れの音を聞く、ということもあります。
身体作用に自然の動きと音の調和を脳で一致させること、が大事なのだと言います。
目が不自由、耳が不自由な場合でも、音から想像する風景、または図象から想像する音、
を意識的に繰り返すこと、、広がる世界は壮大に違いありません。

健常ということであっても、もしかしたら真にその耳を目を留意して使っていないこともある。
つまりは、意識的に働かせる身体の部位を、時に意識的に使わない、作動させないという試み、それは現代社会においてはある種の努力。
夕日だけでなく、朝日散歩もしよう、と毎度思ってはいるのですが、、笑
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2018年5月 1日 (火)

虫食い、そよ風

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連休ですが、カレンダーどおりの日程で本日も仕事へ。
風にふわっと揺れる葉。
虫食いも自然の営み。
葉の影に隠れて、深呼吸。
あきらかに元気漲る。
酵素は土から木々から。

五月は始まったばかり…
仕事の後は、ちょっと関心ある写真展へ。

2018年3月 2日 (金)

変化

身体的に1番シンドイ季節かな。
春の芽吹きのように、今そこに眠っていた球根が新しい鮮やかな色と形になって生成されるような計り知れない熱量を発する季節に、人の身体だって普通なワケはないでしょう。

毎日が意思と沿うように動いてくれないもどかしさ。

そんな日には菓子箱の華やぎに、おいしいお茶と読書に限ります🌸
昨日は最相葉月氏のセラピストを読了。
春にはちょっとムズムズな内容ですが、いや、春だからこそかな、心の変化にビクビクする春だから、人間って不思議な生き物として受け止めて生きるしかないと開き直る読み物かな。

音楽から見える景色にもっと敏感になりたいと思う。

あー、香り好いお茶をいただこう。
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2018年1月16日 (火)

あっぱれ!90年の時

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豊かな時を刻む、静かに与えられた人生の時を刻む。
貴女がいてくれた時間、ありがとう。

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受け継いでいきます。
自分の今を丁寧に生きたい。
伯母の90年、あっぱれ。
合掌

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2018年1月13日 (土)

祈る

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丁寧に、命を大切に、漂いながら今、生きている、私のおばちゃん。
枯れていくように、ゆっくりとだ。おばちゃん。
90歳になってもシワなんか浮かびもしない、きれいな皮膚の下に、
おばちゃんの血がゆっくりゆっくり流れを休めに行くようだ。

祈るね。
大丈夫だからね。
私のおばちゃん。

2018年1月 9日 (火)

お詫び

もし、このブログを読んでくださるかたで年賀状を送っていただきました方々、まだ私からお年賀のご挨拶もできておりません。お詫びいたします。
年末からずっと伯母の部屋に通っております。
伯母の施設の隣にこの地にしては大きな大学があり学生達が始業なのかワイワイと比較的暖かい冬に軽装で急ぎ足。
耳にたくさんピアスの男子学生、あまり見かけなくなったな、こんな主張君、と感心している間に
あ、そろそろ私も東京へ帰宅の時間が迫っていると気づかされました。

特別すぎる年末年始の時を刻んでいます。
生かされること、微細な変化への気づき、尊き命が語ること、まばゆき時間

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2017年12月31日 (日)

大晦日

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伯母が横たわる部屋にて。
小さな息で蕾をゆっくり眺めてくれています。
目をしっかり見開いて、私に、そう私に、語りかけています。

2017年12月26日 (火)

午後の、ふと。

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今月は、ただただ慌ただしく過ぎている。
先週、都心で冬の庭を歩いてみた。意識的に、そんな時間を見つけられた。
慌ただしすぎでは、声は聞こえてこない。
他者の声、自分の声。

昨夜、チャボさんのステージから、居ても立っても居られないほどの創作意欲を沸かせていただいた。
あの、ステージの立体の光だろうか、あの声のトーンだったか、ビートルズのカバーの新鮮さだろうか、ギターのオーバートーンの使い方かな、しなやかだ、とにかく美しいんだ、妖しくて、哀しくて、強くて、でもずっと美しいんだ、なにもかも。


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