カテゴリー「観たこと&聴いたこと」の48件の投稿

2017年10月10日 (火)

歩く。

共演する相手の方が、どのような楽曲を提示してくるかによって、その曲の奥行きに、ある種人生観まで覗かせていただくことになる。

それは共演者として至極、幸福な出会いであり、突としてキラリ、これまで知ることもなかった道を見させていただくことになる。

突如現れたその道を自己流で解釈したり、想像したりはできても、実際にその道を歩めるか、と問われれば難しい。そして同じようには歩めない。

2005年の初対面の時に、リハーサル室で交わした会話まで覚えている。若気の至りで、同調するかのような会話をしていた自分を恥じる。しかし、見え始めていた。 その時点から、とてつもなく寛大で柔和で、そして自由な音の道しるべ。

チャボさん、仲井戸麗市氏との巡り会いに自分の音を振り返った。いや、自分を振り返った。心に降りたものは、衝撃的で新鮮で恥ずかしながら「私にも小さな翼があった」と心底思わせてくれた。

今日、夕刻の空を煽るようにロックンロールが響いていた。
深いドラムの音に身を任すようにギターと歌のチャボさんがそのビートの上で軽やかに歩いている。こんなふうにマリンバを弾きたい、と思った。
そう、こんなふうに、道を歩くことができるように、そんなイメージを抱くことから
、さてさて、、また始まり、始まり。

チャボさんの誕生日。息子の誕生日。
万歳!!
Fullsizerender

2017年10月 1日 (日)

日曜のシャンソン

朝の一枚


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流石、恋の国、フランスだ。
ジェーン バーキンの若き頃の声、上手下手を超えて、あらら、男はメロメロ間違いなしですね。
でも、ボーナストラックのジュリエット グレコの声は女の私もとろけます。
日曜日の朝は1人でシャンソニエ。

アルバムは『ゲンスブールと女たち』
モテ男さんか…


2017年9月10日 (日)

シャガール アレコ

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青森県立美術館のシャガールの大作、バレエ、アレコの背景画4幕が展示されています。
20代でシャガールの絵に虜になってから、あちこち観てきましたが、はい、観てきましたが、ここが最高、青森県美のアレコ!

四方を巨大絵幕が飾るアレコホールは、この地下に広がりますから、美術館の規模もスーパーサイズ。
さ、スケール広げていこ〜!
故郷合宿は終わり、充実なり。

2017年9月 7日 (木)

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何度聞いたかわからないけど、毎回、回帰する風景が違って見える。
ふわりとした優しい歌声なのに、なぜこんなにこちら側を強く揺らすのか。

なぜなんだ。
なぜなんだ。

ただ静かに受け手になって聴きたいのに。
震える歌ばかり。

2017年9月 6日 (水)

柔らかい風の祭り

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十数年ぶりに故郷の祭りへ。
秋の柔らかい風吹く日。

心踊ったあの頃、祭りがずっと続きますようにと願っていた少女時代。
祭りの後は、厳しい季節がくるばかり、、、
そんな気分に塞がれていたっけ。

でも、その晩秋も雪の冬もすべて、この心身を形成するに必要な季節の調べであったのだから。

2017年8月26日 (土)

講評席から見えること

第32回府中市青少年音楽祭の講評席に座らせていただきました。

いつも花を飾ってくださるその席に、何度か招いていただいております。

私は午前の部で役目を終えましたが、和太鼓、ジャズ、吹奏楽、オーケストラ、と豊かなサウンドが次々とステージに広がり、彩り豊かな府中市の音楽活動は常に羨望を抱きます。乱れぬ演奏ハイレベル、ご指導の力、会場設営のスムーズさ、音楽祭の進行の華麗さ、、

特に、和太鼓合奏は府中市の教育活動に欠かせないものであること、伝統を受け継ぐ、そして新しい創作が生まれる、世代が交代していけば同じ曲でも時代の風を受けて、表現方法に変化が生まれる、自然な循環作用があり、その継続力たるや。

いや、循環するにもそれ相当のパワーがいります。そのエネルギーを維持し、そこへ送り続けるのは地域の応援と理解。保護者は当然家族のメンバーの応援をします。ホールは賑わっています。しかし、しかし、、あれ、あれ、、??子どもの出番が終ればすっと席を立ち去っていく、、、他の団体の演奏を聴いていかないの?子どもの姿を録画におさめて、、終る、、、の?

こういう光景は初めてではありませんし、むしろ見慣れているけど、それにしても、、

音楽祭、という意味は家族記念行事であること以上に音楽への気持に乗せて、他者への関心と優しさでもあればいい、とふと思ったりします。

全体講評の時間になり、マイクを与えられて5分ほど舞台でスピーチ致しました。演奏出番が終ればすぐ会場を去った団体様も多いことに気づきました。子どもたちの熱演が眩しかっただけに、、、

いつでも楽器がある、いつでも音出しできる部屋がある、こんな立派なホールで演奏できる、有名人と共演だってできるらしい皆さん。

豊かな環境に恵まれて、楽譜も音源も入手して普通に音楽している、、そこから貪欲な繋がりを求めようとするのは無理なことなんだろうか、、

などなど、普通の困惑も混じった感情を抱えて帰途につくのは今回も同じでありました。

大掛かりな音楽祭は明日合唱の部。どんな風景が見えるだろうか。

Fullsizerender

2017年7月 6日 (木)

John Coltraneを聴きながら

混沌としたなかに美の秩序が内包される。

高校卒業と同時に、型破りといい表されるかような音楽と出逢っていた。
それはでもそれは一つの「型」だった。
特別な方法論をもったかのような、優れた型を背景にしなければ生まれ得ない、私には最先端であるかのような音の集合美であった。

得体の知れない、、
裏より遠く、逆のそのまた逆、、
計り知れない繊細なる時間軸の交差。
熱く語る大人たちが眩しかった。
あの頃は、具体的な感想を抱くより、その得体の知れないものに身をうずめる自分がいただけだったかもしれないが。

時代を越して、今もこれを聴く。
今は、この偉大なる、革命の音の発信者のかすかなディミニュエンドも聴きのがさない自分と向き合う。
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2017年6月27日 (火)

新宿が好きです。

学生時代は毎日大学までの経由地、新宿。

今年から週に1度は必ず通ることになって、懐かしむことが多くなっています。

打合わせにも便利、安くて美味しい食事の場所もたくさん知っています。
気どった界隈ではないと知っているから、入りやすい店も多い街です。
今日は、紀伊国屋書店の奥の通路にある革製品のお店で楽器用の皮ハギレを購入。
こういう予定外の買い物が新宿の楽しさです。
ひとやすみの喫茶店の窓の席から。
Fullsizerender
そして、新宿高野の特設会場へ。
60年代から70年代の新宿がそこに。
写真や本やポスターや、、
寺山修司、唐十郎、山下洋輔、新宿の音、動き、反動、学生運動、、
ひとつの音楽史がここにあるようでした。

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2017年6月11日 (日)

てくてく映画館へ

アンジェイ ワイダの遺作「残像」を観ました。

こういう映画をホームビデオではやはり観れません。
公開されたばかりのポーランド映画です。第二次世界大戦後に国家の弾圧下、自由で前衛的な表現を阻まれる、実存した一人の芸術家とその時代の悲哀。
今日は半蔵門での仕事を終え、その足で神保町岩波ホールまでテクテクと30分、気持良い風浴びて。
悲痛な内容であることに変わりはないけれど、目に残ったものは「美」、映画で説かれる「残像」の美術教育の論理は映画上では皮肉にも弾圧された芸術家とその時代の残酷さ。でも焼き付く、美しい残像が焼き付く。
だから美の力を知ろうぞと言わんばかりの力作だと感じました。
やはりいいものは映画館で観たい。もっと行こう。
Fullsizerender

2017年5月19日 (金)

なで肩に粋な

CDが増えているので東京と青森に分散している。青森には長く聴いていないものをひとまず置いて、帰省のたびに再び東京に戻すCDなどがある。
青森で聴きたくなるもの、東京に資料として置くもの、、
でもいざアレを聴きたい、となったら青森は遠すぎるから8割は東京。

気づくのは青森で聴いたら新鮮に感じて再発見、というパターンが多い。
最近毎夜聴くワサブローさんのシャンソンはそんな一枚。

恋の病、はいい。
ゴエモン、もいい。
シャンソンを和的に素朴になで肩の日本人男性がほっそり歌う。
洪水のような音産業に、こんな頼りない歌いっぷり、
独り言みたいで、でも淡い美を感じさせる。

時にこうした、あまり一般的には振り向きもされないかのような、風のような歌が聴きたくなる。
あ。誤解を招かぬよう、ワサブローさんは人気歌手さんです。
振り向きもされぬ、は私的イメージの言い方。お許しを。
ワサブローCDは今とても好きな好きな一枚!