カテゴリー「アーカイヴ」の10件の投稿

2017年6月15日 (木)

16年前の6月

梅雨には違いないけど、随分雨の多い6月だったと記憶している。
東京文化会館のレクチャーコンサートを担当していた。
「打楽器というメディア」論なるもので、このタイトルが浮かんだときに、レクチャー内容も大方進行の筋も見えていた。
文化会館のホームページにアーカイヴ検索ができると知って覗いたら、きちんとアンコール曲まで書かれている。http://i.t-bunka.jp/pamphlets/27541

ストラヴィンスキーなどを選曲していただけど、この頃、息子はまだ3歳。
そんな時期にこのプログラムを?
なんだか信じられない。周囲の助けをいただきながらに違いはないけれど、、

この演奏曲目を眺めていると、熟しきれないながらに抱いた熱意のリアルさ、子育て奮闘なのか、不器用なのか、両立するべき手法を求めていた自分。

今日、朝から弾いている曲、歌っている曲、
今日は今日の自分がいるだけ、、
こうした過去のプログラムを眺める感慨は、今の自分を見つめるためでもあるような。

2017年2月21日 (火)

寄稿文

http://www.kunitachi.ac.jp/NEWS/introduction/20170210_02.html

週に1回持たせていただいている講義が25年以上となりました。
50年の歴史をもつその場に半分以上関わっていられたんだ、、と思う感慨がいっぱい詰まった50年記念誌。私の寄稿文も載せていただきました。
上記のリンクでデジタルブックで読めるようです。
私は講義を受けてくれた卒業生に向けたメッセージ文となっています。
デザインが素敵な冊子です。ちょっとわくわくしてページを開いています。

2017年2月 9日 (木)

楕円幻想

https://www.youtube.com/watch?v=4Bg_Y2lcBew

楕円幻想
秋透作曲
作曲家のお名前、素敵ですね。
音と映像の動きをお楽しみください。
1995年に演奏しました。

2016年10月15日 (土)

方響打つ私

フェイスブックでの投稿に反響ありましたので、楽器のことを少し。

ノーベル文学賞がボブディランと発表されたニュースで、ついつい記念投稿として、1994年の奈良東大寺あをによし、音楽イベントのことを綴りました。
「鐘を鳴らせ」を歌うボブ ディランの伴奏で私は正倉院復元楽器「方響」を演奏しています。最初、フェイスブックに編磬と書いてしまったらご指摘をいただき、方響ではないかということ。昨年のアーカイブ欄のブログにはきちんと自分で方響と記していましたのにあちゃちゃ、、

大仏開眼(奈良東大寺)の折、唐から吉備真備が持ち帰ったとされる楽器。しかし長く定着することなく、平安時代には姿を消し、普及することのない音具であったよう、、
友人が映像からしっかり検証してくれて、やはり「方響」という呼び名が正しいよう。ときには方磬とも記されるらしいのですが。。
早朝からヘアメイク、衣装でリハーサルもカメラテスト、など大掛かりでした。
ボブディランの名曲の数々をこの音楽祭がきっかけで聴くようになりました。
いずれにしても、忘れがたい演奏経験でした。
Fullsizerender

2016年10月 8日 (土)

Img_2916

明らかに幼稚園の空気は優しく、フンワリ。
小学校の訪問が多かったので、久しぶりに小さな子たちの飛び交う声に囲まれ、そこは蕾いっぱいの『園』でありました。

オカリナとマリンバ
しなやかに音あそびできる、デュオはたのしや。

2016年6月 1日 (水)

小学生のキラキラ

故郷の友人がずっと保管してくれた新聞記事。2008年頃の学校訪問。

先月いただく。記事になっていても教えてくれる人がいなければ全く気づかずにいることも多い。グスン、、wobbly

子どもたちの表情、こんなにキラキラ。私も、、shinehappy01up

あの場にいれて良かったと思う。

こんな瞬間をカメラマンが撮ってくれたのは貴重。

そして思い出したのです。こちらの小学校、廊下も体育館も壁も何処よりもピッカピカであったこと。校長先生自らが廊下掃除をされておりました。

五十嵐校長、、こんな日を授けられて、ありがとうございました。。

この記事8年して読みました。これを保存してくれた友人、礼子ちゃん、すごいっ。

Fullsizerender

2016年5月30日 (月)

5月の詩

5月が終わる前に『裏町人生』余情の忘備録。あしたのジョー(新谷さん歌う)と書かれた台本が届いたときは正直相当驚き、まいったな、と思った。肉食系男歌ですから^_^;
マリンバの低音を多用し鎮魂歌風にという具体的な演出の指示があったおかげでむしろ自己流から距離置いて歌えた。そして歌ったら生きる気分さえ軽くなった。なんだろうかな、これは。
三上博史さんとの初打合せは三上さんのご自宅で行われ、ほとんど楽しく音楽談義。浅川マキさんの朗読劇のような貴重な録音を聴かせてもらう。あれはなんだったか、どのCDにも探せない。
帰りの道すがら、演出の森崎偏陸氏から寺山修司の活動のアジト天井桟敷のあった場所を教えてもらう。写真でしか知らないあの独特な看板設え。実際に寺山修司と交わり時代を共にした、そして拮抗の渦中にいた人たちと接する日が巡りくるとは....

五月よ、数々の詩をありがとう。




2016年5月4日
寺山修司記念館フェスティバル春
三上博史ライブ
「スポーツ版裏町人生」

朗読&歌/三上博史
マリンバ&パーカッション&歌/新谷祥子
舞踏/福士正一
演出/森崎偏陸

展示室内演奏
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デーリー東北記事
Photo

寺山修司記念館同時開催の森山大道写真展ポスター
濃いピンクはパンチが効いていて、、心遊ばせ、テーマ色として使いました。

Fullsizerender

福士正一氏舞踏との写真がないため、、ちょっと残念。
動きと音の反応はすこぶるゾクゾクする瞬間。
開演前の即興もあり、そして劇中の途中で私が「戦争は知らない」を唄う、そのマリンバ前での花嫁衣装の福士さんの指先と揺れ動く花飾り、、そういうものが「音」になること、ある。

2016年1月 7日 (木)

楽市七坐

https://www.youtube.com/watch?v=T1ewZ9OFWSU

あるかたのフェイスブックの投稿で知りました。
年初めはなんやいろいろ、、ビックリポンや〜
13年前の自分も他の方々も、、あらら、、
演奏は笛奏者の方の勘違いがあったため、ある部分はかなりスリリングなアンサンブルですが、この演奏そのものは気迫満ちております。

2015年5月20日 (水)

そしてこちらがボブ ディラン。

https://www.youtube.com/watch?v=l-0tiTiUdv0

この動画は今発見しました。えーっ、新谷、ここにもちょこっと映ってるnotes

そして、、ありました。楽譜棚にちゃんと保存しておりました。ボブ ディランの後ろで奏でた曲のパート譜とリハーサル時の写真。時効だと思うから、、ちょこっとだけディラン様の横顔。

この楽譜を書いてくれたのは、東大寺あおによしの音楽イベントにサウンドプロデューサーとして参加していた、あのジョージ マーティン父子。息子ジャイルス マーティン氏はアレンジャーとして、私の演奏する方響のために急遽書いてくれた楽譜。

厳戒態勢でのリハ。興奮する現場。だってリハ会場は狭くて私はディランさんの真後ろ。Fullsizerender

2015年5月18日 (月)

はい、私です。

https://www.youtube.com/watch?v=p0xdb6C8dlA


一昨日の土曜日、野外で演奏した後に、初対面の方から聞かれました。このオープニングでちらほら映っているのは「アラヤサンですか?」

「は、はい。私です」。。。

どうしてわかったのかな?このイベントに熱狂したと話しておりましたから、やはりいろいろサポートメンバーなどを調べられるかたも多い時代ですから、でも私などは端役。にしてはちょくちょく映っているのですが、、汗。


当時NHKBSで生放送されていることもあって、ボブディランやらボンジョビの登場ということもあって音楽仲間とこのイベントについて語ることがあります。私は
中国伝来の「方響」という楽器を演奏しています。正倉院復元楽器を演奏するアンサンブル「天平楽府」の一員として。

この本番は語り尽くせないほどの私的エピソード満載。このさい、
時をみて、ブログでそのあたりも記録続けます。なにしろ私にとっては音楽事件簿。

こんな衣装でした〜。朝からカメラテストのために、こんな姿で数日間、東大寺周辺を歩いていたんですね。




Fullsizerender