カテゴリー「アーカイヴ」の13件の投稿

2018年4月 3日 (火)

3月の幕を閉じて

ホームコンサート2018春待ち唄、ご来場くださりました方々、ありがとうございます。

青森県内の各地よりお出でいただきました。
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邂逅という言葉がありますが、このホームでの再会には驚くべきことも多々あります。
そして町の歴史に触れる会話も生まれます。
開場とともに元気なお声でご入場くださり 「ここに来るとちょっとほっとします」と、、
そういうお声に演奏前の自分は励まされます。
演奏の場に立ち込める「気」はこうして生成されるような、、、

今回もたくさんの「ありがとうございます。」を伝えます。
聴いてくださる時間が大切です。私にもあなたにも、、、。

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少しばかりお茶のことも学びたいと思います。今回は抹茶薄茶で小さな器に、、
演奏後に一人で淹れてみたものの、うーん、、ちょっとお湯の温度にトラブル、、
次回はもう少し熱い温度で淹れなくては。。。
でも側に用意した紅茶を選ぶ方はいなくて、抹茶人気ではありました。

春らしいお菓子と、そしていつも友人たちが差し入れてくれるキャラメルやケーキを並べて、、
コンサートによって、自宅でお客様を迎えられる歓び。
これからどんな色合い、心のおもてなしができるか、、自分の気持ちに余裕をもち、
何を奏でていくか、どんなゲストをお呼びしようか、、
などなど、、故郷の家で私の小さな夢は続きます。

3月の劇場、、花の香りとともに、、幕は静かに閉じて、、、
さあ、4月の始まり。

2018年3月22日 (木)

デビューの頃

ちょっとツッパッテる、、そんな自分も懐かしく眺める。

昨日、思わぬ再会をした写真。
ふと眺めて、、すぐ元の場所に戻したのですが、、

今はこの表情には行き着かない。
しかし頭の中はずっとずっと研ぎ澄まされてきているはず。
で、あれ、、

いろいろ、じわじわ、わかってきたし、だんだん、だんだん、、
この時は「夢中」だった、全てが。
だから、
今がある。
・・・・
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2018年3月19日 (月)

長い旅

二本松市、緩やかな坂道、穏やかな人人の声、ゆっくりと時が過ぎる。

こちらの音楽ホールには28年ぶりに訪れ、リハーサルに前日丸々お借りできるという贅沢な計らいをいただきました。
Img_5649_2外観、内装の扉、窓、客席、バルコニー、シックで上質。しかし28年前にはその味わいすら感受できる余裕もないデビューのヨチヨチ歩き。

新人の演奏家を温かく迎えくださった二本松音楽協会様の懐にただただ感謝しております。こちらの会報は80号となるそうです。
メッセージ文を掲載していただきました。
手作り感溢れる表紙、タイトル、スケッチにはしばらく見惚れていました。
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広〜い海に漕ぎ出したあの日から、今日があリます。
明日への想いを抱くことを勇気づけられるコンサート。
スタッフの皆様の丁寧なお仕事に感謝できる幸せがあること、、
柔らかな心をもつ方々に包まれて、、
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クリストファー ハーディと私の楽器が並ぶ絵は、ここのところずっとなかったことです。
こうして、音作りをしてきた日々はその瞬間、瞬間を立体的なページとして手作りの書きかけの本のようにも感じます。
それは、、確実に、、自分の現在の道、思考にも繋がったことです。
昨日はお互いに1曲ソロ曲を選び、他は全てデュオ演奏の構成でした。
明らかに、それぞれの新しい活動の道がある今、心の眼を開いてみると、聴こえていなかった
サウンドに気づき、それは伝えようとする意思の力にも変化があるように思いました。
そんなこと、、かな。。
昨日ソロに選んだ曲は
自作「長い旅」

2017年6月15日 (木)

16年前の6月

梅雨には違いないけど、随分雨の多い6月だったと記憶している。
東京文化会館のレクチャーコンサートを担当していた。
「打楽器というメディア」論なるもので、このタイトルが浮かんだときに、レクチャー内容も大方進行の筋も見えていた。
文化会館のホームページにアーカイヴ検索ができると知って覗いたら、きちんとアンコール曲まで書かれている。http://i.t-bunka.jp/pamphlets/27541

ストラヴィンスキーなどを選曲していただけど、この頃、息子はまだ3歳。
そんな時期にこのプログラムを?
なんだか信じられない。周囲の助けをいただきながらに違いはないけれど、、

この演奏曲目を眺めていると、熟しきれないながらに抱いた熱意のリアルさ、子育て奮闘なのか、不器用なのか、両立するべき手法を求めていた自分。

今日、朝から弾いている曲、歌っている曲、
今日は今日の自分がいるだけ、、
こうした過去のプログラムを眺める感慨は、今の自分を見つめるためでもあるような。

2017年2月21日 (火)

寄稿文

http://www.kunitachi.ac.jp/NEWS/introduction/20170210_02.html

週に1回持たせていただいている講義が25年以上となりました。
50年の歴史をもつその場に半分以上関わっていられたんだ、、と思う感慨がいっぱい詰まった50年記念誌。私の寄稿文も載せていただきました。
上記のリンクでデジタルブックで読めるようです。
私は講義を受けてくれた卒業生に向けたメッセージ文となっています。
デザインが素敵な冊子です。ちょっとわくわくしてページを開いています。

2017年2月 9日 (木)

楕円幻想

https://www.youtube.com/watch?v=4Bg_Y2lcBew

楕円幻想
秋透作曲
作曲家のお名前、素敵ですね。
音と映像の動きをお楽しみください。
1995年に演奏しました。

2016年10月15日 (土)

方響打つ私

フェイスブックでの投稿に反響ありましたので、楽器のことを少し。

ノーベル文学賞がボブディランと発表されたニュースで、ついつい記念投稿として、1994年の奈良東大寺あをによし、音楽イベントのことを綴りました。
「鐘を鳴らせ」を歌うボブ ディランの伴奏で私は正倉院復元楽器「方響」を演奏しています。最初、フェイスブックに編磬と書いてしまったらご指摘をいただき、方響ではないかということ。昨年のアーカイブ欄のブログにはきちんと自分で方響と記していましたのにあちゃちゃ、、

大仏開眼(奈良東大寺)の折、唐から吉備真備が持ち帰ったとされる楽器。しかし長く定着することなく、平安時代には姿を消し、普及することのない音具であったよう、、
友人が映像からしっかり検証してくれて、やはり「方響」という呼び名が正しいよう。ときには方磬とも記されるらしいのですが。。
早朝からヘアメイク、衣装でリハーサルもカメラテスト、など大掛かりでした。
ボブディランの名曲の数々をこの音楽祭がきっかけで聴くようになりました。
いずれにしても、忘れがたい演奏経験でした。
Fullsizerender

2016年10月 8日 (土)

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明らかに幼稚園の空気は優しく、フンワリ。
小学校の訪問が多かったので、久しぶりに小さな子たちの飛び交う声に囲まれ、そこは蕾いっぱいの『園』でありました。

オカリナとマリンバ
しなやかに音あそびできる、デュオはたのしや。

2016年6月 1日 (水)

小学生のキラキラ

故郷の友人がずっと保管してくれた新聞記事。2008年頃の学校訪問。

先月いただく。記事になっていても教えてくれる人がいなければ全く気づかずにいることも多い。グスン、、wobbly

子どもたちの表情、こんなにキラキラ。私も、、shinehappy01up

あの場にいれて良かったと思う。

こんな瞬間をカメラマンが撮ってくれたのは貴重。

そして思い出したのです。こちらの小学校、廊下も体育館も壁も何処よりもピッカピカであったこと。校長先生自らが廊下掃除をされておりました。

五十嵐校長、、こんな日を授けられて、ありがとうございました。。

この記事8年して読みました。これを保存してくれた友人、礼子ちゃん、すごいっ。

Fullsizerender

2016年5月30日 (月)

5月の詩

5月が終わる前に『裏町人生』余情の忘備録。あしたのジョー(新谷さん歌う)と書かれた台本が届いたときは正直相当驚き、まいったな、と思った。肉食系男歌ですから^_^;
マリンバの低音を多用し鎮魂歌風にという具体的な演出の指示があったおかげでむしろ自己流から距離置いて歌えた。そして歌ったら生きる気分さえ軽くなった。なんだろうかな、これは。
三上博史さんとの初打合せは三上さんのご自宅で行われ、ほとんど楽しく音楽談義。浅川マキさんの朗読劇のような貴重な録音を聴かせてもらう。あれはなんだったか、どのCDにも探せない。
帰りの道すがら、演出の森崎偏陸氏から寺山修司の活動のアジト天井桟敷のあった場所を教えてもらう。写真でしか知らないあの独特な看板設え。実際に寺山修司と交わり時代を共にした、そして拮抗の渦中にいた人たちと接する日が巡りくるとは....

五月よ、数々の詩をありがとう。




2016年5月4日
寺山修司記念館フェスティバル春
三上博史ライブ
「スポーツ版裏町人生」

朗読&歌/三上博史
マリンバ&パーカッション&歌/新谷祥子
舞踏/福士正一
演出/森崎偏陸

展示室内演奏
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デーリー東北記事
Photo

寺山修司記念館同時開催の森山大道写真展ポスター
濃いピンクはパンチが効いていて、、心遊ばせ、テーマ色として使いました。

Fullsizerender

福士正一氏舞踏との写真がないため、、ちょっと残念。
動きと音の反応はすこぶるゾクゾクする瞬間。
開演前の即興もあり、そして劇中の途中で私が「戦争は知らない」を唄う、そのマリンバ前での花嫁衣装の福士さんの指先と揺れ動く花飾り、、そういうものが「音」になること、ある。

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