カテゴリー「観たこと&聴いたこと」の90件の投稿

2026年7月20日 (月)

古きの斬新さ

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また出会ってしまった「石」月光石とも言われるケンタレン岩

石肌に触ると見た目よりずっと優しい感触です。音の気になるけれど、天然記念物として今は採石禁止されています。小さな光の粒はきっと朝陽に反射して、あ〜〜そんな時間に見てみたい、、

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さてさて、青森県美の「装飾する魂」とても楽しみにしていた展覧会です。

以前、多摩美術大学での聴講を特別に許可して下さった鶴岡真弓先生の監修ということで、以前に多摩美で展示されていたものも見ることができましたが、今回の特徴は青森県での開催ということで青森の神秘と結びつく、なんというか宝石のごとく、小さな光を放ちながら世界を転がって、この展示での最後、出口がNEBUTA将門(竹浪比呂央作)といういわゆるオチ、そこがとてもユニークで、また棟方志功の「花矢」を壁一面に見るダイナミックさもこの美術館のサイズ感ならでは、、

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北方民族の装飾、小さい頃からアイヌの衣服を見るチャンスがあったので、懐かしい

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棟方志功の展示は照明も程合いよく、小さなチェアも置いてほしい気分

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別に宣伝マンではないけれど、企画によっては何度でも行きたくなる空間です。

さあ、夏本番。少しまめに更新しますね。笑

 

2026年6月15日 (月)

カーラジオ、思いがけない耳の楽しみ

運転中にはカーラジオ、音楽に限らず、人生相談番組、ニュース、時事問題インタビュー、立川周辺の運転も多いので横田基地のAFN Tokyoの洋楽選曲は周波数的にもよく鳴っているし、そんなわけで、どんな時間に運転するのかも不規則ゆえ、偶然の耳の楽しみに浸っています。

ラジオに飽きたらCD、この選曲も長時間ドライブの楽しみ方があり、それについてはまた、、

最近はiPodでも楽しみますが、これですと好きなものに偏ってしまうため、ラジオからの情報が楽しみの一つです。

ラジオ放送で一番気に入っている番組を明かしますと、「世界の快適音楽セレクション」と「音楽遊覧飛行」そして「ジャズ・トゥナイト」

それぞれのナビゲーターはゴンチチ、サラーム海上さん(水曜日担当)、大友良英さん、流れるような音楽の導き方、ラジオの「間」を知り尽くしているかのようなプロフェッショナルさ、どれも皆男性なんですが、ラジオはなぜか男性の声の方が運転中は落ち着きます。

最近、聴いたラジオで意外な曲の紹介で驚いたものを2選(残念ながら、上記の番組内ではないのですが)

スティングがルネサンスのダウランドを謳っているアルバムからの選曲でしたが、意外と書いてしまったけど、スティングもダウランドもイギリスの抒情音楽、と言えなくもない、ロックスターの内側に、このような旋律が流れるのはごく普通のことのようにも思います。

そして、もう一つはスティーブ ライヒ特集の中で、エレクトリックカウンターポイント、これはパット メセニーが初演したことで知られていて、私自身、メセニー以外の演奏に触れたことがなかったのですが、番組では3つの演奏を紹介、比較して聴けるという美味しい内容。

そこで紹介されたイギリスのギタリスト、ジョニー グリーンウッドの演奏が素敵でした。それはなぜか、、ライヒの幾何学的な感情論より端正さを求められるような演奏において、この方のギターはとてもヒューマンな一面があったから、、、

リスナーは感じたことをそのままの余韻に収めたい時もあります。でもこちらのラジオ音楽番組ではパーソナリティが独自の感想を長々とコメントするという、できたらアルバム情報とかミュージシャン情報だけで充分だと思えるのですが、そのコメントを楽しみにされる方にはごめんない、な投稿ですが、コメントに味を含ませられるか否か、、ってとても大事なことのように思うので、ついつい、、

で、このアルバムのジャケットも素敵なのでありました。

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スティングのジャケットはどれも好きですが、、このようなちょっとクラシックレーベルにおいても、惹きつけてしまう魅力、すごい。

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ミニマルな要素、それだけでワクワクさせてくれるデザイン、音楽の内容をそのままあらわしてくれているようなアート

2026年1月18日 (日)

二つの演劇

東京に戻ってから、あの銀世界が幻のようにも思える。いや、そんなことはない、、現実としてこんなに温度差がある日本列島、季節季節を味わうとは言うが、北国の寒い朝のあの透明というか空の無情というか、人間の思考は当然のように異なる。四季のメリハリがなくなってきたようにも思う反面、冬が来れば明確な四季のうつろいを肌で感じる。それは、ある意味、思考の糧にもなっている、なってきたような、、

昨日は2つの演劇のはしご。たまたまお世話になった二人の劇作家の作品鑑賞が時間帯もずれて公演されていたので、新宿の花園通り(好きな界隈)のサンモールスタジオと座・高円寺で楽しみました。

はせひろいち作「夜の横顔」と世良啓作「home〜りんごさんのうた」

関連のない作品のはずが、どちらも劇の結びには同じセリフが紡がれていることに驚く。しかもそれは少女、娘の口から溢れていく。

また場所の想定も関連はないはずだけど、はせ氏の作品は宿泊施設という室内にいきなり霊場が構築され、それはちょこっと恐山の風ぐるまのようなシーンが登場することも相まって、、また世良氏の作品は津軽平野の中に立つ新築物件と窓の外に広がる山、平面図から立体図に変化したかと思うと、土という肌触りまで伝える。勝手なイメージとして、私は来月出演する北村想「寿歌」の荒野の場面に繋がっていった。

何よりびっくりするのは共通の舞台美術「暖炉」「薪ストーブ」の位置付け。

なんなの、今日は、と思うくらいの目眩

演劇というのは人間はどんな苦悩に直面しているのか、ということをセリフの綾でさまざまなタッチを使って表出させているようにも見える。でも苦悩以上に美の結びつきが見えてこないと、観客はやはり混迷したまま帰途に着くのではないか。。2つの作品を鑑賞して、やはり作家の凄さ、上映されているわずか2時間足らずの中に見せる技、役者の声の位置付け、仕草の妙、どれもこれも引き込まれた瞬間でした。

さあ、2月も近づきます。

かたり寿歌とマリンバの共演、2月15日伊丹アイホール、ぜひぜひお待ちしております!!マリンバ曲もジャンルを越えて、すごいことになっておりますぞ〜〜!!

 

 

2025年9月 7日 (日)

北池袋にて

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ヴォイストレーニング、というお題の演劇鑑賞。

来年2月に伊丹市で公演予定の「かたり寿歌」の演出家、高橋恵さん率いる虚空劇団が上演。

北池袋という駅も初、それよりも東武東上線という列車に乗ったのも初。池袋からたった一駅だから乗ったというほどでもないのですが。

駅がいい、、改札を出たらすぐに生活圏。以前住んでいた京王線の下高井戸もそうだったけど(今はちょっと風景が変わってしまった)駅が人々の生活に寄り添っている、、いや、街が駅を住居のすぐそばに置いている、というような、、

劇場からちょっと散歩、小さい店があまり存在を誇示しないでそこに在るのもいい。普通にコンビニもあるけれど、、

その後に池袋駅で大道芸人のこれまた気になっていたものを見る。

東京は賑わっている、暑くても、物価が高くても、他国のシリアスすぎる政治情勢がニュースに流れても、、

東京って一体なんだ、、私はよそ者みたいに眺めているけど、私も住人、、今はまだ

昨日の観劇は他人事のようには見れなかった、、ちょっと苦しい気分になりすぎて、、いい演劇だったけど、何か現実から離れたくて浮遊する時間ではなかった、、

それはタイトルのヴォイストレーニングとは全く違う視点で進行する姉妹と母親の関係、撤退するという事業の次が見えない組織の混沌、、

いや、それらは声を発するのか、声で人と交わるのか、面倒だから、約束だから、反射的作用だから、、だからただ演じるというだけで終わらせるのか、

という意味で、まさしく「声」がテーマ、ドンピシャなタイトルであろうか、、そして「トレーニング」、私たちは日々がその心理トレーニングの中で蠢いているのかもしれないし、私は一人っ子だからよくわかるとは言えないけど、主人公の姉妹の「演じる」が自然体で、刺さってくるわけです。

デビューの仕事が三島由紀夫近代能楽集で、娘道成寺だった、、それも池袋という地、サンシャイン劇場だった、その時の役者さんが「国宝」とか再放送の朝ドラ「とっとちゃん」で大活躍しているのを見る。

時間が経ったな〜

ぶらぶらしていること、変わりない自分、、

 

2024年1月 4日 (木)

Tom Waitsを聴く正月

まだ支援物資が届かないという孤島、道路が寸断されれば深刻なことばかり、、

スーパーに並ぶ人の列、普段の生活が急に変化してしまう自然災害、

物語の筋なんて、人間の描く理想なんて、一瞬にして軌道から逸れてしますことがある、という現実がそこに流れている

こんな日々、

なぜだかTom Waitsを聴きたくなって、実家に置いたアルバムをローテーション

全く、今頃、Tom Waitsは似合うだろうか、、こんな今だから、なんだかしっくりくるようで、何度も繰り返し、壊れかけそうなCDデッキで

聴いている。乾燥した部屋のせいか、音がよく響いてくる、こんな小さな安いデッキでも、奥行きのあるライブハウスのような響きになるのか。

もちろん、大音量で聴く

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かの仲井戸麗市、そうチャボさんにTom Waitsを知らされて、それからたくさんの曲を聴いて聴いて、そして買った最初のアルバム。

どうして実家に置いているかというと、このアルバムが好きすぎて東京と青森の移動に持ち歩いているうちに、、どちらに置いたかわからなくなって、今はここに。

わざわざ持ち歩かなくてもサブスクで聴く方法が簡単なのに、私はCDデッキで聴きたいアルバムというのは特別なものなのでこうして持ち歩く。

このどんよりとした曇り空の北国で、北陸の地震災害のことを思うと、このアルバムに綴られている歌詞が、ジンジンと響いてくる。

なんとか、助かって、、

人生を綺麗事に生きていくなんて愚か、

人生にはいろいろある、その苦しさ、もがき、訣別、決心、希望、

すべてある。

それをこうした音楽が、一緒に、何か、落とし込んでくれている、たぶん、どこかに連れ出してくれている

 

2022年2月22日 (火)

ジョニ ミッチェルの朝

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動き始めた次へのジャンプ。いや、飛ぶほどでもないけど、そんな気分で行きたい朝。歌詞を読んでいる朝。

そういえば、、と、、ジョニ ミッチェルのWoodstockを聴いている。美しい高音をさりげなく奏でるジョニのハイヴォイス。

私は1994年の奈良東大寺で行われたロックフェスティバルの舞台。生のジョニの歌声を聴きながらジョニのずっと後方でこの偉大なソングライターを聴いていた。ここにいるんだ、そして歌っているジョニミッチェル、生の響きに現を知った瞬間さえ思い出す。

ダークな紺色のパンツスーツとギターを持って歩く、決して周囲に媚びないその女性の歌手の背中の大きさ。大河のような歌のスケール。歌詞は長い。そして英語の中にも秘められたパッションや時にアイロニーがミステリアスな響きで流れていく。

途中からジョニの歌声は遠くに離れて、自分はどこか別世界に彷徨っている。旋律だけでも追うことが難しいけど、子守唄のようにも響くこのwoodstockを聞くと、ふと、マリンバという楽器ではなぜ美しいロールを持続しにくいんだ、、なぜなんだと、現実的な自身の演奏のことにまでも。

全く異なるアプローチ、届くはずもないこうした何か別天地の品位というか。いや、でも、きっと手繰り寄せたいと思える、でもそうではないと知る葛藤。隣り合った何かへの糸口に狼狽える自分。

それでも心地良い朝だ。今日の予定をどうしようかと迷っているくらいに、、、

 

2021年6月 8日 (火)

ミネアポリス美術館

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一度だけ行ったことのあるミネアポリス美術館。

このアメリカの大都市にはワーカー美術館という現代美術を楽しめる場所もありますが、古典を味わうならミネアポリス美術館。

日本の名品、知られざる作品がずらり。

六本木ミッドタウンのサントリー美術館に現在、優れた作品の数々が並べられています。

江戸時代の墨の芸術、粋、色香、迫力、ユーモア。

倣えぞ江戸スピリット。時間が許せばもう一度行ってみようと思うのですが、そう思うだけで2度目がないことが多いので、

この分厚い図録を購入し、眺めています。

そして、白眉たるは、、私にとっては生まれて初めての思わぬ作品と遭遇。

伯母髙田は内山雨海に師事しましたが、その内山が私淑とする浦上玉堂の長子、浦上春琴の作品を観たこと。

予想外に目前に現れたその作品、構図にまず圧倒されました。シンフォニーいや、交響詩というべきか。文字のない墨と線の物語。スケール感では父親を超えたとも言われている春琴の作品。

まだ油断のできない日々、外出は控えめにしてはいるものの、、こういう展覧会に足を運べば、やはり体が欲する「振動」

心ふるえる、、人はそういう生き物ですもの。

 

 

 

2021年5月16日 (日)

続ける

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相変わらず、オンライン配信のライブ、様々聴いている。観ている。

もういい加減、画面越しって疲れてきたな、、と思っていたりもするけど、昨夜、チャボさんの「RCサクセションが聞こえる」を聴く。

ここ最近のオンラインの中では、一番グッときてしまった。

なんというか、すごく重みが残った。

 

「聴いた」という耳の感慨。

「言葉」をかみしめた感慨。

瞬間瞬間「歌」がずっしりと。

小さな部屋が劇場のようになっていく。

圧巻、、という言葉でもあるし、まるで今ここに湧きいずる「泉」「透明感」

 

歩む道に様々な川が流れている。自分もその川辺をゆっくり歩んでこられた。

でもつまづいて 寝転び、空を仰いで、ため息して、、連続して巡る「問い」に対して、

「続ける」

という答えだけは、離さないでいられるのだ。

 

 

 

2021年4月18日 (日)

どっこい歌舞伎

黒木綿蛇の目繍四天(くろもめんじゃのめぬいよてん)、、今日は、もうとにかくこの衣装に度肝を抜かれました。

演目は「絵本太功記」ここでの佐藤正清役が着用するこの蛇の家紋、迫力です。

私が歌舞伎に通う理由は多々ありますが、義太夫に惚れ込んでから、その独特なる声の回しや響きに酔うことはもちろん、下座音楽の鉦の音、などを聴ける日はハレの日です。そして、「ツケ」の大ファンであるため、今日はお二人の音の違いを芝居を見ながら分析する?くらい、面白い差異に心高ぶりました。

まず会場の壁から天井が反響する音の方、そして、ツケ板、ツケ木、そのものを唸らせている感じの方、この2者がいらっしゃることに驚きます。聴いていて「鳴る」のはどちらかと言われると、どちらも「鳴る」わけですから、、、、おっ、っと、っと、、

ここからは、言及を避けます。もう少し自分にリサーチが必要ですから。そして演目のどの場面で、どう鳴らすか、、を知らずしてはただ「響き」だけについて語ることも非常識すぎますし。音楽演奏とは違う観点、概念に触れての音たちが存在することを、深めたくなります。

そして、音以外でこの歌舞伎に誘われる大きな要因が、色彩バランス、江戸の配色、伝統模様です。それはそれは荘厳な美術鑑賞のようです。今日は先述のその衣装のケレン味に惚れ惚れとして大拍手してしまいました。

歌舞伎は1年に多くて4回の楽しみ。シーズンに一つ選びます。(お財布の事情です)本当は毎月でも通いたいのですけれど。

昨年は0回。今年はこの四月歌舞伎が最初となりました。徹底した会場の感染予防対策によって快適に鑑賞できます。

歌舞伎好きは父譲り。父とはたった一度だけ一緒に出かけたこの歌舞伎座。次回はいつ来れるだろうか。いっそ五月歌舞伎、としようか。

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歌舞伎の前は朝の青山外苑、若い音楽家さんとカフェオレタイムもしました。

なかなか爽快なる一日。さあ、2021はとっくに始まっている。

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2021年4月 1日 (木)

型とリズムに酔う

青森市、棟方志功記念館には何度も足を運んでいますが、この3月も再び。

あれもこれもと展示する大きな記念館ではないため、作品のごく一部を、その企画のために選りすぐりの作品を、という風情。

上質な一品料理のごとく。

それなのに、ずっしりと重く深い味わいを得て、ああ、またここにやってくるぞ、、と振り返る。

型があるようで型がない。リズムがないようで、リズムがある。

アイシテモ あいしきれない、、

と始まるこの棟方の言葉5行に(写真右)

板画をみる前から、そして鑑賞の後にも、滝流るる崖の下に、水しぶきがこちらにかかってくるかのようでいて、実は一粒もかかってこないような

遠い水の魔物、触ってもサワレナイ、誰にも、、そのくらいの高貴さを讃えた「文字」にひざまづきそうになる。私の場合は、、、である。

 

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