カテゴリー「学びのこと」の39件の投稿

2017年10月 2日 (月)

記念インタビュー全文

愛する楽器、マリンバワンの提携アーティストとして、今年その楽器メーカー設立30周年記念インタビューに私を選んでくださいました。
光栄です。アメリカの会社ですが、日本語での回答。先日のブログには英語を載せましたが、うまくリンク先に繋がらないようで、失礼しました。

ストレートにさくっと答えてしまう私。
こんな感じで…


Part1
専属アーティスト新谷祥子さんにインタビュー

マリンバ弾き語りなど様々な分野でご活躍の新谷祥子さん。
18歳でマリンバに出会い、音大で始めて触れた大きなマリン
バに魅せられ夢中で弾きまくったという新谷さんに、マリンバ
の魅力をお伺いしました。

「若い時に感じたことと今では大きく異なります。 今、マリンバ
の真の魅力を探り始める時期がようやくやって来たと感じてい
ます。 最近は「マリンバを弾きながら歌う」という表現で舞台に
立ち、自作の曲、シャンソン、ポップス、ロック、昭和歌謡、童謡
などをアレンジで歌います。毎日が新しい! 

歌うようになってきてからマリンバは別な生き物のようにも感じ
てきました。 音いっぱいに弾く、超絶的に4本のマレットを動か
すことが今だに焦点とされるマリンバでは悲しい。私にもそんな
時代はありましたが、今は大きく違ってきました。」

マリンバを弾きながら歌うことで、新谷さんが探り始めようとして
いる新しきマリンバの魅力とは? 

お話はまだまだ続きます。
続編をお楽しみに!
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Part2
進化するマリンバの魅力

お待たせしました。新谷祥子さんインタビュー続編です。 

新谷さんは、マリンバの弾き語りというユニークなソロ活動を続け
られています。 「マリンバの木片ひとつひとつが、自分の声や歌
詞と重なるときその自然発生的な素朴な木の音一つが以前より
ずっと自分の身体性の一部となってきた。」とおっしゃる新谷さん。 

新谷さんの語る新しきマリンバの魅力とは?

「音の重なりより、ひとつの木の音、そこを充足感として
捉えられる ようになっていること。自分自身の変化に対し、
木も応じてくれている。より難解なものを探るという生き方
もありますが、より自分に近いものを発見する、という回帰
的な道しるべを示すのがマリンバという楽器であると思って
います。そこが今、私が探り始めようとしている新しき魅力です。」

次回は、新谷さんより頂いたマリンバを学ぶ人へのメッセージを掲載いたします。
どうぞお楽しみに。
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Part3
新谷さんよりマリンバを学ぶ人へ

お待たせいたしました。 新谷さんよりマリンバを学ぶ皆様へメッセージを頂きました。 

「音一つ、一つ、そこにどれだけ忍耐的な付き合いがで
きるかを考えることも大事だと言えます。とはいえ、
自分も若い時代はひたすら右から左へ、マレットを休
ませずに弾き続けていたことはあります。

動きは魅力の一つ。でもそれ以上に木の震えを感じとれる身体皮
膚感覚にセンサーを。マリンバの楽しみから深みへと
発展すると思います。私もまだまだ学ぶこと多い現在
です。」

2017年8月15日 (火)

なんなりとやりなされ、
いいように、やりなされ、
つつしんで、とどけなされ、

家にて、夏の音窓コンサートが終了し、たくさんの方々に包まれ助けられ、我の道また振り返る朝

七戸城跡まで散歩

慰霊祭の神社


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2017年7月 3日 (月)

自然なるために

笑顔で終われること、その理由は自分からでなくては。
もちろん人さまのおかげであり、しかし自分の内側から働きかけることこそ、真となる。

体力を備えるもまた、自分発信。
自分のなかの自然を見つめつつ。


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2017年6月22日 (木)

母の命日

母になってわかる、母親のおもい...

この生命を与えてくれた母へ、別れの悲しみより、今は感謝だけ。

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2017年6月 1日 (木)

講座する、演奏もする

演奏活動と打楽器の講座などへの問合せもちょくちょくいただくようになっております。ありがとうございます。
フェイスブックなどからの問合せもありますが、こちらのブログにも紹介していこうと思います。

アメリカで学んでいた頃、演奏と教育の講義に多々参加しました。
そこに感じたことは演奏だけがアートではない、という論議から見えてきた
人と人の関わり、における音楽アート。
ましてや演奏がすべてアートであるか?という定義もここでは重要です。
アートという言葉の感触をどう使うのかも責任があるのではと思います。

私がえらぶって書いているのではなく、私はどういうことをしている人間なのだろう、と考えるときに演奏と切り離せない分野に彷徨っていることに気づきます。
人のために?なにを?やっているつもり?
ではなく。

道端に咲く花の香りに気づけなくても、種を撒こうとする気分がどこからくるのか、、
いつかは香りの違いがわかる人間に成り立ちたい。。
そんな想いは、、常にあります。

こちらは大学内で行われる社会人講座打楽器、、
専門的なものになりますが、こういうこともしております。

ときどき、音楽関連の仕事でないかたも参加くださって驚きます。
息抜きに来てくださったのか、未知の分野に彷徨ってくださったのか、、
そんな道を今の自分も求めていこうと思います。

http://www.kunitachi.ac.jp/NEWS/introduction/20170501_01.html

2017年4月20日 (木)

フレッシュマン

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この4月より通うことになった東京家政大学。
2コマの授業を担当することになりました。
打楽器、リズム、歌を盛り込みます。

昨夜の親睦会では新任として温かい歓迎を受けました。手作りの名札には若葉マーク🔰
和やかな気持ちになりました。

初日の緊張感もありましたが、広いキャンパスと若葉、木々、花々は心地良く、新しい環境に張り切ってまいります。

2017年1月24日 (火)

真田丸テーマ曲

今週末のゲスト出演。

リクエストにお答えして真田丸テーマ曲を弾く事になりました。
あまりこういうチャンスがないのでとても新鮮に感じ、練習中。
ヴァイオリンの旋律を想定して書いている楽譜をマリンバで弾くということは20世紀中盤から盛んではありますが、それはとてもポピュラーなことでもありましたが、私もマリンバの稽古最初はそうやって、、それからバッハのヴァイオリン、チェロなどの名曲にもトライしてきましたが、、、
ここにきて、真田丸。これはこれは、難題。
なにも技巧的にはハードなわけではありませんが、あまりにも大河ドラマのテーマ曲でありすぎる王者サウンド。
と、そんなこと言っていないで、もひとつ練習。
真田丸の他にもいろいろ演奏します。
府中ウイーンホール、久々に楽しみです。
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2016年12月17日 (土)

プログラム終了

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年内の小学生ワークショッププログラムが終了しました。
しばらくこの音楽室現場はなくなりますが、子どもたちと触れ合う時間は様々な形で来年も展開します。

初めて見る、聴く、触る、感じる。
柔らかな心に、ワークショップは常に真剣準備です。

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最古のコミュニケーション道具である石たちを、最新のツールiPhoneの箱に入れていたのは無意識にも、我ながらニヤリ、でした。

2016年11月23日 (水)

耳を澄ませば

地震が多いように思いますね。

むかし話しの中には、生活で隣り合う動物が迫り来る災いの知らせを伝え、人間はそのことによって命拾いする物語りもあります。今向き合っている昔語りには、人間にはとても追いつかない、悟れない、近代センサー使えない、ロボット頭脳も無理、そっと自然の声を聞き、忍耐、そして謙虚に生きることを知らせてくれるものが多いです。

古い歌のことも調べています。
単調でありながら、呼吸に無理のない調和の旋律、ときに、呪術的、祈祷的、神秘的、別な視点で言えば西洋音楽史的なグレゴリア聖歌のような響きもある故郷の歌歌、、、

日々、驚きっぱなしです。
でも、もう大きな地震には驚きたくありませんが。sweat01
どうか、鎮まってください、そんな声を昔話しの魔物にも伝えたくなります。

そして、
耳を澄ます。
自然とともに、、
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2016年11月 8日 (火)

リズムはデコボコでいい。

昨日の講座で「アフリカン ビートを楽しむ」というテーマを掲げてみた。

正式には西アフリカ ガーナの4拍子や12拍子の基本リズムで打ち合うその1回目。普段の生活で好き嫌いに関わらず、私たちの耳に一番多く流れてくるのはアフリカの音楽シーン、ハイライフを起点とするポップス音楽ではないだろうか。
だから一番最初に、ご参加の先生方にビートを感じて指導する楽曲名を質問する。あまり楽曲名が出てこない。これはこちらの現場だけでなく、一般的に改めてビート?って、え?普通にあるもの、だと思いがちの現象かもしれない。あまりにも普通だと思っている4拍子、分割、形式がそこに在るという現象。
リズムはデコボコしているもの。昨日のテーマはリズムの立体を見やすく、感じやすくする内容にした。

留学時代に受講したJohn Miller Chernoff氏のマスタークラスでの影響は大きかった。そこから打楽器やリズムへの新しい視点が掘り起こされ、現在の自分のワークショップや講座で多くを生かしている原点。
自分方式へ思考を繰返し、わかりやすく伝え、実践というのは、まだまだ模索状態であるけど、こちらの一冊はアフリカ文化とその神秘とまで言えるリズム論に満ちていて、読んでも読んでも(英語も難解だし)気づけなかったことを一つ、一つ、ゆっくり身体に染み込ませていくことで、明日の自分を生んでいるのかもしれない。

土地、環境、文化という長い歴史の培ったリズムを拝借する学習というのは、いつも心にはコンプレックスがつきまとう。なんでも楽しけりゃいい、でもなし。
文化を混ぜ合わす、ということを考えるとその礼節的な段取りが必要だと思う。
形だけ真似るのは「作法」とは言えない。だから、テーマに根っこを張って、もう少し講座の発展性を熟考せねばとは常なる思い。
身体は解かれている、それなのにこうしたリズムのミラクルを知らずには、、という思いで題材にするアフリカのリズム文化。
私の講座に参加される先生方のパッションが私を突き進めよ、、としてくれる。

ああ、もっと書きたいことがいっぱい、でもこれから打合わせGO!!

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