カテゴリー「観たこと&聴いたこと」の56件の投稿

2018年3月24日 (土)

大貫妙子アコースティック

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まるでジュエリー
ついに大貫妙子さんのアコースティックライヴ体験。
ひたすら美しい音楽がそこに。

2018年2月12日 (月)

九雀さんの落語

北村想戯曲「寿歌」で落語家桂九雀さんと共演。でも実際に九雀さんのご本業である落語の ナマに触れていなかったこと、、恥ずかしや。それが本日ようやく叶いました〜上方落語を新宿で。

おかし、悲しで、笑いっぱなし、アレヨアレヨと噺にグイグイと引っ張られ、、あっという間に90分。

朗読劇での九雀さんの魅力はいつかこのブログに記した記憶があるけど、今日のような落語の会で醸し出す噺家の背中を拝見するに、、
おそらく最も重要な配慮 「人様を絶対に退屈させてはならない」という使命感とエンターテイメントの高度さ、にやられます。
それは「ほどよき量、質感」たるもの。多すぎず、少なすぎず、勢い荒さと繊細な情感を得て、そのまま会場を去っていく風通しの良い芸に触れた贅沢感。


後味さらりがいい塩梅。
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2018年2月 5日 (月)

ゴッホの語法!

小さな小さな映画館だけど、以前住んでいた街のシネマ、後部座席、ここに来るとなんだか落ち着きます。

邦題はゴッホ、最後の手紙。原題は Loving Vincent

一人の偉大な画家が、21世紀にして、このような映画製作が行われるだなんて、想像もしなかったでしょうね。
ゴッホの映画はたくさんあるけど、この語法にはビックリ!
スクリーンの1秒に ゴッホのタッチをマスターしたアーティストが挑んだ油絵が何枚も描かれて完成していく動く絵画。
邦題もいいですが、画家の生涯、その生き様、作品こそが愛されて生み出した稀有な製作語法を思えばやはり英語タイトルがズバリです。
つまりゴッホのストーリーというより、、それ以上に、ゴッホに寄り添う人たちの愛情と2度と生まれはしないだろう「時」を謳ったLOVING,,,

などとね、映画を評すなんてこと私には不相応だけど、ついつい、、これ素晴らしいよ、ねえ、ぜひ観て観て、、ってことで。

最後の手紙の内容は、先月愛する伯母を天に送った自分に、深く深く刻まれました。。

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2018年2月 4日 (日)

花舞台〜本條秀太郎の会

最先端の端、端唄の文字の由来と伺いました。

まさしく。
選ばれた言葉、音と音の間に舞ってくる空間美。
天にふさっと昇りゆく笹の葉なるや、、ため息。

そして、、 舞台も客席も華やか千万。
本條秀太郎の会、HAUTA
ポスターは和風でもこのローマ字で表された端唄HAUTAが粋で未来的。

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香る春の音
聴くは、宝。
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2018年1月28日 (日)

今年最初の映画

「女性たちが美しいのよ、、若くはない女性たちがこれほどの意思を持って登場する映画、静謐、、、女性なら一度は観て欲しいの、、」そんな友人の言葉に惹かれ、、、

蔦屋のレンタルDVDコーナーは日曜日なのにひっそり、、
うーん、観たい映画が私を待っているようにズラーリと並んでおりまする。

邦題は「めぐりあう時間たち」
音楽はフィリップ グラスというのもずっと気になっていたけれど、ストーリーと俳優の表現そのアート性に圧倒され音の調べがそれほど印象的ではなかったような、私的には、です。
2度観たいと思える映画が、私の名作リスト。もちろんこの映画もです。でも、なぜこんな名作を、2003年当時に観ていなかったのか、、

理由は簡単です。子育て真っ最中にこの映画は不向きです。
友人は、「現在の私」にこの映画を勧めたわけです。
流石、美術家の友の仕業です。

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2017年12月26日 (火)

語れるホームタウン

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当たり前だと思っていたけど、ステージでホームタウンを語れることは、もしかしたら誰にでもということでもないんじゃないか。
当たり前だと思っていたけど、違うんじゃないか。

ホームタウンを語ろうとしても、語らない人もいるはずだ。いや、語れない人もいるのだ。
いや、もっとイジワルな言い方をすれば、どう語るかを探れない人もいるし、語ろうとする発想すらない人もいるだろう。

だから
ホームタウンを当たり前のように語るは自然のこと、でもないんだ、と私は今ごろ、気づいた。
なぜならホームタウンはやはり特別な息吹を吐き出したり、吸ったりした人でなければ、歌にできないのだ、と当たり前のような大切なことに気づいたライブだったから。

当たり前に語れる、歌える故郷を、私は抱いて歩いている。
新宿や六本木の景色とは真逆でも、歌の内側の景色は、どこか似ている。

ちょっと生意気な言い方だけど、ホームタウンに遊んで残してきた様々な感情が吹き出る人は、ずっと表現者でいられるのかもしれない。

2017年12月16日 (土)

ディランとバエズ

ディランの初期、これもまた光満ちるエネルギーですね。
バエズとデュエットのディランは幸せそう。歌うべき道を見つけていた純真さに打たれます。

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今、私はどんな歌を書けるだろうか。

2017年12月 5日 (火)

好きな声 ジャケット

ここのところhelen merrillの声に魅了されています。
ずっと前から好きな声。でも夏には聴かなかったな。
秋に、いや冬が来ると知る季節に聴きたくなるという声。
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ジャケット写真がまた好き。

そしてこちらもまた好き。
全く違うテイストの歌手だけど。
bille holiday もまたマイクの前の写真。


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2017年10月10日 (火)

歩く。

共演する相手の方が、どのような楽曲を提示してくるかによって、その曲の奥行きに、ある種人生観まで覗かせていただくことになる。

それは共演者として至極、幸福な出会いであり、突としてキラリ、これまで知ることもなかった道を見させていただくことになる。

突如現れたその道を自己流で解釈したり、想像したりはできても、実際にその道を歩めるか、と問われれば難しい。そして同じようには歩めない。

2005年の初対面の時に、リハーサル室で交わした会話まで覚えている。若気の至りで、同調するかのような会話をしていた自分を恥じる。しかし、見え始めていた。 その時点から、とてつもなく寛大で柔和で、そして自由な音の道しるべ。

チャボさん、仲井戸麗市氏との巡り会いに自分の音を振り返った。いや、自分を振り返った。心に降りたものは、衝撃的で新鮮で恥ずかしながら「私にも小さな翼があった」と心底思わせてくれた。

今日、夕刻の空を煽るようにロックンロールが響いていた。
深いドラムの音に身を任すようにギターと歌のチャボさんがそのビートの上で軽やかに歩いている。こんなふうにマリンバを弾きたい、と思った。
そう、こんなふうに、道を歩くことができるように、そんなイメージを抱くことから
、さてさて、、また始まり、始まり。

チャボさんの誕生日。息子の誕生日。
万歳!!
Fullsizerender

2017年10月 1日 (日)

日曜のシャンソン

朝の一枚


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流石、恋の国、フランスだ。
ジェーン バーキンの若き頃の声、上手下手を超えて、あらら、男はメロメロ間違いなしですね。
でも、ボーナストラックのジュリエット グレコの声は女の私もとろけます。
日曜日の朝は1人でシャンソニエ。

アルバムは『ゲンスブールと女たち』
モテ男さんか…


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