カテゴリー「学びのこと」の58件の投稿

2020年5月24日 (日)

朝陽と新茶と日本酒と。

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窓いっぱいに広がる緑、に、ちょっと色を挿したくなりました。如雨露で水やりのひととき、朝陽という贈り物。

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 郷里のMちゃんより、アマビエ?日本酒を🍶贈っていただきました。イラスト、惹かれるなぁ、呑みたいけど御守護の文字にもう少し飾りたくなりました。

町に誇る盛田庄兵衛酒店特別純米酒。

遠くの友から届く手紙やエールに、心温まる日々。

静岡の友は新茶の香りを欠かさず贈ってくれるのですが、五月の朝に上質なお茶🍵を一杯、自分のために丁寧に。

こんな時間は、さて、コロナ以前に自分が設えたことはあったかな。お茶をゆっくり、気分だけはあったような気はします。でも味わい、という一つの大切な生活の味覚文化に自分のセンサーをゆっくり合わせるゆとりは、これほどになかったのかもしれない。

学生とオンラインにしても、文書の交換が増えた利点に驚いてもいる。複数の学生の前で講義する時間が、いきなり動画、文書、音声にシフト。

自分の発する言葉や、書き文字が空気中に消えることなく記される。話し言葉の曖昧さを、文字起こしで補正するうちに、新たな打楽器の魅力を掘り出したいと欲望も増す。

オンラインのツール理解も苦戦するが、操作は繰り返しでやがて身につける。それより自分の発信は繰り返しのマンネリ慣れはやめたい。今が一番新しい、そんなライブ感ある内容にしてみたい。

やっぱり、今夜はアマビエ日本酒、丁寧にいただこう!

ひとり酒、遥かな時間も祈り酒。



2020年4月17日 (金)

家にいる

家にいても毎日が同じではない。こんなに狭い場所でよくもやることがあるものだ、というほど毎日のメニューが多様。

部屋から部屋への移動だけで何回繰り返しているのだろう。

例えば、CDが聴ける部屋が2箇所、あのタイトルはどっちの部屋で聴いたか忘れて何度も往復する始末。

掃除もかなり徹底してきて、モノの整理に目覚める。(遅いっ)

非常勤で通う一つの大学からはオンライン授業の詳細が送られてきて、かなり心強い。これなら自分も負担なくできそう、、と、資料などをまとめる時間もかなり有意義。でももう一つの大学は、なかなかオンラインという方式が困難極めることが予想されていて、こんな非常事態になると大学のシステムって良し悪しもあらわになるのだな、と。

音楽は練習時間の確保はたくさん、でも音を出しているだけが音楽でもなし。こんな余裕時間(老後の暮らしはさておき)だからこその思考、自省なのだろう。。って

昨夜、ゴダールの映画を観る。ヌーヴェルヴァーグの旗手、、ゴダールの映画が好きなわけではない。でもフランスの音楽にちょっとタイムトリップ中で、他国の芸術、文化運動の歴史に一層興味が湧いてきたこともある。こんな今だからこそなのか、世界の動きを見ているうちに、文化背景にあるものが人間の思想に根っこを張らすことはやはりあるだろう、と感じている。当然のことだけど、、

他国の文化支援を嘆く投稿やニュース関連も多くなった。日本はどうなっているのか、と嘆く気持ちはノンポリの自分にも深刻だけれど、芸術、芸能の誕生なんてものはやはり1度飢えてみないと本当の創造世界に到達しないのではないか、、、そんな気持ちにもなる。

飢え、とは何も物質的なものからの距離ではなくて、心底、創造を掻き立てるような状況に落ちてしまう、、そんな状況や解決策の見つからない悲痛さ、心に発芽する飢餓感。

やるせなき理由によって移動を余儀なくされる民族、しかし貧窮の中で一輪の花に出会うことがあれば、そこからまた異種との繋がりも生まれて、、、。今、移動もできない人類の嘆きのとき、「家にいる」が意味するものはなんだろう。

自分、他者、深く見つめたい今。

2020年3月10日 (火)

陽気さと忍耐は隣り合わせ。

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今月学生たちと一緒に演奏する会も延期になりましたが、予定していた曲はラグタイム。
やはりラグタイムには木琴道に欠かせない宝が満載。弾いても弾いても、どこかに引っ掛かりが次々生まれて、そして転びそうになる。
基本をおろそかにすると、正直なリアクションが出るのが2本マレットで、基本に戻っても、進んでも進んでも手強いパターンがドンと待ち構えているかのようです。無限大に面白いマレットワークです。
よく4本も持って演奏できるなんてすごいですね、って言われるマリンバ奏者は多いと思うけど、それは当事者からするとちょっと違うことだなって感じるのです。弾き込めばわかってくることだけど、4本より2本の技を仕上げることの方が実はとても繊細であり、時間を要することであり、忍耐要るものなのだということ。
かの矢野顕子さんが以前インタビューで、やっぱりピアノが上手くなりたい!とおっしゃっていたのは意外だったけど、私め生意気ながら、それはよーくわかるような気がいたします。あんなに凄腕のピアニストでもそう思っていらっしゃる。
私の場合はレベルも楽器も違うけど、4本より2本でちゃんと上手くなりたい。歌を書いているけど、やはりマリンバの単音でもっといい音に、、伴奏が輝きたい、、などなど欲は尽きません。
ラグタイムに話を戻します。
最近、オダギリジョー扮する藤田嗣治の映画を観ていたらパリの酒場でチャールストンを踊っています。1920年代の酒場。アメリカから伝わってフランスの地にこのリズム。フォックストロットも大正期から日本でも流行ったということだから、人々が現世を忘れて飲んで交わり踊る、やはり音楽、リズムに興じるは私たちの生理本能ですね。
ラグタイムは気楽に聴けても弾くとなったら至難の技です。ステップ知らずにはリズムの弾みは生きてこないのではないかとさえ思います。
10年以上も前にネクサスのボブ ベッカー氏のラグタイム学校1週間朝から晩まで木琴漬け、というのに参加しました。当時の資料を紐解いています。面白い。ステップこそは習わなかったけれど、シロフォンの打法は無駄のない腕運び、手首運動。Rollにおける倍音を知ると右手、左手の役割がわかってきます。

2019年12月25日 (水)

巡りくる、ただそれだけ。

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毎日の空を眺める。

毎日のありがたみを知る。

毎日の心の浮き沈みに自分で寄り添う。

そして、一つの活力もあれば、一つの諦めもある。

そう思える今は、自由だ。

季節の巡りに寄り添う、それくらいのものでしかないような気がする。

「時」とは、、

2019年10月24日 (木)

アートシーンを古に学ぶ

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ご縁いただいて素晴らしい講義を聴講しています。東京郊外、近所にはたくさんの大学があるのですが、見事な環境をもつ美大で、芸術学の授業。人類史と芸術の関わり、そこから見える現代の科学や芸術と人間の関係。毎回、大学ノートびっしりにメモをとっています。追いつかないほど。

授業が終わると夜のキャンパスは光のアート。オブジェのような建築。あちこち。ちょっとぐるぐるっと回り道で帰りたくなります。Img_9440

自分もこの11月でまた一つ年齢を重ねる。音楽とどう関わって、何を思い、何を渇望し、何に疑問を抱き、何をこれから探そうとしているのか、この循環を鬱する中で、それでも表現者という形の仕事のほんの触りに立っているのか、、そんな自覚だけは芽生えてきた齢。

今だからこそ、優れた講義が身体に染み入る。アイリッシュ音楽のシーンを様々知る。音楽として感受する以前に自然崇拝やら楽器という造形が生まれて来た意味などにも及び、その教授の心地よい声のトーンと重厚な内容に触れれば、大学の教室内にいる間は異国情緒と、知る愉しみに溢れて深い、、

音楽の奥の壮大なる扉は、またしても小さな体に問いかけてくる。

2019年10月 8日 (火)

まだまだ面白いワークショップ探訪。

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週末の体調不良から快復しましたが、聴く予定だったコンサートとライブを3つもキャンセルということになりました。

チャボさんのライブを聴けない10月は悔しすぎました。大好きなフィリップ グラスの曲を演奏するN響の公演も、、、日曜夜は相模原の友人宅で聴く予定だった歌会も、、、残念ですが、体の声を優先して休暇に充てました。昨年も同じ時期に同じように体調不良であったことを思い出すと、やはり夏の疲れがここにボトント落とされているのかな、、、自己コントロール、反省反省。

昨日から元気に、子どもたちとセッション。

ワークショップは毎回、出会う子どもたちは異なる地域、環境、年齢、体験方法の異種、、こちらが内容をアップデートや適宜変化させないことには、自分にもバネが効かなくなります。昨日は新しい試み、、割れたマリンバの音板をくださる方がおりまして再利用の試み。森の音楽会など、、、これは面白い内容になりそう。これから発展させてみたい!

そう、まだまだ知られざる音の不思議に出会うこと、それが自分自身のワークショップにも繋がっている今です。

 

2019年10月 2日 (水)

例えば今日の音楽

日によっては扱うテーマが相当飛躍する一日になることもありますが、講義やレッスンを終えてノートに順をおってテーマを記入してみると、音楽の無限と果てなき旅を感じさせます。。

朝〜クラヴェスアンサンブル (マイケル ユドー作品)

午前〜サンバ基本楽器と扱いについて

午後〜合奏基礎打楽器のバスドラム、シンバル、スネアドラム、基礎

午後〜フレームドラム成り立ち〜基本ストローク

午後〜梁塵秘抄の話

夕方〜音大図書館でケルト文化に関する資料リサーチ(これは自分の予習時間)

このブログをアップしている時間はちょっと休憩。

これから

夜〜マリンバ(数日後に弾く一人マンボのアレンジもの)

深夜〜リスニングタイム〜今日の予定は「ジョニ ミチェル」

眠りへ〜〜〜〜💤💤💤💤💤💤

書き出してみることもちょっと楽しいですし、自分の不足分も反省するし、整理にもなりますね。

 

2019年4月11日 (木)

企画展へ

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日本未来科学館。工事中という企画展へ。音は聞けないけど、見たことのない重機を知るは幸せ。ご褒美時間をいただき、翻訳でお世話になった編集者と出かけました。
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2019年3月22日 (金)

明照保育園さん、ありがとう。

同じ保育園さんが、何度も呼んでくださる。これはとても素敵なこと。
継続を重要なこととして、子どもたちとの触れ合いの中から探り、作り、感動し合う。
これはやはり小学校の講座でも同じように呼んでいただく場があり、とても貴重なことと捉えています。
上記のリンクから、一コマがブログに紹介されております。
子どもは敏感。
音の動きを目と体で追っています。
私の場合、フリースタイルで、あまり形式張ったことをせず、おおらかな流れを作っての進行ですが、自由で幅をもつ、教えない、感じ合う、伝えることって難しいとか思わない、一緒に笑ってみる、一緒に聞いてみる、、仕上げを急がない、、とことん楽しむ。 次なる課題を自分に向ける。

2018年9月 7日 (金)

その椅子を欲すべからず

夏の始まりの出来事。

マリンバを弾く大御所の先生から人を介して私へ、海外のマリンバコンクール審査員の打診をいただいた。
クラシックなマリンバのコンクール、私の今の活動からは少し縁遠くなっている現場だ。

あいにく、私は日程が重なり、お断りすることになったけれど、
さて、はて??
その日程がもし重なっていなかったとして、それでも私はその役割を受けただろうか、と、もう過ぎたことを今夜突然自問している。
この業界には審査員を受けることをある種生命線にしている方々もいらっしゃる。
私はここ最近、とてもこういうことに慎重になってしまっている。審査をするその対象の主旨に賛同できるならばおそらく積極的な返事をするのかもしれない。
主旨、コンクールの主旨って何だ、ということになるのだけれど。
やはり競争ということは点数支配である。音楽も同じ。

恩田陸の著書「蜜蜂と遠雷」に描かれた世界は、ピアノコンクールの厳しい現実寄りな人間関係描写と文学ゆえの夢ならばの幻の世界を行き来するかのようだ。
実際は人が人を数字で判定する基準ほどあやふやで不確実なものはない。
私はコンクールの審査に不適合人間に違いない。

それにしても、私を推薦してくださった大御所の先生には、優秀なお弟子さんがゾロゾロ、、、なのに私を指名くださった理由が未だ不明だけれど、光栄なことと思うべきかと悩みながら、以前私のマリンバ演奏に対し発してくださった言葉を思い出す
「あなたは全く違う、他の誰とも」

おっと、これは自慢になるか、、、いや、そうじゃない。
こんな言葉が渡されたのは、他の誰と違ったとしても、それは決してコンクールで1位、ということと同義ではない、これがコンクールって何だ、、という問いかけの発端でもあろうから。

私も齢、50代半ばをとっくに過ぎている。
だけど、全くもって心は18歳。そう、初めてマリンバを触った年齢のまま、、、、
それでいい、、

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