カテゴリー「読んだこと」の41件の投稿

2020年5月17日 (日)

風が、木が、私ではなく。

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何を隠そう20代、私はこのタイトルの前でうろたえておりました。語感リズムに酔ったのかもしれない….
昨年リリースした自作アルバムタイトルは、この語法の持つ不確かさに同調したくなり、風が木になった。

フリーダ ロレンスが誰かも知らず衝撃的な内容の一行も知らず手にした。D.H.ロレンスとの愛の書簡、手紙のやりとりを読むことになるわけだが、重く厳しい規律の時代に翻弄されながらも、ああ、この生命力、揺るぎない一人の女性の信念。

このタイトルのように、風吹くままに綴ったというフリーダ ロレンスの最後の文が天晴れです。

いつのまにか5月も半ば。緑に反射する朝の光、寝坊な私も目覚めが楽しみです。

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2020年5月 8日 (金)

エフリコギ男衆

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本棚の奥からまた探し出した1冊です。

父が参加していた俳句の会、連歌の技法に驚く。メンバーは町のエフリコギ旦那衆。モダンボーイたちだ。

エフリコギとは私の故郷の方言でいい格好したがる、カッコつける見栄っぱり、直球ではそういう意味だが、私が理解するエフリコギには、もう一癖ある。カッコつけて、カッコよく見える、実際にそれが様になる人、、と言っては父を褒め過ぎになるが、ここに並ぶ男性たちは本当にそういう言葉が似合う人たちだ。

父の連歌を読むが、謎めいている。行ったこともない遠い異国の地名なども登場する。飲んだこと、食べたこと、やったことのないものでもトリップした語句を遊んでいる。早くに亡くなった父だが、心はのびやかに旅をしていたのだと思いたい。定年したら行きたい場所はさぞ多かったことだろうし、、晩年は好きなことをして暮らす夢もあっただろう、、でも、在職中も父はずっと家で寛ぐタイプの人間ではなかった。本当に好きなことをしていたようにも見える。

 

この1冊は父が亡くなってから出版されたようで、早くに亡くなった父の俳句の掲載は少ない。それでも、ここに父の冒険が読み取れて、この2週間ほど家にいながら私は、知らなかった父のちょっとやんちゃ気分の想い、その言葉に出くわしたことを少し幸福に感じて過ごしている。

2020年4月23日 (木)

4月の本棚から

物の整理の中で、時間が止まってしまうのは本棚。資料のための本と愉しみのために買って読んだ本と、いただいた本と、原書の本(いつか読もう癖の収集)やはり音楽の専門書の数は多いけど、好きな作家の文庫本もそれぞれのコーナーを作れるくらい増えている。

収納できる場所もなくなってきて、数年前、小説を書いている後輩にどっさり本を差し上げて、昨年は車で帰省した際にダンボール箱で2つ分の本を実家の本棚に移動した。

最近はなるべく図書館利用。年齢を考えるとそういう感じにはなってくる。

そして最近久々に読み返している本2冊。

行動範囲が狭くなっているからか、自分の周囲の音に敏感になっている。というより、これまで注意深く聞いていなかったに過ぎない、そんな「音」が聞こえてくる。

耳は受け身だ。。でも耳は育てるもの、育つもの、、であることを知らされる。

「サウンドエデュケーション 」著マリー シェーファー

「宇宙を聴く」 著 茂木一衛

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2020年4月 3日 (金)

ここに書かれていること

https://www.iwanamishinsho80.com/post/pandemic

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今朝、この寄稿文を読みました。もしこのブログにたどり着いてくださる方がおりましたら、ぜひ読んでいただきたい内容ですので紹介します。

私は心動かされました。あまりこういう投稿のシェアは普段やらない方ですが、じっくり内容を自分の周辺やらに注視しつつ文章を読み進めると、

最終項のクリオの審判は特に考えさせられます。

 

2020年2月 6日 (木)

図書館で出逢った1冊に

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日本の祭り、民謡のルーツに絡んで様々なレポートが記されている貴重な1冊。興味深くて図書館から借りた1冊。そして、、そして、、

え??自分の名前が。こういう偶然は驚きとしか言いようがないけれど、やはり嬉しいものです。

ある演奏で奏でたマリンバについてちょっとだけ触れてくれておりました。それはこちらの演奏会

2004年、三宅坂国立劇場での日本の太鼓第30回の記念となる大掛かりなイベント「空海千響」

林英哲さんにお誘いを受けて、山口小夜子さんと共演した内容に触れていただいております。私が大学生の頃、ファッションの仕事に関わっていた伯母に連れられ、東京コレクション(ファッションショー)に何度も通いました。周りに大学生なんておりません。バイヤーや報道陣、専門家、評論家などの並ぶ一等席のような所に、私が座れたのです。緊張しつつも現世からちょっと離脱の旅。夢のような世界、でも厳しいアート人たちの目に晒されるデザイナーの世界、凄み、ゴージャスでありながら、その積み上げられている多くの手仕事の裏側も知ってみたい。そんなことを思う自分のあの瞬間が蘇ります。そして、イッセイミヤケ、とりわけケンゾーのショー、そこに登場するモデルの山口小夜子さんは特別な存在感。欧米のモデルが主流な時代に、ショーのトリをつとめる重要なモデル、デザイナーが特別に仕立てたであろうここぞという服を纏って登場するのが日本人モデル、東洋の美、小夜子さんでした。

一緒の舞台に立つことがあろうとは、19歳当時の自分には想像すらできませんでした。この1冊の中に記された小夜子さんと私の音の交わり、、記録されている喜びをひしひしと、、この本が蘇らせてくれました。




2020年1月29日 (水)

Sさんに寄せて

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読んだ本を互いに紹介していた年配の女性が昨年秋、天国に召された。かつてあるコンサートで裏方に走ってくださり、その後は「アラヤさん、元気でやってますか?」「最近、読んだ本だけど紹介していいかな?」というカジュアルなメールをいただいて、私の方も読んだ本をお伝えして、感想のやりとり、短い期間でしたがそんなやりとりが生まれていました。ある時は達筆な文字が並ぶお手紙、偶然にもあるデザイナーの写真集にお互い掲載されたこともあることがわかって意気投合。コンサート会場で偶然会ったりすると、ニヤッと笑いで挨拶。好きな女性でした。

越路吹雪の本を今読んでいる。これはどっさり借りてきた資料の一部なのですが、人物伝としても歌のことにしても、女性としてもちょっと興味津々のツボが同じような気がして、Sさ〜ん、越路吹雪を読みましたよ〜というメールを、っと思った瞬間、もうその方はこの世にいないことに気づいている。

豪華客船の演奏の依頼をしてくださったのはSさんでした。でも一度も受けなかったのは、船酔いのひどい私には到底無理な仕事だとわかっていたので、断り続けたこと。でも離婚後の私の生活を助けたい気持ちもあったはずのSさん、、一度も貴女の仕事を受けなかったこと、後悔です。

今はなんとか生活は乗り切っています、でも、、やはり大波に揺れる船上は乗り切れない、、ごめんなさい。ひ弱な私に変わりはなく。でも感想を交換したい本はこれからも積み上げられそう。Sさんからはどんな感想が帰ってくるのかな、、それを想像するのも楽しいような気がしています。

安らかに、、、

2020年1月21日 (火)

横浜メリーって誰?

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数日前に読んだ新聞記事が気になり、横浜メリーって?早速知りたがり屋の鍵を開けてしまいました。

メリーさんと交流したシャンソン歌手の存在も気になり、そこは果てなく涙腺を刺激する。

今華やかな賑わいをイメージする横浜だか、戦時下の街の姿にも触れ、何よりジャパニーズロックの発端に少しばかりヨジリつつ辿りつく。グループサウンズの成り立ちがこの一冊の中に予想外の展開で書き込まれているから。音楽書ではないのに煙焦げ付く漆黒のライブハウスの天井が見えてくる。

天使は存在したんだ。

懲りずに私は今から図書館で予約済みの本を受け取る。戦後の女たちを読めば、日本の音楽シーンに触れることになるなんて、これは予想外だったから。

山崎洋子さんの著書

天使はブルースを歌う、イッキ読み。

2019年12月14日 (土)

木琴奏者の書いてくれたコラム

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まだ実際の新聞を見ていないのですが、写真を送っていただきました。

神戸新聞に翻訳絵本のことが紹介されております。書いてくださったのは、通崎睦美さん。なんとも嬉しい記事です。絵本を翻訳した私のことを、演奏歴経過で書いてくださっていることにまず驚きました。やはり通崎さんの筆の冴えによって、こんな自分のなりゆき人生?も少し彩られて読むことができて、なんだかちょっとホロっとさせていただきました。

通崎さんのことを少し。私が書くより、このお名前で検索してくださればたくさんの情報に繋がりわかりやすいわけですが、私なりにちょっと書くことをお許しください。

このコラムを読んだだけで、私のアルバムも丁寧に聴いてくださっている方だと感じて、これまたなんともありがたいことでした。同じ楽器、音楽の世界にいますと、なかなか他者の畑、他者の仕事を評価するっていうことが純粋な眼差しで行えない、ということもあります。でも優れた耳をもつ人は、優れた方法を持って音を受け止めてくれる、その楽器の表も裏側も、旨味も苦味も知っている者同志のボキャブラリー交差もあると信じて。だからこそ、同じ楽器の奏者は、できれば核心?的なところ、そこには触れずに自分の世界を歩もう的なことに、なったりしがち、、そこにきてこのコラムを書いてくださったことに、ジワリ、といたします。

このブログでは別段、記事のお礼という意味ではなく、純真に私自身が通崎さんというアーティストをリスペクトして書くわけですが、先に言うならば、同じような楽器を演奏する方の中に「一目置く存在」がいるということ、これは自分を励まします。意固地者ですからそうたくさんの一目置く人がいるわけでもありません。ま、数名。笑

通崎睦美さんがまさにそのお一人であり、彼女の演奏、文筆、アンティーク着物コレクター、京都でのお暮らしぶりなどが、その「一目置く」に値する演奏者であり、なんといってもこの齢になりますと、仕事に品と芯をもつ方にぞっこん惹かれます。

先日も銀座のホールで行われた彼女の木琴リサイタルの感慨。通崎さんが名手平岡養一から譲り受けたという20世紀初期の木琴の音色を奏で、その素晴らしい演奏に接したばかり。また「木琴デイズ」の著者であり、この著書のおかげもあって江戸木琴の登場する歌舞伎、おそらく元祖木琴弾き歌いでもあろうか、天竺徳兵衛韓噺のことを知るきっかけになったり、なんたってこの1冊は素晴らしい現代の音楽史でもあり、座右の書でもあります。(ブログに以前この本についても記しました)

そして通崎さん、やっぱり凄いぞ、と思った一つは、このエッセイの最後に選んでくれている実際の翻訳の言葉と、エッセイタイトル「打楽器奏者の翻訳絵本」。これ、実は、福音館書店の辣腕編集者の脳裏に「打楽器奏者で擬音満載の絵本に関わることを喜んでくれる人、つまりオノマトペとリズムに酔いそうな奏者」をキーワードに長い時間かけて新谷にたどり着いてくれたというという経緯、私なんぞ能力はなしとも、そこにたまたま引っかかった幸運者。通崎さんが選んて載せてくれたページの翻訳「リュイーン、ベシン」は自分の中でも気に入ったものであったし、またタイトルを見て、やはり通崎さんご自身がまた打つ生業にいる人、そんな意識がこのタイトル、ズバリ出してくれた打楽器奏者なのだ、と感じる一幕。

日頃の音の活動から繋がった文字化した私の「音戯れ」に、敬愛の木琴奏者の筆が新たな光をあててくださいました。感謝


あったかな東京の午後は、カフェの緑のエントランス席選んでゆっくり、まったり、、、

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2019年9月21日 (土)

ページの向こうに。。。

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ようやく半分読み終える。夏休み前に音大図書館の新刊コーナーから借りていた本がそのままで、8月はページを開く時間もなく、、

今回はとても興味深い新刊が並び、声のこと、歌のこと、太鼓文化のこと、それから気になっていたシーナ&ロケッツの鮎川さんの本、とか、、あと、、96歳の現役ピアニスト室井摩耶子さんの本とか、、室井さんのエッセイは豪快。現役でこのご年齢まで楽器に向かう姿、生き方が軽やか。そして、鮎川さんのシーナさんへの愛、いやロックンロールする夫婦の繋がりとその深い信頼の愛に打たれ続けます。

いい本は、自分の時間をちょっと止めてゆる〜〜り、自分を振り返るヒントがありますね。

秋だ〜〜。映画も好き、でも本は自分の指でページを行ったり来たりできる、、そのペースがいいのです。

2018年11月18日 (日)

儚さゆえ、、

まったくもって便利な時代。

読みたい論文などは、ネットから簡単にアクセスしてプリントが可能。
先日関西の国会図書館を訪問するチャンスがあったけど、多くの資料がそこに保管されていると知っても、ネットの簡単検索は問題外として、個人が時間をかけて練りだして論集とした汗の紙面をこうも簡単にネット上で探し、読める、印刷し得る、、、
これでいいのかな、と思いながらも必要な書類を家の机の上で用意できたということだけで、
不思議な充足感もある。人間て勝手。

でも本当に欲しいものは購入します。
打楽器関連ルーツに関するものは見つければ必ず、そして、リズムの優れた研究本は必ず購入しているので、打楽器専門書ラックは青森と東京に分けて置いています。東京の小さな空間には本の置き場所がなくなっているのですが、青森に置いている古い資料を読みたくなる時は、ちょっと不便。でも仕方ありません。

最近はマリンバとマラカスの歴史を紐解く貴重な文献と出会いました。
フィールドワークはなかなかに資金もかかるため、最近はあまり遠出はできませんが、現地で暮らした研究者の文献は貴重すぎる資料です。
私は基本は全て演奏や創作への起動、という意味でこれらを学びます。学術研究としての余裕があればそれはそれで発表物になる喜びもありますが、どうやらそこまでの忍耐と技術をもっていない、、ならば、やはり創作への伴侶として自分の横に置きたい資料の山。

その一つに、舞台演出の裏側を知る、という関心も大きな位置づけ。
かつてエジンバラで観た日本の演劇に感動し、帰国後はその舞台美術の朝倉摂氏の著書から離れられない時間がありました。実際に朝倉摂氏とあるパーティでご一緒できて、その時の感動を伝えることができました。嬉しいことに、その巨大で大量の襤褸布で作った見事な美術について、ワイングラスを持ちながら私に少し会話を向けてくれました。

70年代にはロックンロール、クイーンが世界を席巻していた頃、私は中高生時代。
吹奏楽の先輩からその存在を知らされていたけど、実際に耳にするチャンス、目にするチャンスなどはずっとあとから。
そして、ここにきて、「ボヘミアンラプソディ」の映画である。
観た人はそれぞれの感想で、きっと蘇った名曲を聴いている、に違いないけど、私自身も高校時代に触れたクイーンのビート、あの声の響き、あ、これのことだったのか、、と好きを認識できるまで随分な時間がたったけど、、、

そして、そのクイーンのことに関する本。読みもって面白くできている。
著者がフレディ マーキュリーのローディ、だから買いました!!
クイーンの研究者ではなく楽器や舞台演出や総じて裏側を全て仕切った肉体労働の音楽プロフェッショナルの買いた本。

ここにはその筆が、おそらく真実と愛憎と「愛」「懐古」で埋められていたとしても、それでも、そこは専門の目線、王冠をかぶったヒーローの音楽制作の心理を肌で感じたプロの秘密の言葉隠されているのでは、、
懐古どころか、舞台の1秒のスリリングなどが記されている本。
美への追求者。
そのたった1行の歌詞が、こちらの心にドンと置かれて消えようとしない、その重みある歌詞が、どうやってその創造者に生まれ降りたのか、、
貪欲に探りたくなる、、

それは敬愛するミュージシャンと共演する時、常に私に降りかかる、、、
その美しい儚い言葉は、、どうしてあなたに降りかかったのか、、
それを探ろうとする私はなんなのか、、、

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