カテゴリー「アーカイヴ」の19件の投稿

2019年9月19日 (木)

ホンデュラスからのお客様と会話して。

Img_9280

2時間だけのオープン画廊に、ホンデュラス出身の青年もやってきてくれました。ローズウッド原産国のホンデュラス、敬意を表し、、アトリエのマリンバも聴いていただきました。自国の音楽への誇り、ローズウッドの伐採によるはげ山の現状、様々な会話をする中で、日本のアニメで育ったお話も、、あの「ドラゴンボール」は人気抜群であったようです。

その会話から、思い出したこと。スタジオミュージシャンの組織に名を連ねさせていただいた時代、アニメのサウンドトラック録音、コマーシャル、ドラマ、映画音楽、ヒット系CD参加、教材録音、こんなに音楽産業の渦巻く世界に音を奏でるという作業がまず自分にやってきたことに驚いてしまったわけですが。それは正直、ハード。スタジオからスタジオへ移動、活気たる現場の凄みを知らされた稀有な経験でもありましたが。

今はそういうチャンスをくださった先輩の打楽器奏者には感謝しかありません。チャンスがあれば打て、という思考回路をのんびり屋の私に指南くださった、、、リアルタイムでTOKYOから発信する音楽の真剣勝負現場に立ち会ったこと、それはある意味、音楽現場に立つシナプスをとんがらせる意味で、今の活動にも繋がる大事な経験でした。

その過程の一つにドラゴンボールのパーカッションを担当していることを思い出しました。多くは忘れているのですが、このアニメは覚えているし、クレジットもされています。

https://superfamicom.es/soundtracks/super-butouden-2

さて、あれだけ関わっていたスタジオ録音、今は年に数回だけ。指名でいただけるものだけに参加しています。実際にはあの頃のようなスタジオワークは現場減少していることもありますし、私自身の道にさまざまな要素が加わってきたことで、そういう場からゆるり、遠ざかっている現状でもあります。

でも、関わった音を今、冷静に聴ける喜び。ホンデュラスからの青年の訪問によってちょっと蘇ったアニメロックの音。あの現場の緊張や活気の種類からは遠ざかったけど、やはり今の自分の音楽コンディションが一番いい。そんな秋の始まり、、、

Maxresdefault

2019年7月 7日 (日)

お寺コンサートのブログ紹介

夏の始まりを、このコンサートから感じとってくださるお客様が多くなりました。

例えば、

この日の音の会を一つの季節のスタート、時間の結びとしてくださる方

お寺という環境からか浄心を感じつつ選曲を待ちわびてくださる方、

仕事もオフの日、梅雨の憂鬱感を心晴れとしてやってきてくださる方、

檀家さんとして、いつものお寺の様子と違う風景を見に来てくださる方、

だから、お天気ももちろん気になる月間ではありますが、この日を外せないと、前々から予定に組んでくださる方は

はい、

神様なのです!

仏様の前ではあるけれど、、、

毎年来てくださるブルーさんの記録を私は心待ちにしています。

この夏も書いてくださっております。ストレートに聴いた見た、その新鮮な身体感覚でいつも書いてくださる。

ありがたいことです。こちらです↓↓↓

http://blue19812nd.blog50.fc2.com/blog-entry-4335.html

Img_8480

2018年12月15日 (土)

風のきらめき、、、

1994年の演奏が録音されました。

松永加也子リサイタルで共演させていただいた、松永通温氏の「風のきらめき」
打楽器とチェレスタ。津田ホール

随分前の録音ですね。でもこうして記録されていることの喜び。
現代音楽というジャンルになるでしょうが、清らかなチャレスタの香りする音と交じり、打楽器の音が粒と時間の輪郭を奏でている、、、
今なら、また新しい取り組みかたもできそうな楽曲です。

CDは昨夜届いて、こうして真っ先に自分の音を探って聴くのはちょっとばかし慎ましき気持ちにもなりますが、当時の音の再現、今それを聴く日が来るのは驚きであり、遭遇の楽しみでもあります。

1994年、、、母との別れ、、、自分を奮い立たせよと強行したリサイタル。
この演奏は2月、母は6月に逝き、しばらくは心身ともに歩みが止まったような自分の日々、、
この曲名が「風のきらめき」であることにハッとさせられました。

今、どのあたりの風に吹かれているかな、、
一つの音が運んできた、過ぎ去った記憶の扉がある。
それは、今、温かい風になって吹いてきて、、、
ようやく、、
時よ、ここに、、
Img_7329_2

2018年8月29日 (水)

ひとりうたい

花はどこへ行った

72fc5649d0354b2fba86f971d0b5dcf4


2018年6月10日 (日)

即興、ではなく自遊に

即興を取り入れています。

積極的に意図的に。
楽譜の上での学びから離れる時間、
音を感じる力、即興の導き。
でも子どもたちに、「そっきょう」という言葉は使いません。
自遊に音と戯れるための導きだけ。

Img_6164_2

さて、いよいよ明日は同じ学校での3回目のワークショップとコンサート。
明日は、新聞が主役。
私のワークの師は尊敬する作曲家の言葉が並ぶ一冊の本。
いや、正確に言えば、その筆者の書いた本全て。

見えにくいものに目をこらし、
ききとりにくい音に耳を澄ます時、
心が澄んでいることに気づく。
             高橋悠治の著書より、、

例えば、この一節をお借りするだけで、私のワークショップの準備は相当豊かな時間になっていく。
自分の内側からまだ醸し出せないなら、どんどん他者の優れた言葉を借りて、自分の作用になるまで実践する、反復する。
皮膚感覚として馴染むほど読み深めなければ、人には伝授、浸透すらしない。
言葉と音の還元作用。

2018年5月 4日 (金)

おたずね

もしこの投稿を読んでくださっているなら、と願います。

本日、4日の午後、私にコンタクトとってくださった方へ、、今、そのメールを確認しようと携帯の記録を探っていましたが、全くみあたりません。
ブログの投稿を読んでくださり、それに関して、1994年出演したロックフェスティバルについてのことのようでした。アーカイブに関して。
スマフォのフェイスブックメッセージに送ってくださったメールのようです。
もし偶然でもこれを読んでくださいましたら、今一度の連絡をお待ちします。
記録がないため、お名前もわかりません。
ごめんなさい。
おたずね投稿。ヾ(;□;)э
こちらまでお待ちします。
shokoaraya@icloud.com

2018年4月 3日 (火)

3月の幕を閉じて

ホームコンサート2018春待ち唄、ご来場くださりました方々、ありがとうございます。

青森県内の各地よりお出でいただきました。
Img_5717
邂逅という言葉がありますが、このホームでの再会には驚くべきことも多々あります。
そして町の歴史に触れる会話も生まれます。
開場とともに元気なお声でご入場くださり 「ここに来るとちょっとほっとします」と、、
そういうお声に演奏前の自分は励まされます。
演奏の場に立ち込める「気」はこうして生成されるような、、、

今回もたくさんの「ありがとうございます。」を伝えます。
聴いてくださる時間が大切です。私にもあなたにも、、、。

Img_5734

少しばかりお茶のことも学びたいと思います。今回は抹茶薄茶で小さな器に、、
演奏後に一人で淹れてみたものの、うーん、、ちょっとお湯の温度にトラブル、、
次回はもう少し熱い温度で淹れなくては。。。
でも側に用意した紅茶を選ぶ方はいなくて、抹茶人気ではありました。

春らしいお菓子と、そしていつも友人たちが差し入れてくれるキャラメルやケーキを並べて、、
コンサートによって、自宅でお客様を迎えられる歓び。
これからどんな色合い、心のおもてなしができるか、、自分の気持ちに余裕をもち、
何を奏でていくか、どんなゲストをお呼びしようか、、
などなど、、故郷の家で私の小さな夢は続きます。

3月の劇場、、花の香りとともに、、幕は静かに閉じて、、、
さあ、4月の始まり。

2018年3月22日 (木)

デビューの頃

ちょっとツッパッテる、、そんな自分も懐かしく眺める。

昨日、思わぬ再会をした写真。
ふと眺めて、、すぐ元の場所に戻したのですが、、

今はこの表情には行き着かない。
しかし頭の中はずっとずっと研ぎ澄まされてきているはず。
で、あれ、、

いろいろ、じわじわ、わかってきたし、だんだん、だんだん、、
この時は「夢中」だった、全てが。
だから、
今がある。
・・・・
Img_5670

2018年3月19日 (月)

長い旅

二本松市、緩やかな坂道、穏やかな人人の声、ゆっくりと時が過ぎる。

こちらの音楽ホールには28年ぶりに訪れ、リハーサルに前日丸々お借りできるという贅沢な計らいをいただきました。
Img_5649_2外観、内装の扉、窓、客席、バルコニー、シックで上質。しかし28年前にはその味わいすら感受できる余裕もないデビューのヨチヨチ歩き。

新人の演奏家を温かく迎えくださった二本松音楽協会様の懐にただただ感謝しております。こちらの会報は80号となるそうです。
メッセージ文を掲載していただきました。
手作り感溢れる表紙、タイトル、スケッチにはしばらく見惚れていました。
Img_5658

広〜い海に漕ぎ出したあの日から、今日があリます。
明日への想いを抱くことを勇気づけられるコンサート。
スタッフの皆様の丁寧なお仕事に感謝できる幸せがあること、、
柔らかな心をもつ方々に包まれて、、
Img_0568
クリストファー ハーディと私の楽器が並ぶ絵は、ここのところずっとなかったことです。
こうして、音作りをしてきた日々はその瞬間、瞬間を立体的なページとして手作りの書きかけの本のようにも感じます。
それは、、確実に、、自分の現在の道、思考にも繋がったことです。
昨日はお互いに1曲ソロ曲を選び、他は全てデュオ演奏の構成でした。
明らかに、それぞれの新しい活動の道がある今、心の眼を開いてみると、聴こえていなかった
サウンドに気づき、それは伝えようとする意思の力にも変化があるように思いました。
そんなこと、、かな。。
昨日ソロに選んだ曲は
自作「長い旅」

2017年6月15日 (木)

16年前の6月

梅雨には違いないけど、随分雨の多い6月だったと記憶している。
東京文化会館のレクチャーコンサートを担当していた。
「打楽器というメディア」論なるもので、このタイトルが浮かんだときに、レクチャー内容も大方進行の筋も見えていた。
文化会館のホームページにアーカイヴ検索ができると知って覗いたら、きちんとアンコール曲まで書かれている。http://i.t-bunka.jp/pamphlets/27541

ストラヴィンスキーなどを選曲していただけど、この頃、息子はまだ3歳。
そんな時期にこのプログラムを?
なんだか信じられない。周囲の助けをいただきながらに違いはないけれど、、

この演奏曲目を眺めていると、熟しきれないながらに抱いた熱意のリアルさ、子育て奮闘なのか、不器用なのか、両立するべき手法を求めていた自分。

今日、朝から弾いている曲、歌っている曲、
今日は今日の自分がいるだけ、、
こうした過去のプログラムを眺める感慨は、今の自分を見つめるためでもあるような。

より以前の記事一覧