カテゴリー「観たこと&聴いたこと」の76件の投稿

2020年6月22日 (月)

岡本太郎のコロナ

Img_0937

久々に六本木、目的地だった場所の壁のグリーンです。涼やか、、

次に向かったのは、青山で開催されていた写真家おおくぼひさこさんが撮った橋本治氏の世界を覗きに、、

ちょっと驚いたのは、セーターも編んだと知った橋下氏の作品アート。セーターを編む男性、時々そういう人に出会う不思議。

著書を少しだけかじった程度の私、おおくぼさんの写真から橋本治という作家の新しい印象をいただいた。

ちょっと楽しい、そして切なさが迫ってくるような空間。終了日が昨日だったことを会場に着いてから知る。ふー、セーフ!

とても落ち着く空間に、おおくぼさんの花の写真を観ながら気づく。花は花、であはある。でもこの光はなんだろう、、

花を花ではなく存在させている光、花よりも花になり、花を擬人化させるような、、この眩しかったり、くすんだりの影を見せる光、

知られざる花の影、、、優しい気持ちに降りていく。

 

そっと会場を後にする。

やはりまだ人の少ない南青山界隈。

歩き進むうちに岡本太郎記念館の前に、、

幼かった息子と何度か来た場所。今日は、えっ?開館している!!

まだまだ閉館中の画廊、美術館が多い中、混雑だろうかの心配もよそに、こちらも人まばら。

Img_0946

岡本太郎の「コロナ」の冠、そしてその瞠目、どの方角をみているのだろう。

どんな未来を知っているのだろう、、

岡本太郎は今、無言だ。

Img_0957

2020年3月 6日 (金)

Milt Jackson、いい音。

Img_0189_20200306130701

これも10代で買って聴いていた1枚。Milt Jacksonが誰かもわからず、レコード店でこのジャケットだけで選んでいた記憶。

その後に、MJQの虜になって、そこからジャズ風なバッハを弾くツワモノたちを知っていった。ジョンルイスの真似事でバッハをそれ風に弾いたり、音になぞってピアノを弾いてみたり、とても叶わぬ技だと知ってからはジャズは、「見知らぬ人と出会ってもなかなか打ち解けられない遠い存在」と意識した時間も長い。今は、気軽に楽しんでいるジャズのCDは多いけど、やはり重い扉だな〜〜と感じた高校生時分のビターテイスト。

Milt Jacksonは弾きながら陽気なスピリットを放ち続けている。影に重たい石を置いていたとしても、彼のVibraphoneは華やかで好き。

Img_02152

そして、今日は朝から巻き直しというより、「手入れ」

ほつれた糸、緩んだ糸、ずれた糸、演奏摩擦から生じる要素をゆっくり観察しながら、、、糸も古くはなる。でもどんどん強くもなるし、いい音になってくれるのだ。

2020年2月28日 (金)

翠川さんを聴いていた!

Img_0191

free jazzを最初に聴いたのは、高校生のとき自分で購入したこのLP。

冨樫雅彦ドラム、MOTION

ちょっと背伸び感覚の1枚だった。小節線がない音の流れがひたすら新鮮。ドラムとベースと、フルート、アルトサックス。

そしてこういう驚きって今になって現るんだな〜と、それはこのアルバムでウッドベースを弾いているのが翠川敬基さんだから。翠川さんとはチャボさんのライブで初めてお目にかかり、そして初めて一緒に奏でている。チャボさんが翠川さんを紹介する時に、日本のフリージャズ界の、、前衛の、、、っていうあたりで、その日にチェロを演奏する翠川氏のイメージとはちょっと異なるな、とは感じていたけど、私には計り知れないチャボさんとの時間を共有するミュージシャンの存在、そういう方たちと一緒に演奏できるんだな、とおぼろげなあの感動も蘇る。

初共演が渋谷AX(今はない大きなライブハウス)だったと思うので、楽屋で不安げな自分に対し、「あなたが不安じゃ困るのよ、俺たち」と豪快な発声、思い出します。

でもまあ、なんと、高校生の時に繰り返し聴いていたではないか、翠川さんの音を。LPから振りかえる自分の耳へ蓄積されていたもの、、忘れていたサウンドでもあったけど感慨深い。

 

2020年2月22日 (土)

雨聴

Eca4ea083dd345a79a14af12ea0bd53c

今日の一枚。奏でる三人は国籍もそれぞれ。ポーランドのピアニストの作品が主ではあるけど、イスラエルのパーカッショ二スト、ゾハール フレスコのフレームドラム、声が魅力的。

コロナウィルスのニュースに、外出はなかなか気が重くなってきたけれど、曇空の日はふるさとの家で雨聴も悪くないのです。

2019年12月 3日 (火)

「木」への愛です!

新しいアルバム「NOT I BUT THE WOOD...」の1曲め「暁」がアムステルダム、ニューヨークに続き、日本は幕張メッセでの国際放送音響展でのデモ音源として広く紹介されたようです。こだわりのレコーディングを実現させてくれたエンジニアや音響会社のおかげです。

このアルバムのタイトルを日本語表記にするか、英語メインにするかで悩みましたが、やはり英語にしてよかったと思います。アメリカの友人から「こんなに興味を引くタイトルはないよ、そしてタイトルに引き込まれるように木の呼吸に惹きつけられるCD」嬉しいコメントも届きました。

日本語では「私ではなくて木が、、、」どんなふうにマリンバを聞かせたいか、、歌のバッキングだけではもったいないよ、楽器と歌詞と声、これらが喜ぶバランス、その方向性をしっかり考えた方がいい、そういうプロデューサーからの提案を受けたことはアルバム作りの大きな一歩にも。

「木」をもっと知りたい、レコーディングはやっぱり動機を与えてくれるし、成長させてくれそう。

そんな日々ですが、11月は映画やコンサートなど出不精の私にしてはかなりの行動力!オススメしてもらったこちらの映画はとても興奮しました。なんたって、「wood」そこから生まれるギター。職人の店が主なシーンでそこに集まるギタリスト、何より私には「世界で一つのギター」「素材の木」「音楽への深い愛」短いドキュメンタリー映画ですが、そこに漲るパッション、このドラマに様々な発見をしました。

私の楽器、Marimba One、初期クラシックスタイルの楽器。ウッディです。音に派手さもなく、今では私の体に馴染んでマレットをちょとだけ触るだけで自分の体調のコンディションまでわかる。愛する楽器ってそういうものなんだと感じます。映画では職人が材料を探して、木の声を聞きながらアートなギターを作成していくプロセス。ギタリストが訪れては、イカした会話をしながら楽器を選んでいく。

私は留学時代にニューヨークの街を何度か歩いているけど、あの騒がしいイメージの街に、こんなにあったかいストリートがあったなんて、、、

Download

2019年11月27日 (水)

定点のような音楽

Img_9735

ふらっと出かけるお決まりの場所。落ち着きます。しばらく水と山と空を眺めて、それで十分満足します。暮れゆく時間が一番いいのですが、帰り道がちょっと心配になることもあり、くねくね道のドライブを減速して下るのはこの時期なら16時前と決めています。

定点というほどでもないのでしょうけど、同じ場所を繰り返し歩けば自分の心の状況がスーッと解けるように、起点に戻る、そして同じ景色のはずが、全く違う景観として心に染み込んで、気持ちの整理になったりします。

時々、聴く音楽も同じような作用になることがあります。昨夜、ついに聴きたかった楽器の音、その奏者の生演奏に触れました。深草アキさんの秦琴。この音色に魅せられたのがNHKテレビ番組での音「蔵」1990年代のことだったと思います。そのときは いったい、何が起こっているのだろう、今まで聴いたことのない音、いや、音楽に触れ、まだ駆け出しの私にはショックなほどの新しい響きの世界でした。そして音楽創造のスタートでもありました。

昨夜、これまでCDでしか触れていなかった深草さんのナマの音に接しました。その感動を文章にするのはあまりにも言葉というものの力のなさを露呈するようなものなので、その術も得ていないので、今はうまく書けません。一つだけ確かなこと。それは音が鳴って数秒、私の頰に何か感じた、それが、あ、涙なのだな、と気づいたことです。同じように休憩時間に深草さんが客席の初顔、私に気づいて会話をしてくださったと、その途中でもまた似たように、、音楽は「人」だから、、です。少しの会話の中で音楽に真摯に向き合う姿、そして作り続けることの意味を知っている人の声の深さ、想い、、苦悩、、希望までもが伝わってくる時間。

好きな音、奏でられる調べ、そこにはなぜ?という理由、理屈はなく、ただ、心にゆっくり静かに染み入ります。ある種、その響きにだけ反応するかのような「音楽という定点」

やはり待ち焦がれた生演奏に触れることは幸せである、、特別である、、そんなひと時でした。

今日は昨夜の音を思い出しながらマリンバを奏でています。

 

 

2019年11月26日 (火)

LP復活

Img_9545

LPをそのまま寝かせて置くのはもったいない。父が残したものも含めて貴重な音源探しをしたくなり蓄音機型の簡易なレコーダーを購入。プラグインなしで本体内臓スピーカーというのも、お気軽。とは言っても、青森の実家に配送してもらったので東京ではLP生活はできていない。

東京に置いた50枚ほどのLPを全て実家に送り、そちらで楽しもうと思う。青森にはそれ以上にLPがあり、先日はもう本当に懐かしくてずっと針を落として、裏返して、あ〜〜この音だ〜とノスタルジーに豊かな一人音楽鑑賞会でした。

あまりに好きなLPはCD盤も購入していたので聴き比べもできますが、やはりLPの針ノイズと一段階確実に柔らかに響くLPは耳に優しい。

ジャンルは様々なのですが、このブログでこれまで聴いてきた私のとっておきのLP1枚1枚の紹介もしたいと思います。かなり気ままペースですがお付き合いください。

写真のLPは留学していたミシガン大学の大学院時代に入手。大学生が古き良きアメリカのサウンドを再現する試み的な(ジャケットに騙されそうですけど、皆現役学生さんたちの装い)ですから実際にはかなり音源が精巧で、20年代風の仕上げではなく、こんな音楽が流行っていました、どいうダンスホールの想定盤。(楽器も現代のものを使っている)

それにしても紙ジャケットのこのサイズは、部屋にさりげなく置くだけでmoodもりもりになりました。これまではラックにザクっ。これからはジャケットも飾ってみようかな、、

2019年11月 6日 (水)

十和田市歩き

6982046d0d504c8a9d0203a071431b78

新幹線でたまたま並びの席に座っていたおふたりのミュージシャン。

以前お世話になったライブプロモーターさんが駅でそのお二人を迎えにいらしてたようなので、なんだか未体験のサウンド聴きたくなって、初めて十和田市キューダスに出向きました。

まず、何より会場に着いたら自分がライブすることなんて何も決まっていないのに、あ、ここは搬入が理想的、となる。打楽器奏者は皆こんなふうに会場の裏から先に知りたがる。たぶん、まあ、私はもうそういう習性。

で、ピアノの羽仁さん、歌の井出さん、デュオでのライブを存分に楽しみました。羽仁さんと会話させていただきましたが、共演の八木ノブオさんとは時折チャボさんのカバーをされるという話し。これは絶対に行きたいなぁ。

ライブハウスはオーナーの歴史に包まれてアルバムジャケットが見飽きないのでありました。

2019年11月 2日 (土)

美しい毒も、、あり。

 

Img_9498 Img_9494

昨夜、下書き保存したブログがなぜか途中のまま投稿されていました。なので、続きです。

会場の人たちみんなの孤独を吸い取るかのようなライブ。

浜田真理子さんの弾く、あるいは歌うテンポはずっと変わらない。一つの音楽会でテンポをこうも維持できるミュージシャンってあまりいないと思う。打楽器育ちの私は、同じテンポで紡ぐということ自体に、まず勇気がいる、忍耐がいる、変化を求めたいと思う、アップダウンの景観を作ろうとする、、のだが、、浜田さんはずっと同じテンポで聴かせる。会場の隅々までそれを浸透させている。

でも、会場には一見して孤独そうなお客様はいない。しかし、えぐりとる。こちらが忘れかけていたその感情を吸い取られてしまう。だから、哀しいはずの歌が、どこか別の世界でドラマ化されて「逸品」になるのだろう。

私はちょうど、自作について考えていたところ。自分の歌に自分を埋めてしまってはいないか、自分より他の次元に行けているのか、、その穴から這い出ているのか、と。でも、今日のライブで確信もしたことは事実。「新谷、それでいい。自分が思うなら、自分の方式がそれだと思うなら、新谷、行け!」これは自信とかではなく、迷ってはいられない、、のだという変な自覚と勇気。

文化会館の小ホールでは何度もマリンバを弾いている。ああ、でもここでこそ歌ってみたい、そんな気持ちは高まってしまった。クラシックホールではあるけれど、思いの他、ここは夜の静けさと異界が似合うホールであるような、、、

~~~そう感じさせてくれるコンサートに出会った2019年11月の始まり。いい予感を持ってしてあとは行動あるのみ。

美しい毒も含んでいる言葉と、そこに自然に寄り添って変化するコードの隙間からスーッと立ち現れる匂い、浜田さんの歌から感じることですが、品のいいホールにいよいよそんな匂いが立ち込めて来たのは後半のプログラム、、、大好きな♫静寂(しじま)という曲も聴けました。あと3曲くらい聴きたいな、この曲だけを3回でもいいな、なんて勝手な思いのまま、あっという間に終演。

会場でいつも応援くださるブルーさんとY子さん、そして音楽プロデューサーのMさんにも会えたという嬉しい日でした。私に浜田さんをオススメと言ってくださった方々です。

さ、いい秋巡れ〜〜。いい秋、作ろ〜〜。

 

 

2019年10月29日 (火)

化鳥

Img_9466

雨が続きますね。晴れ間が貴重な時間に思えるほど、、そんな時は窓を開けて外気を取り込みます。大きな音では弾きませんが、窓を開けたときこそマリンバを奏でる気持ちが弾みます。ちょっとだけ、、ポロロンと打てば鳥が呼応する。昼間にピーロロ、ピーロロ、鳥の名前はわかりません。今日はまた雨、、締めきった部屋でシャッターも降ろし、弾いています。

先日亡くなった八千草薫さんの出演映画としては、あまりメディアには記載されていない「田園に死す」、岸辺のアルバムなどのテレビドラマなどが印象的ではありましたが、私はこの田園に死すを外せません。何しろ、私の故郷の田園や線路が撮影地として選ばれていることも含め、八千草薫さんの登場するシーンの儚さ、危うさ、翳り、色香にまず魅せられます。寺山修司ワールドには異色すぎる配役ではないでしょうか。いえ、この映画の格付けといったらなんですが、全ては八千草薫さんの存在感あってこそ、と勝手に私自身は感じています。

八千草薫さんも恐山ロケに関わっています。そのシーンはちょっと衝撃的ではありますが、観ていて時間を巻き戻したいと思わせる俳優の登場でした。寺山修司のこの作品での「時計」の意味は如何様にも解釈はできそうですが、現実にこの映画を観る側に求められているような衝動、時間は過ぎ去るものだけど、時間を止めることはできないけど、永久的とは言えないその儚い「間」において、時を戻せぬ人との交わりを命とする、そんな残酷さに似た恋慕、あなたは本気で誰かを愛したことがありますか?というようなテーゼを植えつけられるかのよう。

映画は自由な鑑賞法で良いのですが、このドロドロっとした万人受けはしない映画の中で、もっとも大切な「愛」の捨て身を演じているのが、、もしかしたら、、化鳥という役の八千草薫さん、、、なのかな、、観るたびに感受する側の柔軟性を求められる映画。

マリンバを弾いている時に、聞こえる鳥の鳴き声、、聞いたことのない鳴き方、、不思議な鳥。つかの間の響。

寺山修司の詩にも「ひとり」という鳥(とり)

Img_9469

 

より以前の記事一覧