カテゴリー「学びのこと」の49件の投稿

2018年9月 7日 (金)

その椅子を欲すべからず

夏の始まりの出来事。

マリンバを弾く大御所の先生から人を介して私へ、海外のマリンバコンクール審査員の打診をいただいた。
クラシックなマリンバのコンクール、私の今の活動からは少し縁遠くなっている現場だ。

あいにく、私は日程が重なり、お断りすることになったけれど、
さて、はて??
その日程がもし重なっていなかったとして、それでも私はその役割を受けただろうか、と、もう過ぎたことを今夜突然自問している。
この業界には審査員を受けることをある種生命線にしている方々もいらっしゃる。
私はここ最近、とてもこういうことに慎重になってしまっている。審査をするその対象の主旨に賛同できるならばおそらく積極的な返事をするのかもしれない。
主旨、コンクールの主旨って何だ、ということになるのだけれど。
やはり競争ということは点数支配である。音楽も同じ。

恩田陸の著書「蜜蜂と遠雷」に描かれた世界は、ピアノコンクールの厳しい現実寄りな人間関係描写と文学ゆえの夢ならばの幻の世界を行き来するかのようだ。
実際は人が人を数字で判定する基準ほどあやふやで不確実なものはない。
私はコンクールの審査に不適合人間に違いない。

それにしても、私を推薦してくださった大御所の先生には、優秀なお弟子さんがゾロゾロ、、、なのに私を指名くださった理由が未だ不明だけれど、光栄なことと思うべきかと悩みながら、以前私のマリンバ演奏に対し発してくださった言葉を思い出す
「あなたは全く違う、他の誰とも」

おっと、これは自慢になるか、、、いや、そうじゃない。
こんな言葉が渡されたのは、他の誰と違ったとしても、それは決してコンクールで1位、ということと同義ではない、これがコンクールって何だ、、という問いかけの発端でもあろうから。

私も齢、50代半ばをとっくに過ぎている。
だけど、全くもって心は18歳。そう、初めてマリンバを触った年齢のまま、、、、
それでいい、、

2018年8月 9日 (木)

カラダの声!夏は聴きまくる季節

今日は煉瓦のチャペルがある大学へ。

台風去っての空はどこかしら清らかな高さを誇っているようにも、、、

体験するカラダ、、
今日は前から楽しみにしていた講座を受講しました。カール  オルフの音楽教育セミナー!
以前はこのセミナーでワークショップを担当させていただきましたが、その時以来のご縁もあり、そして、何より、知りたいことだらけ。
今年はさまざな受講、実践、体験が多いことが自分でも喜ばしく、こういうチャンスは意思を持って積み上げないと、、、ということまで、本日は深ーく深ーく感じて帰りました。
いつか、いつか、はいつでもなくなっちゃいますからね。(自分への言葉)

様々なアーティストから、または研究者から未知なる世界を知らされることの多さ、深さ。
音楽するカラダに、これまでは習慣にはなかったことを与えて育てる。
どんなことが変化するのかなと楽しむくらいじゃないと、、(自分へハッパかける)


だって体験は決して楽チンでもない。やっていないことをやるのは新鮮だけど。。。
この夏は相当カラダの声が聞こえてくる。集中の連続。
それはここのところ投稿続いていたねぶたの手振り鉦の技法も同じ。
さ、この夏は盛りだくさん。
でも、こなせる。
カラダ大丈夫ですか?という声もいただく。
嬉しいこと、欲求に対してカラダはうまく反応するらしい。
カラダの部位がそれを受け止めているらしい。カラダは常に正直。
休めることを知らなくては、継続は無理だから、、、

体験することは、普段酷使しているカラダの声をきくための大事な休息でもあるようで。
はい、いい一日。
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2018年7月25日 (水)

童心

昨日、北国の実家で目覚めた時には18度、東京へ戻ると八王子38度の表示。20度差越え。sweat01sweat01sweat01 日本列島、、どうなるの?

いつでしたかスペイン、トレドを息子を連れての家族旅行、それは早朝から43度の酷暑でしたが当時は日に何度もアイスクリーム、と平気な若さもあったけど、今はそういうわけにもいかず。岩塩持ち歩く友人を見習おうか、くらいの夏到来。

でも災害のあった西日本の方々の今を思えば、断水がようやく終わったというニュースに、未だ自分が経験していない苦難を、いつこのような事態がまた起こるのかと、他人事ではなき昨今の空模様です。

思えば、幼少期。町内の家が何軒か浸水しました。その洪水の翌日、母親と無残に壊れ落ちた木造の橋を遠くから眺め、濁流の恐怖に足がすくんだのは昨日のことのよう、、
幼い心に、母の隣で感じた「物言わぬ自然」の驚異、畏怖
それは確実に消えないシーン。
幼こころとは澄みきるほど鋭角で露骨に鮮度を保持した画像孕むのか、、

今日のブログは、その幼ない時分に初めて花柄の草履を買ってもらった気分のことを思い出して、、、
なんだか先述のような残酷さと隣り合わせの花柄を思い出してしまったための、一項です。
まさに、童心に浸っています。

オーダーいたしました手振り鉦が届きました。
この夏のねぶた初日で初使用です(予定)
職人さんによる、手打ちの美しい鉦。

やるべきことが山ほどあるのに、今、その手も止まり思考回路も一時休止。
ただただ、鉦の音に魅せられております。
鉦の厚さ、指に馴染む感触、触っては眺め、音を合わせては裏返し、擦り、、縁を撫でるは、ふさの豊満さを眺めるは、と。
最初の稽古で知らされた打つ形の大切さ、その意味、心臓の前に手合わせ、根幹にある「祈り」の形。
打つ、何度も繰り返す、でも節ごとに微細な音の違いを表し得る技術。
普段の「打つ」とはちょっと趣が異なる、密かに願い続けた手振り鉦の秘法的美学を極めたい。

ということで、憧憬のねぶた手振り鉦と最初の一歩が始まりました。
今年は岸壁練習に3度参加。昨年よりずっとできることが増えています。(これは自分がよくわかります。一つわかって、次に進める、という修練がたまりません)

ありがたい仕合わせ。
祈り、打ち続けたい。
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2018年7月 8日 (日)

赤い門、初訪問。

豪雨、、

神様、鎮めてください。
祈ります。
今日は、、迷っていたのですが、やはり出かけました。
そして、、 初めてくぐりました。こちら、本郷三丁目の大学へ。
音楽と美術のバロック講座。
音楽家として凝り固まったバロックという概念を、軽く崩していただきました。
はーっ。
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講座が終わってからは、歴史的建造物を堪能して帰りました。
インプットの貴重な時間。
チェンバロ奏者の選んだ、最後のバッハは気品そのもの。
Img_6358_2それにしても、受講されている方々、スマホの電源を切ってと注意あるのに、
なぜ、講義のスクリーンを撮りまくる?
みんな、上品そうな女性たちがそれをやる。
これ、とても嫌な風景ですね。
知識をスマホに収めて帰る、そのあと、どうなさるの??
バーゲンで荷物をいっぱいにするオバさんみたいじゃないですか、それ。

2018年3月30日 (金)

まるごと音キャッチ

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発想のお手伝いをさせていただく機会がありますが、いわゆるその場で求められていることは何かなと、キャッチして、事前にまたは速攻に考えてボールを投げる。
そうすると、思わぬ打球の勢いを感じて、あ、これを続投させてみたいと喜べる場所があります。たぶん、それは互いに。

明照保育園でのワークショップの三月の締めくくりに、充実感を感じ終えました。

園児の顔つきにまず驚きます。すべての音をキャッチしています。
そして身体まるごと耳、目になります。

ダンボール太鼓は完全に彼らの身体の一部になっていました。

歌も旋律に沿う耳、になっていました。いわゆる声を張り上げるだけでは感じ得ない、横に流れゆく歌ができていました。

熱心な場所に出向くことができる幸せ。そして、まだまだいろいろ出来そうな予感。

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小学生になる年長さんたち、あ、もう明後日には一年生(^_^)

こんな陽だまりの音楽会があったことを、きっと思い出してほしいな。
園児たちが大好きな先生方の美笑顔が印象的でした!
さあ、私もたくさん笑顔の新年度へ向かいますぞ!

2018年3月16日 (金)

何を学ぶか。

昨日の投稿は、フェイスブックなどをやっていない、でもパソコンなどで私のブログを時々読んでくださる方々へのお伝えの意味もありました。このブログから私のコンサートへ予定を立ててくださるかたもいらっしゃいます。

だから、そういう方々へのお伝えも誠実にと思うことでの文章でした。
昨日の投稿はこれまでのブログで一番アクセスが多かったことに驚きました。
たくさんのメール、コメントも届きました。
そのどれもが同情くださるもので、恐縮しています。
もしかしたら、これは単に私自身の、その個人的なタスク管理、キャリア対応に比例するマネジメント能力不足と感じるかたもいるかもしれません。自分のことを自分で守れず、どうする?と。。
契約書も交わさない、個人戦の多い現場。
ではALL管理の元でマネージャーがいたらこの問題はなかったことだろうか、と問われると、それはわからないのです。

自分を自分でマネジメントすると決めていればこそ、そこには数字や文字や定則的なもので測れない仕事に向き合う「想い」という不確かなニュアンス、があります。
マネジメントとはイコールお金の管理とか、時間の管理、だと思っているかたにはこれは奇妙な文章かもしれません。
マネジメント(他者であれ、自分であれ)とは、コミュニケーションの軸だと思っています。
どこまで、どこから、どうやって、どの人に、どのように、、
は音楽世界の場合、いや、自分の場合、この自分という演奏者自身の内側に潜むことがあるからです。

この世界を感じてくれるだろうか、そんな曖昧模糊な、、見えていないこの世界を、、、
だから、常に自問することは、
「そこに愛があるかないか」  それだけ
そこに数字も義理も使命も言い訳も通用しないものがあります。

私も不出来な人間だから、その愛をどこに見出すかで時に深く苦悶し、創作の道にギリギリ立っています。
それを常とし、音楽の仕事と向き合ってきたようにも感じます。得ているものは表裏的に見え隠れするような物質性ではなく、無限なる精神性というもの。
だから、傷つくことも承知で自分をさらけ出す。


その繰り返しから、私は今、何を学ぶのだろうか、、、
この瞬間も修行。
愛はあるか、
そこに、
自分に、
向かう先に、、

2018年2月22日 (木)

嬉しいお知らせ届く!


雲井氏のマスランカ作品による最新CDがレコード芸術特選盤!
共演できて光栄です。

参加した曲は約30分の楽曲。人の耳に「長時間」耐えうるマリンバの音を奏でたい、は常なる思いですが、雲井さんからは「マレットの圧力」「フレーズの重み、軽さに値するタッチ」にまで言及いただく得難い時間だったと振り返っています。


なによりこの比類なきサックス奏者のアルバムにこの響きを残せた喜びは大きいです。評論記事などで未だ(一般的に)マリンバという楽器の鳴りに関する観点、倍音論議などを読むことはないのですが、雲井氏の「Song Book」に関するフェイスブックの投稿を読んで安堵しています。

投稿文書はこのブログに貼り付けできないため、操作わからず(^^;;ごめんなさい。

でも、共演する楽器、人、によって自分がのびやかに自在に音を奏でる、操る、を自由にマッチングしていくためには、丹念な練習しかないんだろうという結論。

ずっと弾く、考える、感じる、がある今は幸せなことだと気づいています。


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2018年2月10日 (土)

ゼロから始めよ。

ワークショップをする側にいるとすなわちoutputの連続だ。

バランス、それには自分を育む inputの時間が必要。

今日、参加したワークショップはちょっと勇気がいりましたが、何事も怖気付いては始まらず。。

長年、ずっと観続けてきた世界的ダンサーのメソッドによる、というダンスワークショップ。

ハードな90分をなんとかgive upなしでsweat01sweat01sweat01

まだまだ知らなすぎる自らの身体の声。
音を扱う、ビートを扱う、という仕事をしている自分がリズム身体性を新しい視点で観察する、、
すなわち、 ゼロから始めよ・
今日はそんな感想。
(明日の筋肉痛を覚悟の上で)
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2017年11月12日 (日)

同郷の方々と

昨日は東京七戸会に招かれて、受賞の報告と御礼の演奏をいたしました。

私のことを初めて知ってくれる方が多い会でもありました。
ふるさとを若い時代に出て、東京で仕事を成した方々が多く集まる会でもあり、そこで感じる一つの人生意思のようなものをまた感じさせてくれる人との会話もありました。みなさんとても柔らかく、そして音楽などという他の仕事と比較すれば、少し形容しにくい私のような生き様にも郷里の風土や時代の流れを知って、共感と激励をくださいます。

道の途中ではあるけど、そういう言い方ばかりしていてもいけない、と肝に命じます。功績ほどのことは全くやっていないけど、子どもたちのどこかに引っかかる音の仕事は相当積んできたように思っています。誰かの心の隅に、小さな、潤いを生むことができる仕事は形に見えずとも、私の今としては、もっともっと丹念に仕上げていく時間域に入ったと感じます。

熟し、丁寧に紐解き、高い意識をいただくこと、それが今回の受賞の意味なのだと感じております。
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2017年10月31日 (火)

便利だけど

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ノートパソコン、録音機器、軽量持ち運び、作業速く、整理快適。
が、果たしてナンボのものかは知らねども、音楽の仕事にはすこぶる便利。
と、感じるくらいにはなれた私。

便利は有効だけど、便利さを超えた感性は失ってはいけない。
待つ、とか、自分で歩く、探るとか、から見える尺度。
音楽は簡単に作れない。
ヒューマンな感度はパソコンには仕組まれていない。

ヒューマナイズ機能はあるよ、と言われてもだ。、