カテゴリー「読んだこと」の30件の投稿

2018年8月12日 (日)

新幹線の一冊

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毎週のように乗っている新幹線で、楽しみは本。
先日はドナルド キーンと瀬戸内寂聴の対談本。
今日は草笛光子さんの現在の声、生活、想いに触れる一冊。
迷わず選んだ一冊。(o^^o)

2018年5月 9日 (水)

迫力、草間彌生

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作品を観ているだけではわからない、その知られざる内声、深淵と孤高。

2018年4月28日 (土)

ああ、眩しさよ。

ちょっと読んでみた。
そして、感じたこと。

ああ、この眩しさって、あった、、
ああ、この解きたくても解けようのないような感情の告白、
誰に、どこへ、ともがくような感覚は、やはり
「若さ」の特権ではないだろうか。

このまぶさし、寂しさすらも輝きとして光るのは、これは肉体の若さ、突っ走りも、涙も、抵抗も
全てが、、、あったよね、、、
だから手放しで素晴らしい、、と言えるのだ、このような時間を経てこれた大人には、、
そして、不可解だなと感じる若い人にも、きっと、いつかやってくるのではないだろうか、、
この眩しさ、、、

もう戻らなくていいよ、、
自分にそう言い聞かせて本を閉じたくなったけど、脳や、肉体とは別な部分に「切なさ」

若さってやはり、尊いんじゃないか、若者よ、もっともっと切なき恋を、、、
余計な独り言。
少なくともこれは「萌」小説ではないですね。
先入観は捨てて、私こそ、もっと早く読んでおくべきだったと。
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2018年3月 6日 (火)

カラダの本

体を使う、演奏やリズムを感じる時にの話ですが、、

ある一部を使う、全体を使う、相互関係で使う、観念的に使う、
この全てを重要と考えています。
ですから体に関係する本を読むことが好きです。
健康本ではなく、もっと演劇的身体法のカラダ、、
タイトルに惹かれて買って、まだ読んでいない本が多いのですが、繰り返し読みたくなる本は友のようなもの。
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2018年1月 9日 (火)

痛快、爽快な一冊

最初に読んだのは1984年頃。2018年の今読み返してみても、日本の音楽状況は80年代となんら変化もないのではないかしら、と感じます。痛快、豪快なペンタッチに惚れ惚れします。
これが男性の著述ならあまり感動はしないかもしれず、小島美子氏の優しい品のいいイメージの方が敢えてイジワルいタッチだからハマります。決してイジワルな話はお書きになっていませんが、事実をコンパクトにビシッと、痛快。

日本のクラシック崇拝的教育を批判の項も多く、また、自然な行為として歌をうたう、その本質的な部分に深く触れています。

お堅い音楽書ではありませんし、音楽専門の狭き分野人で読むようには書かれていません。時に抱腹絶倒!
音に触れて感じるままを、こんなにストレートに言える、書ける、ができる音楽人、いや、女、になりたし。見習いたし。

…にしても、こういうしなやかな爽快な音楽書に最近はなかなか出会わないなー。なんだか難しすぎたり気取りすぎたりでつまらない。

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2017年11月30日 (木)

実家での取材

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取材申し込みを受けたとき、まだだもう少し軌道に乗ってから、、と思っていましたが、家で取材を受けることはなかったし、ホームならではの音の場の様子を知っていただくには良い機会かもしれない、と記者さんに入っていただきました。

とても丁寧な取材をしてくださいました。以前から私の音を聴いて活動に関心も持ってくださっていた記者さんの目と耳が、言葉を紡ぎました。
新聞というのは年齢もはっきりと表示されるし、記者の感想というより記者さんの目でみた真実がそこに写し出される内容。
ある意味、こちらも「今自分は何をしているのか、したいのか、していきたいのか」という思索を練られる時間をもらう、、鍛えられる、、記事にしていただくことなんて人生で何度あるかというくらい、それは特別なことでもあるし。
自分という 側面、幅、奥行き、まだまだ尺満たさず、、を知ることは常なれど。
ホームコンサートはスタートしたばかり。記念的な取材。大切にしたいページです。
デーリー東北新聞社、デジタルにも掲載されていました。
こちらです↓

2017年6月 3日 (土)

音大時代にマリー アントワネット

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絵葉書を受け取ってハッとしました。
遠藤周作の小説マリー アントワネット、上下巻を何度も読んだ音大時代。
あまりにハマりすぎて、1番仲良しだったクラリネットの同級生にもプレゼントした記憶。
驚いたに違いないけど。いきなり長い長い小説本をプレゼントするなんて。

何がどうしてマリーアントワネットに行き着いたかは謎、でも一枚の絵葉書の翳りと威光を見て、あの頃、私が憧れていた古典的な重厚な薫り、当時出会ったフランス音楽作品の気だかさ、だったのか、
本を差し上げた友に偉そうにも私は
これを読めば演奏に役立つよ、なーんて添えた言葉まで思い出しました。

若気の至り。
実家の書棚に置いてある上下巻、この夏また読んでみようと思います。


2017年6月 2日 (金)

読み味わい

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何度も繰り返し読んでいる本です。
著者がご存命のときはステージでスクリーンで語るシーン、番組などたくさんありました。
若い頃に難解だと感じたページ、今はすーっと読み込めるし、音楽文化人類の分野、とりわけ民俗と音楽、楽器にと興味を覚えた始まりの日々を思い出します。

ついついお弟子ちゃんにも読みなさい! と語る私。
聞けば最近本というものを読んでいないとか。
大学図書館に行っても確かに学生はポツリ、も寂しい光景。

以前ちょっとやったことのある読書会、
やっぱりやろうかな?
専門分野のページ指定をして意見交換会。
誰と?から考えなくちゃ。

立ち寄った立川市高島屋のジュンク堂、本好きな私でもこの広さにはクラクラ。
カフェには☕️
本語るご婦人組

コレコレ^ - ^

2017年5月22日 (月)

弾きたくなる本

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恩田睦さんの蜜蜂と遠雷


ピアノコンクールの話しの中にちょっとだけマリンバだの津軽三味線だのを、、言葉を美に包むそのブロタッチに楽器の気づきもあり、ハッとしました。
でも叩くを、弾く、と一箇所でも言葉置きかえてくれていたらな、この方にぞっこんだったけど。
リサーチされたとしたら、やはり叩くマリンバを聴かれたのかな?
ちょっとイジワル発言、恩田様、ごめんなさい。


さておき、
私がとても惹かれた文章は
ロンド カプリチオーソ
喜びの島
の2つの章。


コンクール話しなんて、音楽家には通俗的で読みにくいかなと感じる間もなく、隙もなく、ただただ文学作品として音楽を扱った美作品に向き合わされました。
クラシックのタッチばかりでもありません。
私は読み終えて、この中のある一曲をマリンバで弾けるような錯覚症状におち入り、
で、朝から弾いています。
錯覚症状にはしたくないぞ、弾きたいのだ、どうしても今、それを、やめたくないのだ、という禁断症状に近く。


膨らむ喜びと希望。これって以前にはなかった読後感。

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昨日の近所のパスタ屋さん、ウッドデッキで好きな本を読んでいたい。

2017年4月14日 (金)

ハネキミヤノキミ

世良啓さん、近年知りあうことのできた目がキラキラ輝く女性。出会いは2年前の寺山修司音楽祭、三沢市で。 お父様のお仕事の関係で10代の頃は青森県内を移動され、私の故郷七戸町にも住んだことがあると知ってから即!親近感を抱き、また文学はじめ芸術に造詣深い、寺山修司を追いかける私に様々な情報をもたらしてくれる女性。チャボさんとのデュエットライブに駆けつけてくださいました。
世良さんが私のフェイスブック投稿をシェアしてくださり、そこにこんな文章を寄せてくださいました。
我が故郷の歴史と私がライブで発したことを、このような光線を充てて記述してくださるとは。
正直に言えば、東京で活動している今、自分の背景をこうまで説明されることはないし、誰も知る由もない。それは故郷で演奏しても然り。しかし、自分のなかの何処かにいつも流れてはいるだろうと、一人奥底にしまい込み、作品や演奏する身体、生態、癖、節、本性が濃く露わになるとき、苦く一人納得する。

以下、世良さんの文章。ご本人に許可いただき転載。

RCサクセションライブ以来のチャボがこんなに間近で…、という感激はもとより、その伝説のギターと拮抗する神々しいまでの新谷さんの歌と演奏に圧倒される。

無数の鈴が振り鳴らされるとそこは南青山からいきなり七戸界隈の鎮守の森へと飛ばされた。

マリンバの素朴な響きに誘われるのは、二ッ森縄文遺跡があり、津軽への境界の護りの南部の名城・七戸城があり、由来もわからないほど古い神社群と神楽と祭りが残り、昭和まで日本有数の名馬の産地として栄えた南部七戸。
マリンバの音色が木霊したり、重なりあったりするたび、その野や深い巨木の森を思い出す。地霊をまとう演奏にここが東京だということをすっかり忘れてしまう。このリズムの底辺にラッセラーの青森のねぶたがあったりヤーレヤレの七戸まつりがあったり…。それは司馬遼太郎や三浦雅士が指摘したようにユーラシア的、じゃわめぐ騎馬民族の末裔的なもの。日本の能文化とは一線を画すという。

"ハネキミヤノキミ"、と、いきなり呪文のような青森ことばから始まったライブ、"柳町のカルメン"から"月光"、"浅い月"と、新谷さんのマリンバシンガーとしての魅力が爆発。チャボのカバー"魔法を信じるかい"やシャンソン"ラストダンスは私に"も、矢野顕子の名言「自分の歌は自分のもの、人の歌も自分のもの」ではないが、もうすっかり新谷さんのものになっている。その歌やリズムのありようもアッコちゃんを思い出させる。アッコちゃんが海山や街を吹きわたる風の声なら、新谷さんは大地から生まれる声だけれども。

チャボのギターとお喋りはもちろん文句なしのチャボ節であるし、「この人は年を取りわすれているんだろうか」と思ってしまうほどお茶目で元気。意外で面白くて色っぽかったのが滝廉太郎の"花"などの唱歌シリーズだった。"ダニーボーイ"だの"今日の日はさようなら"には参った。たぶんキャンプファイアー以来だが、こんなにいい歌だったか…。

全くジャンルも違うし、人生も違う(なんとなくクラスの不良と委員長みたいな)のが、お互いをすごくたいせつに、リスペクトしあっている様子が端で見ていてとても微笑ましいし、楽しいし、うらやましい。自分の音を持つひと同士はこうやっていろんな人とセッション、化学反応できるんだなあ…

新しい春が始まる予感に満ちた時間をたっぷり過ごした初南青山マンダラ。

新谷さん、ありがとうございました。

世良さん、ありがとうございます。

ライブのはじまり、新谷祥子ソロ「ハネキミヤノキミ」

(写真撮影/三浦麻旅子) 2o3c3741_2