カテゴリー「観たこと&聴いたこと」の59件の投稿

2018年5月25日 (金)

美しい現代音楽

Img_6028

ドイツに住むという、韓国出身の女性作曲家、しかも同い年と知って、久々に現代音楽をオーケストラ作品で聴く、というチャンス。

ウンスク チン
堂々とした女性の顔アップのポスター写真。いい写真だと思っていた。
観る人がたじろぐことなどおかまいなし、の佇まい。この人が作曲家であると知ったのは最近のこと。しかも世界的、、というタイトルがつく。
やはりですね、緑の草原にシャランと立ってどこを見ているかおぼろげな、、そんな女性性の写真などこの作曲家には似合いませんし、ご本人だって間違ってもそんな写真をお撮りにならないでしょう。

聴いたこともないような響が流れ、ついキョロキョロする私。
明らかにステージから聞こえてはくるけど、でも不思議な錯覚。
なんたる斬新性。

職業柄、オーケストラを聴いていてもすぐに打楽器を追いかけてしまうけれど、打楽器がこうも特殊性などに無縁な存在となり、管弦打楽として終始、発音の度合い、色を問われる曲など、個人的には私の耳に相当打楽器革命的曲でもありました。

曲名は
マネキン

2018年5月15日 (火)

ドリス ヴァン ノッテンの花

それはそれは、もちろんのこと、別世界と言えば別世界。
せめて映画でどっぷり観せていただこう。
瞬きするのも勿体無い、、そんな美ひしめく。
あー、この映画を服飾のプロとして、、晩年は画家として生きた伯母と並んで観たかったことよ、、
感嘆のため息か、、驚愕の悲鳴か、、、

http://dries-movie.com/

私には、今日、この映画で最も心打たれる場面が、主たるショーのプロセスより、休息の庭園で花を選んで運び生けるシーン。
これは、例えば、背景は異なるけど利休の茶室の切り花の儀式にも似ているのではないだろうか。

様式など施しようもないましてや作意的でもなし、そのただ目の前の花一輪、という美が人を動かすであろうモメント。それを映し出しているドキュメンタリーの質。
生け花、どんな豪華な服にも勝る然たるもの。

映画館のどでかいスクリーンで観るべき映画って、まさにコレです!
服、、着るは夢として、、笑
芳香漂う90分。

2018年5月 2日 (水)

濃いお茶の朝。

19歳の春に、アフリカで打楽器を学びたい、と宣言したことを思い出す。

小さな教室で、自己紹介、ちょっとばかし、元気溢れてる風女子だった。
実際は、臆病女子だったのに。笑

一番行きたいと思っている西アフリカは未踏。
北アフリカへの旅は、同じアフリカと言えども宗教、暮らし、文化そのものが大きく違う。
それでも、大陸の一端に赴いた記憶は途切れない。
ちょっとスリリングで濃いミントティの味はずっと喉の奥に引っかかっている。

Img_5882
以前、本屋さんで手に取った雑誌PENの表紙が衝撃的だったので、写真展まで。
少数民族の住む地にスススッ〜ーっと入っていけるこんな女子、、
突進する女子。
迷わない決断。

あ、そうだ。今年はミントの苗を買い忘れている。
急げ!

2018年3月24日 (土)

大貫妙子アコースティック

2cebbe31b310412cb74fdbf02afff383

まるでジュエリー
ついに大貫妙子さんのアコースティックライヴ体験。
ひたすら美しい音楽がそこに。

2018年2月12日 (月)

九雀さんの落語

北村想戯曲「寿歌」で落語家桂九雀さんと共演。でも実際に九雀さんのご本業である落語の ナマに触れていなかったこと、、恥ずかしや。それが本日ようやく叶いました〜上方落語を新宿で。

おかし、悲しで、笑いっぱなし、アレヨアレヨと噺にグイグイと引っ張られ、、あっという間に90分。

朗読劇での九雀さんの魅力はいつかこのブログに記した記憶があるけど、今日のような落語の会で醸し出す噺家の背中を拝見するに、、
おそらく最も重要な配慮 「人様を絶対に退屈させてはならない」という使命感とエンターテイメントの高度さ、にやられます。
それは「ほどよき量、質感」たるもの。多すぎず、少なすぎず、勢い荒さと繊細な情感を得て、そのまま会場を去っていく風通しの良い芸に触れた贅沢感。


後味さらりがいい塩梅。
Img_5541

2018年2月 5日 (月)

ゴッホの語法!

小さな小さな映画館だけど、以前住んでいた街のシネマ、後部座席、ここに来るとなんだか落ち着きます。

邦題はゴッホ、最後の手紙。原題は Loving Vincent

一人の偉大な画家が、21世紀にして、このような映画製作が行われるだなんて、想像もしなかったでしょうね。
ゴッホの映画はたくさんあるけど、この語法にはビックリ!
スクリーンの1秒に ゴッホのタッチをマスターしたアーティストが挑んだ油絵が何枚も描かれて完成していく動く絵画。
邦題もいいですが、画家の生涯、その生き様、作品こそが愛されて生み出した稀有な製作語法を思えばやはり英語タイトルがズバリです。
つまりゴッホのストーリーというより、、それ以上に、ゴッホに寄り添う人たちの愛情と2度と生まれはしないだろう「時」を謳ったLOVING,,,

などとね、映画を評すなんてこと私には不相応だけど、ついつい、、これ素晴らしいよ、ねえ、ぜひ観て観て、、ってことで。

最後の手紙の内容は、先月愛する伯母を天に送った自分に、深く深く刻まれました。。

Img_5523

2018年2月 4日 (日)

花舞台〜本條秀太郎の会

最先端の端、端唄の文字の由来と伺いました。

まさしく。
選ばれた言葉、音と音の間に舞ってくる空間美。
天にふさっと昇りゆく笹の葉なるや、、ため息。

そして、、 舞台も客席も華やか千万。
本條秀太郎の会、HAUTA
ポスターは和風でもこのローマ字で表された端唄HAUTAが粋で未来的。

Img_5519
香る春の音
聴くは、宝。
Img_5516

2018年1月28日 (日)

今年最初の映画

「女性たちが美しいのよ、、若くはない女性たちがこれほどの意思を持って登場する映画、静謐、、、女性なら一度は観て欲しいの、、」そんな友人の言葉に惹かれ、、、

蔦屋のレンタルDVDコーナーは日曜日なのにひっそり、、
うーん、観たい映画が私を待っているようにズラーリと並んでおりまする。

邦題は「めぐりあう時間たち」
音楽はフィリップ グラスというのもずっと気になっていたけれど、ストーリーと俳優の表現そのアート性に圧倒され音の調べがそれほど印象的ではなかったような、私的には、です。
2度観たいと思える映画が、私の名作リスト。もちろんこの映画もです。でも、なぜこんな名作を、2003年当時に観ていなかったのか、、

理由は簡単です。子育て真っ最中にこの映画は不向きです。
友人は、「現在の私」にこの映画を勧めたわけです。
流石、美術家の友の仕業です。

Images

2017年12月26日 (火)

語れるホームタウン

D8a0a98c70c8457186b12040dd5de2f0

当たり前だと思っていたけど、ステージでホームタウンを語れることは、もしかしたら誰にでもということでもないんじゃないか。
当たり前だと思っていたけど、違うんじゃないか。

ホームタウンを語ろうとしても、語らない人もいるはずだ。いや、語れない人もいるのだ。
いや、もっとイジワルな言い方をすれば、どう語るかを探れない人もいるし、語ろうとする発想すらない人もいるだろう。

だから
ホームタウンを当たり前のように語るは自然のこと、でもないんだ、と私は今ごろ、気づいた。
なぜならホームタウンはやはり特別な息吹を吐き出したり、吸ったりした人でなければ、歌にできないのだ、と当たり前のような大切なことに気づいたライブだったから。

当たり前に語れる、歌える故郷を、私は抱いて歩いている。
新宿や六本木の景色とは真逆でも、歌の内側の景色は、どこか似ている。

ちょっと生意気な言い方だけど、ホームタウンに遊んで残してきた様々な感情が吹き出る人は、ずっと表現者でいられるのかもしれない。

2017年12月16日 (土)

ディランとバエズ

ディランの初期、これもまた光満ちるエネルギーですね。
バエズとデュエットのディランは幸せそう。歌うべき道を見つけていた純真さに打たれます。

C27b5676a4bd4867ab215be19816ec06

今、私はどんな歌を書けるだろうか。

より以前の記事一覧